第六十四話 おっさんと騾馬(と名犬)8
このお話の最終話です。
「また、こんなガラクタ掴まされて。」
リリアンとリカルドがローンの屋敷へ戻ると、リカルドがスレッジ・ハマー号の安産祈願に購入した御守りや熊手やその他いろいろな安産グッズを見たイーラーはせせら笑った。
リリアンはとっさに、胸元のボタンを上まで留めてユリの花のペンダントを隠した。
せっかくリカルドが買ってくれたペンダントまでガラクタ呼ばわりされたらたまらないと思ったのだ。
イーラーは普段からエセ魔法使いのかける魔法を小馬鹿にしているが、赤い毛糸のパンツのように本当に御利益のあるものまでバカにしたりはしないから、きっと本当にガラクタなのだろう。
リカルドはガッカリした。
ハマー号への親心を踏みにじるような仕打ちをするなんて、やはり商人どもにはロクなのがいない。
リリアンがちんぴらに絡まれた時に仏心なんか起こさず、暴れに暴れて売り物を台無しにしてやれば良かった。
いやいや、あいつらだって生活のために頑張っているんだ。
もしかしたら、騙そうとしているんじゃなくて、本当に御利益を信じて売っているのかも知れないじゃないか。
悪いのはイーラーだ。
頭に浮かんだことを何でもかんでも口に出しやがって、この垂れ流しの老害が!
「いいじゃないか。俺の金で俺の騾馬のために俺が何を買おうが俺の勝手だ。」
リカルドは口を尖らせた。
意地悪なイーラーなんか置き去りにして帰ろうかと一瞬思ったものの、相変わらず草を食べている身重のスレッジ・ハマー号を見てリカルドは考えを変えた。
「なあ、イーラー、薬草園での仕事はもうほとんど残っていないけど、産まれるまでこいつを置いてやってくれないか?俺達が無理なら、せめてハマー号だけでも。」
「でも、薬草園にはキャベツ畑がないわ。」
「もちろん、最初からそのつもりよ。リッキーもついててあげて。その方がハマーも安心するでしょうし。」
イーラーも快諾した。
魔法と商売が絡まなければ、元々気前の良い性格なのだ。
「イーラーさん、薬草園にはキャベツ畑がないわ。」
「いつもありがとう。本当に恩に着るよ。」
確かに、イーラーさえ居てくれたらこんな熊手なんか必要ない。
「でもキャベツ畑が……。」
それに、スレッジ・ハマー号の出産に立ち会えばリリアンも少しは何かに目醒めるかも知れない。
さっきから心配そうにキャベツ畑を連発するリリアンを横目に、リカルドはそう考えた。
「そろそろ行かないと、日没になったら通行証を持っていても結界が開かなくなってしまうわよ。」
ハマー号を囲んでいる三人にローンが声をかけた。
「そうなんだが、名犬サーブが遊びに行ったきり帰って来ないんだ。あいつまで不良の犬に悪さをされていないと良いが。」
リカルドやリリアンが心配そうに辺りを見回していると、先程お茶を出してくれたリーンという女の子が名犬サーブと共にこちらへ戻って来るのが見えた。
「おお、サーブを探して来てくれたんだね。ありがとう。」
リカルドはリーンとサーブに駆け寄った。
リーンはにこっと笑って、リカルドに犬張子を差し出した。
「あ、ああ……。」
リカルドはせっかくリーンが貰って来てくれた安産の御守りを、またイーラーがバカにするのではないかと心配してとっさに隠そうとしたが、
「あら、これ、修道院の犬張子じゃないの?よくこんなの貰えたわね。」
と、イーラーが横から取り上げた。
「凄いわ、霊験あらたかね。ありがたいこと。」
大きな蒼い瞳を潤ませ、今にも手を合わせて拝まんばかりだ。
「リーンとサーブはご本尊のおイヌ様とお友達だから、特別に貰えたのね。」
ローンはリーンの頭を撫でながら誇らしそうに言った。
リーンはローンに褒められて得意そうにニコニコしている。
「そうなのか、サーブ!?聞いてないぞ、そんなの!?」
リカルドは知られざるサーブのネットワークに驚きを隠せない。
名犬サーブは尻尾を振って仲良しのスレッジ・ハマー号の方へトコトコ歩いて行き、ぺろっとハマー号の鼻を舐めた。
ハマー号はやっぱり草を食べ続けている。
「サーブも偉いね。」
「わんちゃんはお友達思いですね。」
イーラーとリリアンもサーブを撫でながら口々に褒めた。
ガラクタ同然の熊手を抱えたリカルドは複雑な気持ちで名犬サーブを見ていた。
「リカルド。」
イーラーとリリアンには聞こえないくらいの小さな声で、ローンが囁いた。
「サラの子供にも昨年赤ちゃんが産まれたのよ。一応、お知らせしておくわね。」
「そうなんだ……。」
リカルドは呟いた。
「マルセルやハマーどころかサラの子にまで先を越されたわけだ……そうか、俺も年をとるわけだ。」
「あなたはまだまだ若いわよ。色々あったから、人よりも年をとったような気になっているだけ。」
「まだまだ若いと言われてる時点で年寄りなんだよ。」
「確かにね。」
ローンがそばかすだらけの顔をにやっとさせた。
帰りの空の旅は、身重のハマー号を気遣い、リリアンとリカルドが名犬サーブの背中にまたがり、三人の中でいちばん軽いイーラーがハマー号の背に乗った。
「わっ、気をつけて。」
リカルドはうとうとしてバランスを崩しそうになったリリアンを慌てて支えた。
「ごめんなさい。」
リリアンは目を擦りながら言った。
「わんちゃんの背中はもふもふしてあったかいからつい眠ってしまいそうになるんです……。」
「そうか、それなら……。
お、俺に寄りかかりなよ。落ちないようちゃんと支えているから。」
「良いのですか?」
「も、もちろんさ。」
「ありがとうございます……」
リリアンはリカルドの胸に身体を預けた。
「最近……色々な……夢が……いっぺん……に……叶うから……どれが現実で……どれが夢なのか……時…どき……わから……なく……なるん……です……もしかしたら……これも……夢……かしら……」
夢うつつのリリアンが何かをしきりに呟いているが、風の音にかき消されてリカルドにはよく聞こえなかった。
リカルドはリリアンを落とさないようしっかりと抱きしめて、薬草園を目指して飛んで行った。
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