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第六十九話 さようなら薬草園 3

「イーラー、大変だ!」


 市長宅のヤンセンの自室で、イーラーはヤンセンと豪華なブランチを楽しんでいた。


 大事な赤ちゃんの卵を持って来てやったのだからこれくらいのもてなしは当然といえよう。


 そんな中、涙とハナミズでいつも以上に汚くなっているリカルドが部屋に飛び込んで来たので、ヤンセンは思わず顔を背けた。


 遍堀の魔物や人喰い人狼退治に巨大イノシシの捕獲など、『イーラーの薬草園で働いている色々と残念なおじさん』は、グイユェン市でも徐々に知名度を上げつつある。


 それゆえに、市長の屋敷に訪ねて来ているイーラーの元へも特に怪しまれることもなくこうして案内されたのだが、この寒い中、薄い麻のシャツに腹巻き姿で、等身大のリリアンの人形を抱えて駆け込んで来たリカルドに、家の者にはもう少し防犯意識をしっかりと持ってもらいたいものだ、とヤンセンは考えた。


「どうしたの?」


 リカルドのただならぬ空気にイーラーも思わず席を立つ。


「り、り、り、かき、かき、いな、いな、いな……」


「はあ?」


 イーラーもヤンセンも眉を寄せる。


「だから!」


 リカルドはじれったそうに叫んだ。


「リリアンが書きおきを残して居なくなったって言ってるだろ!!」


「おじさんがそのリリアン人形で一人で遊んでるのを見て怖くなって逃げ出したのね。」


 ヤンセンは目に恐怖の色を浮かべ呟いた。


 何ということを言うんだ、この娘は!!!


「違う!おい、イーラー、そんな目で見るな!断じて違うぞ!これは影武者だ!目くらましにリリアンのベッドに置いてあったんだ!」


「リリアンの寝室に入ったの!?」


 イーラーとヤンセンが同時に叫んだ。


「おじさん!おじさんは残念な人だけど、そういうことはしないと思ってたのに!」


「リッキー!私の不在時に何てこと!恥を知りない!!」


「いや、その、いや、ちが……」


 女性陣二人の攻撃にたじたじになるリカルドだが、確かに部屋に入って良いとはこの影武者は言わなかったので二の句も告げない。


 それどころか、ここで二人に話したらその場で射殺されかねない勘違いをして影武者の人形相手に醜態を演じている。


「と、とにかく!」


 リカルドは詰め寄って来る二人を両手で制した。


「リリアンがいつまでも起きて来ないから、部屋へ呼びに行ったんだ。それ以外は断じて何もない!そしたら、部屋に、この人形と書きおきが…… !」


「ひにゃ。」


 リリアンの影武者が紙切れをイーラーに差し出した。


 イーラーが受け取り、ヤンセンもそれを覗きこむ。


「トイレは探したの?」


 イーラーが聞いた。


「探してないけど!」


トイレを覗いたら覗いたでまた色々言うくせに!


「トイレに行くのにこんな書きおきして影武者立てるか?それから、一昨日みんなで作ったカステラやジャムサンドクッキーもみんな無くなってるんだ。」


「うそ……!」


 ジャムサンドクッキーはリリアン特製のバライチゴのジャムをたくさん挟んだイーラーのお気に入りのお菓子で、イーラーの為に作ってあげているようなものだ。


 イーラーはへなへなと椅子に崩れた。


「リリアン……私のことが嫌いになっちゃったのかな。」


「それも充分に考えられるが、俺がウロウロしてるのが鬱陶しかったのかも。」


 リカルドも言う。


 リリアンと一緒にいられることが嬉しすぎて気にもとめなかったが、考えてみたら、リカルドのせいでリリアンは家の中にいてさえ四六時中ぬいぐるみをはずせないでいる。


 ゆっくり食事をする為わざわざ台所で一人で食べることもあるくらいだ。


 俺が出て行けばリリアンは戻って来るに違いない。


 リカルドがそう言おうとした時、ヤンセンがリリアンの書きおきを振りながら言った。


「この書きおきから察するに、イーラー先生とおじさんの家の中でのイチャイチャラブラブっぷりを見せつけられるのに嫌気がさしたんじゃないかしら?私、おじさんの本命はリリアンだとばかり思ってたわ。リリアンは単なるバックアップだったのね。」


「!?」


 リカルドとイーラーは顔を見合わせた。


「ヤンセン、あんたが何を言っているのかサッパリだが、全然違うということだけは断言できる。」


 ヤンセンの言葉で、リリアンが何か大きな勘違いをして薬草園を去ったのだということは二人にも何となくわかった。


 のぼせやすく思い込みの激しいリリアンならいかにもありそうな話だ。


「すぐに連れ戻して誤解を解きましょう。リリアンが戻ってくるかどうかは別としても、そういう誤解をされたままというのは実に不愉快だわ。」


 イーラーはそう言うと、指にはめている一番大きな石のついた指輪を外した。


 先に言われた!!


 こういう時はいつも先に言われるんだ!何故なんだ。俺だっておんなじだ!は、負け惜しみみたいでカッコ悪いのは何故なんだ!いや、そんなことは今はどうでも良い。本当にどうでもいい。


 イーラーが外した指輪にぶつぶつとまじないを唱えはじめると、指輪の石がぽうっと淡い光を放ち始めた。


「リーチュアン市とは逆方面へ行ってるわね。遍堀へ続く道のどこかにいるみたい。」


 指輪を覗きながらイーラーが言った。


「おじさんが蛙をやっつけてから、あの道もまた活気が戻って来たから、すれ違った人がいるかも知れないわね。猫のぬいぐるみはこのお人形が着けてるから、今はリーチュアン市へ行った時に着けていたカワウソのぬいぐるみをかぶっているかも知れないわね。」


 貸本の少女探偵シリーズに最近ハマっているヤンセンはちょっと楽しくなってきた。


「!?」


 リカルドは驚いてヤンセンを見た。


「あんた、あれが熊じゃなくカワウソだと気づいていたのか!?」


「くまぁ!?一目見ればわかるでしょ?熊の耳があんなに小さいはずないし、目だってあんなに離れてるのに。前歯だって……。」


「わ、わかった、もういい。」


 どうやら、俺はリリアンのことを何もわかっていなかったようだ。


 こんな、わがままで口の悪いヤンセンなんかに負けるとは。


 リカルドは我が身の不甲斐なさを恥じた。


「よし、早速追いかける。必ず連れ戻して来るよ。」


「あっ、でも、リリアンは恥ずかしがりやさんだから、あの姿を消すローブを着ているかも……」


 ヤンセンの言葉も聞かず、リカルドは黒い弾丸、ならぬ腹巻きの色の弾丸となりヤンセンの部屋を飛び出して行った。


「リッキーに先を越されるもんですか!」


 イーラーもバタバタと出ていき、部屋にはヤンセンとリリアン人形だけが残された。


「あーあ、行っちゃった……。」


「ひにゃー。」


「ま、いっか。リリアンの影武者さん、お茶でもいかが?」


「にゃっ!」


 ヤンセンはリリアン人形を椅子に座らせて一緒にお茶を楽しんだ。

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