第五話
リカルドとイーラーの食事中、リカルドの発したある言葉にリリアンは反応してしまいます。
「イーラーさん、イーラーさん、戦士様からチョコレートをいただいたの。ほら。」
「わあ、良かったね。」
「イーラーさんはどの味が好き?」
「いいの?リリへのお土産なのに。」
「そ、そ、そんな事ないですよ、二人へのお土産に決まってます。ちゃんと二つあるし!
イーラーさん好きな方とって。」
「いいよ、リリが先に選んでよ」
先程まで取っ組み合いのケンカをしていたのに、チョコレートを囲んできゃあきゃあやっている二人を見ると、本当に子供みたいだとリカルドは思った。
イーラーは、リリアンに口に入れてもらったチョコレートを頬ばりながら、水筒に入れたぶどう酒をリカルドに差し出した。
「だいたい良いけど、
もう二、三日おいた方がいいよ。」
「おお、恩に着る。」
「あと、リリのレースと、こないだの支払いもまだでしょ、うーんと、棚も直してもらったことだし、薬とあわせて全部で銀貨6枚でいいよ。」
そう言って、紙にいろいろ書かれた請求書をリカルドの前に突き出した。
「おいおい、そんなに溜まってたか?まてよ、この1が繰り上がるから、、、」
リカルドは慣れない計算をしながら聞き返す。
読み書き計算は不得手だが、恐れを知らぬ商人どもは、相手が闇の戦士であろうと軍事作戦部隊の最上級兵曹長であろうと、平気で数字を誤魔化してくる。
その点、魔物や盗賊の方がまだ可愛げがあるというものだ。
仕方なく使い慣れぬ頭を捻る。
さすがにイーラーがそんな事をする訳はないが、普段から習慣づけておかないとすぐにわからなくなってしまうのだ。
その辺は算術も剣術も魔術も変わらない。
とうとう、イーラーの示した額が、手持ちの金をはるかに上回るということを納得した。
「後で払うよ。魔物をやったら、いくらか入るはずだから。」
「魔物?」
「遍堀の沼あるだろ。
あそこに棲む魔物が、最近人を襲うんだ。」
「ああ。」
と、イーラー。
「失敗したら?」
「スレッジ・ハマー号をあんたにやる」
「また、騾馬を抵当にするの?
これで何回目?」
これもお決まりのやり取りだ。
リカルドが騾馬を手放す訳はないから、金は近いうちに回収できるに決まっている。
「都市国家連合からの要請?」
「いや、別に。暇だから。」
いつものぶっきらぼうな早口の返信がかえってくる。
「ふうん。夕食はまだでしょう?
一緒にどう?」
イーラーは、商売の話が終わると、人が変わったように気前が良くなる。
「悪いよ、ツケも溜まってるのに。」
リカルドも期待どおりとばかり、にやっと笑う。
台所で二人のやり取りを聞いていたリリアンは、うきうきと自室に戻り、ごわごわした麻のブラウスとスカートを脱ぐと、白いレースのつけ襟をつけた黒いすべすべのドレスを着て、真っ白なエプロンをつけた。
それから、足をきれいに洗って、白い靴下をはいて、ベッドの下にしまっていた黒い靴を履く。
街の仕立てものをしている女性は、自分の腕を宣伝するために最新流行のドレスを着ているものだが、リリアンは台所仕事や薬草園の世話もあるので、いつもは丈夫な綿か麻で仕立てたごく簡素な普段着を着ている。
しかし、イーラーの元に来客があった時は、金持ちの家の使用人のようなメイド服を着て、客に食事を提供する。
下働きじゃないんだから、とイーラーは言ってくれるが、かぶりものをつけたまま食事をするわけにはいかず、顔に傷のあるリリアンが同席していると、お客は本当に困った顔をする。
それならばと、お屋敷のメイドのようにエプロンをつけてメイドさんごっこをする方がリリアン自身も楽しいし、猫のかぶりものをつけたリリアンがメイド姿になると、
「まあ、かわいいメイドさんね。けもの族の女の子みたい」
などと、客も喜んでくれるのだ。
この黒いドレスとエプロンはよそ行きなんて必要のないリリアンが持っている一番良い服で、リカルドにも見てもらえると思うと何だか心が躍るのだ。
トマトと卵のスープ、焼餅に、豚肉とお漬物の千切りの炒め物、鶏の蒸したのに、キノコの酢の物。
もっと前にわかっていたら、いろいろご馳走を用意できたのに。
リリアンは残念がる。
リカルドが来た時は、イーラーは珍しく酒を嗜む。
子供の女の子にしか見えないイーラーがお酒を飲むなんて、と、リリアンは給仕をちょっとためらってしまうのだが、こう見えてなかなかの酒豪なのだ。
「戦士様。レースを買ってくださってありがとうございます。」
リリアンが焼餅のおかわりをテーブルに置きながらそう言うと、リカルドは、炒め物をはさんだ焼餅を口に入れたままで
「ん。」
と、やっぱりぶっきらぼうにそう言ったきりだ。
他のお客のように、リリアンのメイド姿を見てお世辞を言ってくれることもない。
「ご家族へのお土産ですか?
もし仕立てものの御用があれば…」
リリアンがそう言いかけると、紅米の焼酎をちびちびやりながらいい気持ちになっているイーラーが、にまにましながら言った。
「愛しの誰かさんにプレゼントかな〜?」
「ぶっ!!」
リカルドは口に入れた焼餅を勢いよく吹き出した。
「ちょっとお、汚ないなあ。」
「げほ、げほ、な、な、」
「ま、そんな訳ないよね。」
「み、みくびるなよ。お、俺にだって、そういうものを贈る相手の一人や二人や三人や四人」
「はいはい、わかった、わかりましたよ」
イーラーは喘ぎながら反論するリカルドを面倒そうに遮った。
なんてやつだ、自分から話を振っておいて。
リカルドはちらりとリリアンの方を見た。
忙しそうに、鍋をかき回したり、火加減を見たり、ぱたぱたと軽い足音をさせて動き回っている。
背中を向けているし、そもそも猫のかぶりもののせいで表情など読めるはずがない。
リリアンがデザートの杏のシロップ漬けをテーブルに置く頃には、話題は遍堀沼の魔物のことにうつり、二人はいろいろと難しい話をはじめていた。
しかし、リリアンは、
愛しの誰かさん
と言う言葉が、魚の骨がつかえたように喉にちくちくあたって、うまく唾を飲みこめない。
それに、何だか顔が熱い。
少し外の風にあたった方が良いかもしれない。
「お馬さんにも藁をあげてこよう。
わんちゃんもおいで。
ほら、いいものがあるよ。」
リリアンが台所の鍋にしまっておいた骨を取り出して見せてやると、リカルドの足元で伏せていた黒い犬がぬっと立ち上がった。
「スープ用のをとっておいたの。嬉しい?」
リリアンは黒い犬と連れだって外へ出た。
うしろからリカルドとイーラーの声が追いかけてくる。
「わんちゃんではない。名犬サーブだ。希少なブラックウルフ種だぞ。俺以外には懐かない。近づくな、頭をもがれるぞ。これ、近づくなと言うのに。」
「わんちゃん、しっぽ振ってついていってますが」
第六話は、わんちゃんとお馬さんの活躍です。




