第六十三話 おっさんと騾馬 7
リリアンとリカルドは、お供え用のおもちゃのお金やお線香をたくさん買って、寺の中心に祀られているイヌの像にスレッジ・ハマー号の安産を祈願した。
必要かどうかはわからないが、御守りやら熊手やら、よくわからない物も買った。
一つ一つの屋台の前で足を止めてはあれこれ言っていたリリアンも、リカルドから犬の形のベビーカステラを買ってもらえたのでやっと大人しくなった。
落ち着いて周りを見てみると、土産物屋は子宝グッズだけではなく、観光地ならばどこにでも売られているようなものもたくさんあった。
リリアンは天然石や貝殻で作られた装飾品の土産物屋の前で一瞬足を止めたが、またリカルドに注意されると思い、すぐに歩き出した。
「旦那、奥さんへのお土産にひとついかが?」
リリアンの様子に目ざとく気づいた売り子の娘に声をかけられて
「はぁっ!?」
「ひにゃ!?」
二人は同時に声を上げた。
「あ、ごめん。もしかして親子?」
「い、いや、違うが……。」
リカルドはリリアンと売り子を交互に見ながら答えた。
「そうでしょ?だと思った。ねえ、旦那、ひとつ奥さんに買っておあげよ。たまには良いでしょ?でなきゃ、こんな可愛い奥さんすぐに誰かに取られちゃうよ。ぬいぐるみなんかかぶせちゃって、妬きもち焼きの旦那さんで奥さんも大変だね。」
「な!?」
ひょっとしたら、周囲にはリリアンとカップルに見えているかも知れないと心の中でうっすら期待してはいたが、同時に、他の男からの視線を避けるため俺がリリアンに猫のぬいぐるみをかぶせていると思われているのか。
俺はどれだけ嫉妬深くて独占欲の強い男だと思われているんだ。
いや、しかし、やりかねん。気をつけよう。いや、待て、何に気をつけるんだ。
「い、いや、これは違うんだ。」
リカルドは慌てるが、売り子はリカルドに口をはさませない。
「良いの、良いの。それだけ愛されてるってことだからね。ほら、これなんてどう?こういうの、好き?」
今度はリリアンの方へ、商品のペンダントを胸に当てた。
それは貝細工のユリの花のペンダントで、リカルドはふと、以前、遍堀の蛙のレンリーに返してしまった銀の髪飾りを思い出した。
「ひとつ貰うよ。」
嫉妬深い上にケチだと思われるのは癪だ。
リカルドはぶっきらぼうに早口で言うと、金を渡してさっさと歩き出した。
「えっ、リカルド様、よろしいのですか?」
戸惑っているリリアンに売り子の娘はペンダントを手渡した。
「旦那さんはずいぶん照れ屋さんだね。安産祈願に来たの?元気な赤ちゃんが産まれると良いね。」
「にゃ、赤ちゃん!?」
この人には、私とリカルド様が夫婦に見えるのね。
リカルド様が妬きもちを焼くくらい、私のことを愛しているように見えて、二人の赤ちゃんの為に安産祈願に来ているように見えるのね。
「あ、あの、ありがとう。嬉しいわ、とても。」
リリアンはペンダントを受け取った。
「リカルド様!」
リリアンはリカルドに追いついて後ろから声をかけた。
「あの、ありがとうございました。」
「いや、腹巻きのお礼もちゃんとしていなかったから。いや、腹巻きに比べたらずいぶんちゃちなものだけど。」
リカルドは早口で言った。
「いいえ、とてもきれい。ありがとうございます。」
イーラーは本物の宝石を使った指輪や耳飾りなどを魔女らしくたくさん身に着けているが、リリアンはこういう物を着けたことがない。
木のボタンを繋いでペンダントを作ったりしたこともあったが、もうそんなおもちゃを着ける年頃でもないし、いつの間にかやめてしまっていた。
リリアンは早速ペンダントをつけようとしたが、ぬいぐるみをかぶっているせいか、金具を上手く留められず苦労している。
「貸してみて。」
リカルドが後ろに周り、金具を留めてやった。
リリアンの華奢な鎖骨のくぼみにユリの花の細工が光っている。
「どうですか?」
リリアンは恥ずかしそうに尋ねた。
「うん、似合うよ。」
リカルドも、ぶっきらぼうに早口で答える。
しかし、二人は売り子の娘に夫婦と間違われたことを否定しなかったことを互いに相手がどう思っているのか急に気になりはじめ、それ以上何を言えば良いかわからず、向かいあったまま黙っていた。
「きゃっ。」
とんっ、とリリアンが誰かに押され、リカルドに倒れてきた。
「邪魔だ!」
リリアンの後ろから威勢の良い男の怒鳴り声がした。
「こんなに大勢人がいるところで立ち止まるな………。」
しかし、リリアンの前にいるリカルドを見て急に尻すぼみになった。
「いや、そのう……。」
荒くれた身なりをした男はオドオドと言葉を濁す。
きっと、奥方に良いところを見せようと大男の亭主が男に掴みかかるに違いない。
ちんぴらが半殺しにされるのは何でもないが、店先に投げ飛ばされでもしたらいい迷惑だ。
そんなふうに、店の者達が互いに目配せをし合っている。
しかし、リカルドは
「すまないな。」
とだけ言って
「さ、行こう、気をつけて。」
リリアンの肩に手を回して歩き始めた。
「は、はい……。」
リリアンも大人しく従った。
「旦那、てっきり、旦那があいつをやっつけると思ったよ。まるくおさめてくれて助かった。奥さんを突き飛ばされたんだから怒って当然なのに。」
先程の装飾品の店の売り子の娘が追いかけてきて、声をかけた。
「本当に強い戦士は弱い者いじめなんかしないんだね。奥さんも惚れなおしたでしょ?」
売り子はリリアンに笑いかけた。
「あ、あの、えっと……。」
「も、もうやめてくれ。」
リカルドはリリアンに否定される前に話を切り上げたかった。
「ははっ、強いのに照れ屋なんだね。ギャップ萌えってやつだね。ね、奥さん?
ね、良かったらこれも持ってってよ。マントの留め具だよ。そのユリのペンダントとペアなの。実はさっき貰いすぎたのを黙ってたんだよね。」
売り子の娘は舌を出した。
「はい、着けてあげて。」
売り子はリリアンの手に留め具を握らせ、走って自分の店へ戻って行った。
"惚れなおしたでしょ?"
リリアンは売り子の娘の言葉を思い返した。
「……はい。」
「え?」
リカルドが聞き返した。
「いえ。何でもありません。あの、立ち止まったらまた怒られちゃうかも知れないから、ローン様のお屋敷に戻ってから、この留め具をマントにつけてあげますね。」
こんなにドキドキしているのに、こんなに安心できるのはなぜだろう。
リカルドにこんなふうに守ってもらえるなら、あの男にも感謝したいくらいだ。
リリアンは肩に回されたリカルドの手に猫のほっぺをくっつけた。
かわいそうに、変な男に突き飛ばされてよほど怖かったのだろう。
俺が夫のフリをすることでリリアンが安心して歩けるならばしばらくこのままでいよう。
リカルドも考えた。
何にせよ、今日はスレッジ・ハマー号の親代わりということで安産祈願にやってきたのだから、しばらくはこんなふうに夫婦ごっこをするのも良いかも知れない。
強くて照れ屋さんで妬きもち焼きの旦那さんと可愛い奥さんは、人のごった返す参道を身を寄せ合って歩いた。




