第五十七話 おっさんと騾馬 1
新しいお話が始まります。
「スレッジ・ハマー号よ、最近、運動不足ではないか?」
ここのところ薬草園のおいしい餌を食べることしかしていない騾馬のスレッジ・ハマー号を見て、リカルドは心配そうに言った。
薬草園の井戸に二人仲良く並び、リリアンは名犬サーブの毛を梳き、リカルドはスレッジ・ハマー号の世話をしてやるのが、朝の日課になっている。
ハマー号は言われている側から、地面に生えているクローバーをむしゃむしゃ喰んでいる。
「これ以上コロコロになってしまったらお前、空を飛べなくなってしまうぞ。」
「まあ、リカルド様ったら、ふふふ。」
リリアンは笑った。
リカルドはいつも面白いことを言ってリリアンを笑わせてくれるのだ。
「え?何で笑うの?」
リカルドは怪訝な顔でリリアンを見る。
「え?」
「ん?」
リカルドとリリアンは顔を見合わせた。
「だって、今、お馬さんがコロコロになったらお空を飛べなくなるって。」
「ああ、困るだろ?」
「えっ!?」
「ん?」
「ええーっ!?」
「あれ?知らなかったの?」
卵の特売日は今日までだけど、知らなかったの?
くらいの気軽さでリカルドは言った。
「知らないですよう!
どうして?どうしてお馬さんがお空を飛べるんですか!?」
「どうしてって、そういう種類だから、としか説明のしようがないが。」
どうして郵便ポストが赤いのか聞かれて困っているかのような答え方だ。
「あと、この間から言っているが、スレッジ・ハマー号はロバとペガサス種の子だから、お馬ではないよ。」
「ひにゃーっ!?ペガサス種!?」
今年はいろいろなことがあったが、これには驚いた。今年一番のびっくりだ。
騾馬のスレッジ・ハマー号にそんな秘密があったとは。
いや、リカルドにしてみれば、特に秘密にしていたわけでも何でもないようだ。
「俺は平民だし、暗黒の剣を持っているから、ペガサス種にはてんで相手にされないが、その点、騾馬は丈夫だし、穢れにもある程度耐性があるからな。」
愛おしそうにハマー号を撫でてやる。
ハマー号もそれに応えるように、耳をパタパタとさせるが、相変わらずもぐもぐとクローバーを食べている。
「うーむ。困ったなあ。
飛べなくなるだけならまだしも、足が身体を支えきれなくなったら怪我をしてしまうぞ。」
リカルドは呆れ顔で言う。
ふと、リカルドは何やらキラキラしたものを感じてリリアンを見た。
猫の瞳が朝日を浴びてキラキラと輝きながらリカルドを見上げている。
「……もしかして、乗ってみたいの?」
リカルドの問いに、リリアンは猫の頭をぶんぶん揺らして頷いた。
リカルドはハマー号の顔を覗きこんだ。
「どうする?」
ハマー号は一瞬、顔をあげ、
「ひひん」
と、歯をむいたかと思うと、また草を喰むのに戻った。
「良いってさ。まあ、ここにいてもずーっと食べてるだけだからな。ちょうどいい運動になるかもな。」
「やったー!!」
リリアンはリカルドとハマー号の周りをぴょんぴょん跳ねまわり、ハマー号の首に抱きついた。
「ありがとうお馬さん!じゃない、ペガサスちゃんとロバちゃんの子どもだから、えーっとペガロバちゃん!」
ハマー号はちょっぴり邪魔そうにして、やっぱりクローバーばかり食べている。
「リカルド様もありがとう!」
そして、今度はリカルドにも抱きついた。
「ふぁっ!?」
薬草園にいる時のリカルドは、麻のシャツ一枚に、先日リリアンからもらった腹巻きしかしていないから、抱きついてきたリリアンのふんわりとした感触と体温をしっかりと感じてしまう。
「支度して来ます!お弁当も用意しなくちゃ!」
放心しているリカルドを置いて、リリアンは踊るように走り去った。
俺は今まで、リリアンの気を引くため、ああでもないこうでもないと散々頭を悩ませできたと言うのに、たったこれしきのことで喜んでくれるのか。
女の人に喜んでもらうには、花とかチョコレートとか、宝石とか、プレゼントをあげなといけないと思いこんでいたが、リリアンは少し変わっているのかな。
しかし、大人しくて利口なスレッジ・ハマー号のことだからまず大丈夫だとは思うが、乗馬経験のないリリアンが落っこちないように、しっかりと支えていなければなるまい。
これはリリアンが望んだことなのだから、断じてセクハラなどではない。
当方としては、安心安全な空の旅を約束する責任がある。
まあ、とにかく、これは主人想いのスレッジ・ハマー号のお手柄だ。
「ハマー号よ、ありがとう。礼を言うぞ。」
お出かけ前のお手入れに、リカルドはせっせとハマー号の背中にブラシをかけてやった。
「お前が無尽蔵に食べまくってコロコロになってくれたおかげだ。本当にありがとう。」
騾馬のスレッジ・ハマー号は相変わらずクローバーをむしゃむしゃと喰んでいた。




