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第六十七話 さようなら薬草園 1

 新しいお話が始まります。



 どうやら、リカルドは料理が好きらしい。


 薬草園の台所はリーチュアン市の自宅のそれと比べるとずいぶん使い勝手も良いし、かまどが三つもあるから、一度に色々なものを作ることができる。


 それに、家で何が作っても、自分が食べるか、せいぜいカルロスがつまむくらいで張り合いがないが、ここにはリリアンがいて、ちょっと何か凝ったものを作るととても喜んでくれるので、つい力が入ってしまう。


 今日の夕食は練った生地を短刀で柳の葉っぱの形に削りながらお湯に落として作ったリカルド特製の刀削麺だ。


「なるほど。」


 イーラーは目を瞑って口をもぐもぐさせている。


「表面はツルツル、中はモチモチ、噛めば噛むほど小麦本来の風味が滲み出てくる。スープとの相性もバッチリだわ。」


「黙って食え。」


 リカルドはそっけなく言った。


 料理を褒める時も何でこんな上から目線なんだ。


 リリアンはというと、さっきから一言も発さず黙々と麺に挑んでいる。


 猫のかぶりものをじれったそうにずらして、夢中で麺をすする姿は、もしもここが異世界ならSNSに投稿したくなるほどの可愛さだ。


「ちょっと失礼します。」


 リリアンはもう限界とばかりに立ち上がった。


「お台所で頂いて来ます。ぬいぐるみを外してしっかり味わっていただきたいので。」


 そう言って台所へ入って行った。


 勝った!


 リカルドはガッツポーズをした。


 リカルドにとって、リリアンにぬいぐるみを外して食事をすると言われるのは、世界的に有名な食通に皿のソースの一滴までパンで拭って残さず食べてもらえるのとほとんど同じくらいの意味があるのだ。


 スープを最後の一滴まで飲み干したイーラーはうっとりと言った。


「ああー、本当に美味しいわ。ねえ、明日は炒飯を作ってよ。」


「いいとも、こないだ捕まえたイノシシで作った叉焼を使おう。」


「わーい、楽しみ。ねえ、リッキー、もうずっとここにいてよ。これからも私の為に毎日ご飯作って。」


「ははは、参ったなあ。」


 あんたの為に作っているわけじゃありませんよーだ。


 リカルドは心の中で言ったが、機嫌を損ねて追い出されでもしたら大変なのでニコニコ笑うだけにしておいた。


 台所にいたリリアンはそれを聞いてその場に立ち尽くした。




  ⁂




 翌朝早く、イーラーは久しぶりに街へ出かけて行った。


 リリアンが頼まれていた最後の腹巻きがやっと出来上がったのと、ローンから託された卵をヤンセンの屋敷へ届けに行ったのだ。


 リカルドはいつものようにスレッジ・ハマー号の身体をきれいにするために井戸のところへ連れて行った。


 いつもなら同じようにリリアンも井戸にやってきて、名犬サーブの毛を梳かしてやったり、尻尾にリボンを結んでやったりしているのに、今日はリリアンばかりか、名犬サーブも姿を見せない。


 おかしいな、と思ったものの、寒くなったし、外に出るのが億劫なのだろうと、特に気にもしなかった。


 しかし、店にも居間にも台所にもリリアンの姿がみえない。


 怪訝に思ったリカルドは、リリアンの自室の扉を叩いた。


「リリアンさん、まだ寝てるの?朝飯の支度もできてるけど。」


「ひにゃ?」


 扉の向こうからリリアンの声がした。


「今日はどうしたの?具合でも悪いの?」


「にゃー。」


 何だかおかしい、とリカルドは思った。


 風邪でもひいたのだろうか?


「ごめん、開けるよ?いいかい?」


「ひにゃ。」


 リカルドが扉を開けると、ベッドの上にいつもの猫のぬいぐるみをつけたリリアンが座っていた。


 病気ではなかったようなのでほっとしたものの、寝間着を着たぬいぐるみを着けていないリリアンを拝めると思っていたリカルドは、ほんの少しだけガッカリした。


「具合でも悪いのかと思って心配したよ。イーラーはとっくに出かけちゃったよ。名犬サーブもいないし。」


「…………。」

 

 リリアンは何も応えず、猫のぬいぐるみを傾げてリカルドの方を見ている。


「大丈夫?やっぱりどこか具合でも悪い……」


 リカルドがリリアンに近づくと、


「にゃっ!」


 リリアンがリカルドに飛びかかり、ベッドに押し倒した。


「リ、リリアン、さん!?」


 離れなければ、と、咄嗟に思ったが、体が動かない。


 それはリカルドが薬草園に住まうようになり、幾度となく夢想した光景そのものだった。


 いつもと様子は違うものの、先日の山葡萄を食べた時のように、酔っぱらっているふうでもない。


 やっとのことで想いが通じたのだ、リリアンも俺の事を想っていてくれたのだ。


 そうでなければ、イーラーのいない二人きりのこの家で、俺を寝室に招き入れるような真似をするはずがない。


「リリアン、夢みたいだ。」


 リカルドは仰向けのまま、上に重なっているリリアンを強く抱きしめた。


 なんて華奢な身体!壊れてしまわないように優しくしてやらなければ。


 リカルドはそのまま身体を横へ向け、リリアンをそっとベッドへ寝かせた。


「ぬいぐるみを取るよ、いいね?」


「…………。」


 その沈黙こそが自分を許してくれる証だ。


 そう考えたリカルドは震える手でぬいぐるみをはずした。




 それは、毛糸で編まれた顔のない人形だった。




「ぎゃーーーーーー!!!!」



 薬草園にリカルドの悲鳴が轟き、こだました。


 裏庭で草を喰んでいたスレッジ・ハマー号が顔を上げ、地面をつついていた鶏がバタバタと騒いで逃げ出した。


 「にゃー、ひにゃー?」


 編み人形で作ったリリアンの影武者がベッドに横たわりぶつぶつ言っている。


 リカルドは腰を抜かして涙目になり、震えながら床に座っていた。


 リリアンの机からヒラヒラと紙が舞い、へたりこんでいるリカルドの前に落ちてきた。


『今までお世話になりました。お二人でいつまでもお幸せに暮らしてください。 リリアン』


 リカルドが紙を見ると、丸っこい小さな字でこう書かれていた。


 

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