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第六十ニ話 おっさんと騾馬 6


「さあさあ、二人はお寺見物にでも行って安産の御守りでも買ってらっしゃいよ。私達はまだいろいろ話すことがあるから。」


 ガッカリしているリリアンを気遣い、場を和ませようとしたイーラーは弾んだ声を出した。


「はああ?」


 リカルドは顔をしかめて聞き返した。


「安産?何のこっちゃ。ヤンセンとマルセルの子供はキャベツ畑に生えてくるんだろう?」


「やっぱり気がついてなかったのね。」


 イーラーは呆れ果てたという顔をした。


「ハマーにもうすぐ赤ちゃんが産まれるのよ。」


「何いぃーー!?」

「ひにゃーーーっ!?」


 リカルドとリリアンはびっくりして立ち上がり、椅子をひっくり返して庭で名犬サーブとご主人さまを待っているスレッジ・ハマー号の元へ飛んでいった。


 名犬サーブはどこかへ遊びに行ってしまったのか姿が見えず、ハマー号はひとり庭に生えている草をもぐもぐと喰んでいた。


「いつ?いつ産まれるの?次の新月?どこのキャベツ畑を探せばいいの?」


 リリアンは首に抱きついたが、ハマー号は迷惑そうにやはりもぐもぐ草を喰んでいる。


「ハマー号よ、相手は誰だ!?名前を言うんだ!!おい、ローン!!」


 リカルドは怒り狂ってローンを振り返った。


「父親は誰がわかるか!?俺がそいつを食ってやる!!」


 一緒に外に出てきたローンは面倒臭そうな顔をしたものの、好奇心の方が勝ってハマー号に近づき、優しくお腹を触った。


「よしよし。あら、良かったわね。パパはなかなかの駿馬よ。グレーに白い斑があるのね。」


 リカルドはかっと目を見開き


「ドリッピーだ!!カルロスの馬の!!!」


 雷音のごとき唸り声を上げた。


「おのれ、俺の大事なスレッジ・ハマー号に手を出すたあ、とんだ命知らずだ!隊長もろとも地獄に送ってやる!!」


「まあまあ、そもそも、騾馬が妊娠するなんて、ありえないくらい珍しいことなのよ。やっぱりペガサス種の子は違うわねえ。」


 ローンが感心して言う。


「そうよ、ドリッピーに見染められるなんて、ハマーもやるじゃない。」


 イーラーも宥めた。


「なんだよ急に!カルロス隊長はあんたの天敵だろ!!」


 リカルドは唾を飛ばしてまくし立てる。


「リカルド様は嬉しくないんですか?お馬さんに赤ちゃんが産まれるのが。」


「え?」


 不安そうなリリアンの問いに、リカルドは一瞬、動きを止めた。


「そりゃあ……」


 初めて手に入れた騾馬。


 娘のように可愛がっていたスレッジ・ハマー号だ。


 翼が生えてきて、どこへでも好きなところへ行けるとわかってからも、自分と一緒にいることを選んでくれた。


 突然、リカルドの目から涙が溢れてきて、


「そりゃあ、嬉しいさ!おじいちゃんになった気分だ!!」


 と、ハマー号に抱きついた。


 ハマー号はやはり迷惑そうに草をもぐもぐ食べていた。


「そしてちょっと安心したよ。この底無しの食欲の謎が解けて。そうだな、まずはスレッジ・ハマー号が無事に出産するのを見届けるのが先だな。ドリッピーを食うのはその後だ。」



 すっかり機嫌を直したリカルドは、リリアンと共にローンに教えられてお寺へ安産祈願に出かけた。


 ユーュエの修道院の本尊がイヌであることから、昔から安産の御利益があると言われており、参道には子宝に因んだ土産物屋がたくさん出ている。


 スレッジ・ハマー号の安産祈願に、リリアンとデートというオマケまでついてきて、本来ならウハウハのはずのリカルドだが、門前町の店を見ながら無邪気にはしゃぐリリアンに少々辟易としていた。


 子宝の御守りを売っている店の前で足を止めたリリアンは、イヌの置物を手に取った。


「このわんちゃんの置物かわいい。私もひとつ買おうかなあ。」


「いや、リリアンさんはまだ必要ないよ。」


 リカルドは慌てて言う。


「じゃあ、キンバリーさんのお土産にしようかな。『強力な魔力で効果抜群』って書いてあるからレベルアップできるかも。』


「だめ!」


 リカルドはリリアンからイヌの置物をひったくって棚に戻した。


 そうかと思えば、別の店のノボリを指差し、


「あっ、リカルド様、リカルド様のお土産はこの丸薬になさったら?スッポンとは何かしら?ああ、亀さんの仲間ね。ねえ、ほら、『明日への活力がみなぎる』って書いてありますよ!」


 などと周りに聞こえるくらいの大声で話しかけてくる。


「いりません!」


「では、この指南書は?何やら武術の奥義が図入りで詳しく記されているらしいですよ。まあ、ずいぶんと変わった組み手ですこと。ほら、こんなに絡み合って。」


 リリアンはカゴに山積みになっている書物から一冊手に取り、中をパラパラとめくった。


「これ、立ち読みはいかん!」


 リカルドは書物を取り上げてカゴに戻した。


「もしや、リカルド様はこの書物の内容は全て会得しておられるのですか?」


 むろんだ。


 抜かずの宝剣ではあるものの、マルセルの父で昔の上官フリオ伍長からしっかりと伝授されている。


 マルセルどころかスレッジ・ハマー号にまで先を越されるとは、俺こそ御守りが必要なのではないかとリカルドが考えていると、リリアンは変な看板の前に立ち止まった。


「あっ、あっちに秘宝館というのがありますよ。お寺の宝物殿に違いありませんわ。十八歳未満は入館禁止と書いてありますから、私は大丈夫ですね。ちょっと見てみましょうよ、リカルド様。」


「そ、そ、そんな時間ありません!」


 リカルドは喘ぎながら言う。


「早くお参りしよう。お寺が閉まっちゃうよ。」


「あっ、そうですね。」


 ようやくリリアンは本殿目指して歩きはじめたので、リカルドはほっと溜め息をついた。


 しかし、お寺の宝物殿には少し興味があったので、今度一人で来ようと思った。


 いつも読んでいただきありがとうございます。


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