第五十九話 おっさんと騾馬 3
おっさんと騾馬の出会い、後編です。
短めです。
「すまないが、こいつに水を使わせてやってくれないか、たくさん歩いて疲れているんだ。それと、飼葉もわけてくれないか。ここの飼葉は栄養があるから疲れも取れるだろう。」
黒い人は自分もたくさん歩いて疲れているでしょうに、井戸から汲んできた水を私の前に置いてくれて、水に浸した糸瓜のたわしで私を丁寧に拭いてくれました。
女の子の持って来てくれた飼葉は、今までに食べたこともないくらい美味しくて、私は夢中で食べましたが、食べても食べても、女の子はたくさんおかわりをくれます。
けれどもふと、黒い人は、馬主の親方に騙されて私を買ったことを思い出しました。
ごめんなさい、私はペガサス種とロバの子なんかじゃありません。
みんなみんな、作り話です。
せめて、私が他の騾馬と同じようにちゃんと歩ければ、普通の騾馬としてお役に立てたのに。
ごめんなさい。ごめんなさい。
私は心の中でたくさん謝りながら、それでも美味しい飼葉を食べるのがやめられなくて、もぐもぐ食べ続けました。
こんなに食いしん坊な騾馬、優しい二人にもそのうち愛想をつかれされてしまうかも知れません。
そのうち、背中がだんだん暖かくなってきて、むずむずし始めました。
何だかこそばゆくて、もぞもぞとさせると、背中の上で大きな風がおこりました。
「やっぱり、栄養が足りなかっただけみたいだね。」
女の子が満足そうに言いました。
気がつけば、私の背中から灰色の大きな二翼の翼が生えていました。
「良かったなあ。」
黒い人も嬉しそうに、けれども少し残念そうに言いました。
「俺もいよいよ騾馬が持てると思ったが、仕方がないな。好きなところに行ったらいいよ。お腹が空いたら、いつでもイーラーが飼葉をくれるからな。」
そう言って、私に付けていた馬具を外しました。
そうしたら、私の身体がふわりと宙に浮かびました。
背中の翼をひとかきさせただけで、大きな風が起こり、私は空高く舞うことができました。
地面はどんどん遠くなり、あんなに大きな黒い人が、豆粒みたいに小さくなっています。
歩きにくい地面と違い、空は何も遮るものがなく、どんなに先へ進んでもちっとも疲れることはありません。
私は夢中になって空を駆けまわりました。
どこでも好きなところに行けばいい、と、あの黒い人は言ってくれました。
どこへ行こう。
お父さんにこの姿を見せたらきっと喜んでくれるでしょう。
お母さんを探しに行くのも良い。
私が一番好きな人、一番側にいたい人のところへ行くことができる。
そう。
私は翼をひるがえし、元きたみちを引き返しました。
ほどなく、先ほどの良い匂いのするお庭がだんだん近づいて来て、豆粒だった黒い人が、また大きな黒い人になりました。
金髪の女の子と黒い犬は、はしゃぎながら私が落とした灰色の羽根を集めています。
あの黒い人は、お家の前のベンチに腰掛け、女の子と犬を見守っていました。
「あ、リッキー、戻ってきたよ!」
女の子が私を指差して言いました。
私は風をおこして地面に降りました。
翼はたたまれ、背中の中へ消えてしまい、元のただの騾馬の背中になりました。
けれども、歩き方のコツがわかったので、もう足を引きずることなく歩くことができました。
私は黒い人の前へ歩いてゆき、鼻を黒い人の顔にこすりつけました。
黒い人は、びっくりしたような、戸惑うような、でもとても嬉しそうな顔で私を迎えてくれて、優しく私の首を叩いてくれました。
ご主人さま、大好きなご主人さま。
私は何度も何度も鼻をこすりつけました。
「わざわざ戻ってこなくても良かったのに。俺は本当にそう思っていたんだ。」
ご主人様は私のたてがみを撫でながら言いました。
ご主人さまを愛することにかけては、誰にも、そう、黒い大きな名犬サーブにだって負けるつもりのない私ですが、いつか、ご主人さまに素敵な恋人ができた時には、喜んで祝福するつもりです。
その人とご主人さまを乗せて、広い空を駆けまわったら、二人は喜んでくれるでしょうか。
人間の美意識は私たち騾馬と比べ著しく低いようなので、なかなかご主人さまの素晴らしさをわかってくれる方が現れないのは残念です。
けれども、いつかきっと、素敵な方が現れて、ご主人さまと結ばれる日が来ることを私は信じているのです。
いつも読んでいただいてありがとうございます。
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次章から、話は再び現在の薬草園に戻り、空のお出かけが始まります。




