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第五十八話 おっさんと騾馬 2

 リカルドと騾馬スレッジ・ハマー号との出会いのお話、前編です。


 本編とは関係のない話ですので、飛ばしていただいても大丈夫です。

 お父さんはどこにでもいる珍しくもないただのロバだけれど、ある日、背中に素晴らしい翼を持ったペガサスが天から降りて来て、お父さんのお嫁さんになってくれたんだ。


 そうして産まれたのが、お前だよ。


 お母さんは天翔けるペガサスだから、一緒には暮らせないけれど、お前はペガサス種の血を受け継ぐ素晴らしい騾馬なのだ。


 お前は産まれつき後脚の長さが少しだけ違うから、他の騾馬ほど上手には歩けないけれど、今に背中から翼が生えてきて、空を自由に飛び回れるようになるからね。


 他の騾馬とは違うんだから。


 そんなお話を小さい頃から何度も何度も聞かされて、私もすっかり信じこんでいたから、周りのお友達にもそっくりそのまま話していました。


 だから、小さい頃は、みんなに嘘つきの騾馬っていじめられていたの。


 見てらっしゃい、今に翼が生えてくるんだからって、ずっと待っていたんだけど、結局、大人になっても翼は生えてきませんでした。


 きっと、お母さんのないのを可哀想に思ったお父さんが、私を励まそうとついしてしまった作り話だったのね。


 お父さんを恨んではいないけれど、せめて騎馬隊の駿馬ってことにしておいてくれたら、こんなにがっかりしなくて済んだのに。 


 ある日、馬主の親方が、市場に私達を連れて行きました。


 仲間の騾馬達は次々と買い手がつくなか、上手に歩けない私は、ちっとも良い値段がつかなくて、とうとう最後まで残ってしまいました。


 馬主の親方はいらいらして、早く歩け、もっと早く歩け、と、幾度も私に鞭をくれました。


 私は痛くて惨めで悲しくて、たくさん泣いたけれど、騾馬が鳴いていても、周りの人は気にも止めないで通り過ぎて行くばかり。


 けれども、そこに大きな黒い犬を連れた、大きな黒い男の人が現れて、


「親父さん、そんなふうに鞭で打ったら可哀想だよ。」


 と、馬主の親方に注意をしてくれました。


 それから、親方とその黒い人で色々話をして、黒い人が私の手綱を取って言いました。


「今日から俺がお前の主人だ。」


 その大きな黒い人は、とても恐ろしい顔をしていて、きっと隣にいるこの黒い犬と一緒に私を食べるために買ったのに違いありません。


 私は恐ろしくて、一歩も動けず、がたがた震えるばかりです。


 けれども、黒い人は、


「かわいそうに、痛かったろう。もう大丈夫だよ。」


 と、鞭を打たれた私のお尻を優しく撫でてくれました。


 それから、


「いつか馬を持ちたいと思っていたが、どうせ俺は平民だから、騎乗して従軍はできないんだ。お前みたいな良い騾馬が手に入って俺は運が良い。」


 と、言いました。


 仲間の騾馬達や親方から、お前は出来損ないだと散々言われていた私だから、黒い人がそんなふうに言ってくれても、とても自分のことを言われているような気になれませんでした。


 この人は、親方に騙されて私を買ったのでしょう。


 きっと少し歩けば、私が上手に歩けないのがわかってしまい、親方みたいに怒って鞭をくれるに違いありません。


 けれども、私が足を引きずって歩いていると、


「足が痛いのかい?どれ、見せてごらん?」


 と、心配そうに足を診てくれて、


「大丈夫、何ともないよ。ゆっくり歩けば大丈夫。」


 優しく首を叩いてくれました。


 それから、街はずれの鍛冶屋さんに行き


「こいつは足が悪いんだ。歩きやすいように蹄鉄を調整してやってくれないか。」


 と言いました。


「こいつは足を引きずってるから、すぐに蹄鉄をだめにしちまうよ、何だってこんなのをつかまされたんだい?」


 鍛冶屋の親方は、私の脚を見て、黒い人に同情ぎみに言いました。


「いいんだ。知ってるか?こいつの母親はペガサス種なんだよ。」


 黒い人は胸を張って言いました。


「本当かい?翼が見えないようだが。」


 鍛冶屋の親方はうろんな目をして言いました。


「母親の全ての特性を受け継ぐ訳じゃないからな。」


「翼がないなら、親がペガサス種でも意味がないじゃないか。」


 鍛冶屋の親方は肩をすくめてため息をつきました。


 蹄鉄を打ってもらったら、だいぶん歩き易くなったので、黒い人も喜んでくれました。


「良かったなあ。さあ、出かけようか。良いところへ連れて行ってやろう。」


 黒い人は私の手綱を取ると歩き始めました。


 黒い犬もトコトコついて来ました。


 途中の険しい山道で私が怖くて動けなくなった時も、上手に歩けなくて歩みが遅くなった時も、黒い人は鞭をくれたりしません。


 優しく、辛抱強く待っていてくれます。


 一緒の黒い犬も、私を馬鹿にしたりいじめたりしないどころか、励ますように私の鼻をぺろぺろ舐めてくれました。


 そのうちに、私は良い匂いのするお庭に連れて来られました。


 お庭の奥には小さなお家があり、その後ろにも広いお庭が広がり、そのまま森へ続いています。


「イーラー、イーラー、ちょっと来てみろよ。」


 黒い人が大きな声を張り上げお家に向かって呼びかけると、緑がかった金髪と蒼い瞳の女の子が家から出てきました。


「わあ、この子、どうしたの?」


 女の子は私を見ると歓声をあげました。


「良いだろう?知ってるか?こいつの母親はペガサス種なんだ。」


 黒い人は私の首を優しく叩きながら、得意そうに言いました。


「翼が生えていないようだけど。」


 女の子は私の鼻を撫でながら言いましたが、鍛冶屋の親方のようながっかりした言い方ではありません。


「母親の全ての特性を受け継ぐわけじゃないからな。」


 黒い人は鍛冶屋さんにしたのと同じように説明しました。


「きっと父親も良いロバに違いない。何と言ってもペガサス種に見染められるほどだからな。

まるで、平民の汚いオヤジが、貴族の姫君に見染められるようじゃないか。」


「その例えはこの子のお父さんに失礼よ。」


 と、女の子がたしなめました。


 黒い人は、怒るどころかにやっと笑って、


「もっともだ。すまないな、許しておくれ。」


 と、私の鼻を撫でました。



 

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