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第六話

黒いわんちゃんとお馬さんの活躍。

 リリアンは、藁を喰むハマーの横に座ってすっかり暮れ落ちた空を眺めながら、かぶりものもとり、素顔を夜風にあてた。


 リカルドの犬は、骨を振り回したり、かじったりして飛びまわっていて、リリアンの事など忘れてしまったようだ。


 リリアンはこっそりハマーに話しかけた。


「闇の戦士様の愛しの誰かさんって、どんな方?きれいな方?頭の良い方?あなた達とも仲良しなの?」


 リリアンは、シロツメクサとクローバーで冠を作って、ハマーにのせてやった。


「もしもその方が戦士様のお嫁さんになったら、私にもお嫁入り道具を揃えるお手伝いをさせてくれると思う?

そしたら、自分がお嫁に行くような気分になれるかしら。」


 自分で口にした言葉なのに、その考えは想像以上にリリアンの心を揺さぶった。


 リリアンは自分の唇をそっと触れてみた。


 初めてリカルドと出会った時の事を思い出す。


 あの時に触れたあの感触を、どうしても忘れる事ができない。


 こんなふうに想うことはいけないことかしら。


 けれども、これは誰も知らないことなのだから。


 私と、このお馬さん以外は。


「戦士様の恋人は、あのレースをどんな風に使って下さるのかしら。」


「………」


 リリアンは、メイド服のスカートをまくって自分のペチコートとドロワーズを溜め息とともに改めて見た。


 紺屋の白袴ではないけれど、行商人から売れ残りを安く買った、漂白していない麻の生地に、擦り切れたところはツギは当たっているし、もちろんレースなんてついていない。


 裕福でない娘の下着なんてこんなものだとは思うけれど。


「戦士様は、その方の下着をご覧になったことが、あるのかしら。」


「俺がどうしたって?」


「ひにゃあ!!」


 背後から声がしたのでリリアンは両手で顔を覆いながらかぶりものを探って、急いで頭につけた。


 慌てていたので、スカートの下からペチコートとドロワーズがあらわになったままなのに気がつき、恥ずかしさのあまり思わず駆け出した。 


 しかし、暗いのと気が動転しているのとで、足を取られて転んでしまい、地面にぺたりと倒れてしまった。


「ひにゃっ。」


「おいおい、大丈夫か?」


 リカルドの声がまるで呆れているように聞こえた。


 一面クローバーが生えているので転んでも痛くはなかったけれど、なんてみっともないの。


 きっとスカートの中も見えてしまっている。


 どうして私はこうも要領が悪いのかしら。



「脅かしてすまなかった。」


 リカルドはリリアンの側にしゃがむと、慌てて被って横にずれているかぶりものをきちんと治してやって、子どもにするように頭をぽんぽんとした。


 そうして、立ち上がって手を差し伸べた。




 イーラーには、用を足すからと言って席を外して外へ出てみると、薬草の香りのたちこめる庭でハマーの頭にクローバーで編んだ冠を乗せてやっているリリアンを見つけた。


 鼻をなでてしきりに何かを話しかけてやっている。


 自分の騾馬にそんな風に愛情を持って接してくれるリリアンにますます愛おしさが募る。


 陽の光の下よりも、月明かりのほうがそれほど緊張することもなくリリアンに近づく事ができるから、自分の名を呼ばれたような気がして、つい声をかけてしまった。


 手を差し伸べてしまってから、リリアンはこの手を取ってくれるのか不安になった。


 しかし、リリアンはおずおずとリカルドの手に小さな手を乗せた。


 暖かくて、大きな手、ごつごつしているけど、優しい手が、リリアンの手を包んだ。


 鎧を外したリカルドは、襟のない薄い麻のシャツ1枚を、ボタンをしないで楽に着ていて、鍛えられた胸元が覗いている。


 かぶりものをつけているから、リカルドにリリアンの顔が見えるはずはないのに、恥ずかしくてリカルドをまともに見ることができない。


 それに、自分の手は水仕事で荒れていて、その上、藁だのシロツメクサだので泥だらけな事に気がついた。


 思わず差し出した手を引っ込めようとしたその時、


「のわっ!」


 リカルドがリリアンの視界から消えた。


 名犬サーブが、リカルドに突進したようだ。


 熊ほどもあり、獰猛で力も強いブラックウルフ種のサーブが、骨をもらってテンションが尋常ではない状態でぶつかってきたら、いくら闇の戦士でもたまったものではない。


 数メートル先まで吹っ飛ばされてしまった。


「め、、け、、さ、、おま、、なにを、、わーっ、よせ!」


 サーブは倒れた主人の上に馬乗りなり、顔に骨をぐりぐりと押し付けている。


「わかった、わかったから、もうっ!

ほら、とってこーい!!」


 リカルドはそう言って、サーブの骨を彼方へ放り投げた。


 サーブはしっぽをふりながら全速力で骨を追いかけて夜の闇に消えていった。


 リリアンその間に立ち上がると急いで家に戻った。


 台所では、ほろ酔い気分でご機嫌のイーラーがリカルドに持たせてあげる食料を気前よく包んでいるところだった。


「あっ、リリ、お疲れ様。あなたも食事になさいね。ねえ、リッキーに干しぶどうと月餅持たせてあげていい?ん?リリ?何してるの?ごはん食べないの?」


 リリアンはイーラーに返事もせず、薬箱からイーラー特製の薬用ハンドクリームを取り出すと、一生懸命に手に擦り込んだ。






 夜はとっぷりと暮れてしまったので、イーラーはリカルドに泊まっていくよう勧めたが、こちらは食事の時とは違ってあくまでも儀礼的なものだ。


 闇の戦士は、暗闇とともに動くものだという。


「じゃあな、イーラー」


「気をつけてね、リッキー」


 やはり、古い友人というよりは、仕事へ行くのを見送る父娘のようだ。


「あの、戦士様」


 リリアンも恐る恐る声をかける。


 昼間や、家の灯りの中では、ぶっきらぼうだけど優しいおじさんに見えたリカルドだが、暗闇の中の武装した彼は、闇の戦士と呼ばれるに相応しい、勇ましくも恐ろしげなたたずまいだ。


「これをお馬さんとわんちゃんに。

ヒルとマダニよけのおまじないです。

沼地に行かれるなら。」

 

 そう言って、ハマーとサーブの首にお守りの編み人形をかけてやった。


 スレッジ・ハマー号はさっきリリアンの作ってやったクローバーの花輪を乗せたまま、甘えるようにリリアンに鼻をすりつけた。


「わんちゃんではない。それに、スレッジ・ハマー号は馬ではなく騾馬だ。こんな胴長で短足の馬があるものか。いてて、主人に向かって何するんだスレッジ・ハマー号。いて、いて、やめろ、この石頭が!」


 こうして、闇の戦士リカルド・クラークソンは、お供の騾馬の頭突きをくらいながら闇へ消えていった。


「ごめんね、リリ。騾馬の世話やら、食事の支度やら、疲れたでしょう?あんなふうに、みんなのために大してお金にもならない魔物退治をしてくれるって、言うんじゃあさあ。」


 去ってゆくリカルドを見送りながら、イーラーが言った。


「なんだこんなもん頭に乗せて気取りやがって、俺によこせ!いて、噛んだな、噛みやがったな、こん畜生め!いい加減にしろ!この騾馬!底なし沼に放り込むぞ!痛い痛い、嘘だウソ!!ごめん、ごめんってば!!」


 姿は見えなくなったものの、未だリカルドの声が闇に轟いている。


「近所迷惑だなあ。」


 イーラーが呟いた。


第七話はちょっとひと休み。

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