第五十六話 敗北✴︎ユーリーン
「はあ?」
リカルドは首を傾げる。
森で出くわした時は、ユーリーンは父親のお古の迷彩柄の戦闘服に、髪もメイクもゴミを出しに行く主婦程度の気の遣い方しかしていなかったから、目の前にいる娘と同一人物だとは気がついていない。
そもそも、若い娘の見分けがつかないおっさんには、他のメンバーとの違いもわからないのだ。
キンバリーが分身術を使えるようになったのかと思ったほどだ。
「どこかで会ったかな?」
「なっ………!!!」
揃いも揃って私をバカにして!
あの時のことは徹底的になかったことにするってわけなの!?
そういうことなの!?
ユーリーンは下唇をぎゅっと噛んでリカルドを睨みつけ、ようと思ったが、こんな至近距離では怖くてリカルドをまともに見られない。
ぱしっ。
「あいたっ。」
キンバリーとエミリア、ユミアナに同時にはたかれた。
「ユーリーン、いい加減にして。」
「ごめんなさい、リカルドさん」
「気位ばかり高い子で。」
三人が口々に謝る。
「いや、いいさ。パーティーのセ、花形はそのくらいじゃなきゃ。」
リカルドはリリアンの前では寛大なおじさんになる。
自分の時代にはなかった"センター"という言葉を使いかけたが、若者に媚びてスベったり、使い方を間違えて恥をかくのが嫌だったのでわざわざ言い直した。
ひととおりの挨拶が済むと、またもやユーリーンは戸口の影に走って行ってしまった。
「早速だが。」
リカルドは得意そうに銛とクロスボウを差し出した。
「俺の自慢の銛、『エイハブ船長』だ。」
(名前、ダサ……。)
(残念……。)
(でしょう?)
仲良し四人組は、こんな時は話をしなくても意思疎通が可能だ。
でも、
「かっこいい!」
エミリアが叫ぶ
「そして、こっちがクロスボウの『ロビン』」
「わあああああ。」
エミリアは両手を胸の前にくんで目を輝かせた。
エイハブ船長に比べたら、名前もだいぶんマシだ。
「まずは普通の矢を飛ばせるようになるのが先だ。」
「はい、先生!」
エミリアはリカルドからクロスボウと矢を受け取った。
キンバリーとユミアナは、嬉しそうにしているエミリアを見て顔を見合わせて頷きあっている。
リカルドは銛をテーブルの脇に置くと、エミリアに矢の装填の方法を指導しはじめた。
「ここで弦を固定して、安全装置はここ。矢を装填すればあとはライフルと同じように引き金を引く。」
「はい、先生!」
エミリアがクロスボウを構えてみる。
「違う違う」
リカルドが構え方を正そうとエミリアの肩に手を添えようとした、その時。
どすっ。
「わ。」
「きゃっ。」
エイハブ船長が二人の間に落ちてきた。
「きゃあーっ。」
同時にユーリーンの悲鳴が轟く。
思わずエミリアがクロスボウを落としてしまった反動で引き金が引かれてしまい、矢がユーリーンの耳をかすめたのだった。
耳からハラハラと毛が舞っている。
「ごっ、ごめんなさい、ユーリーン!」
エミリアが慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫……。」
と、言いつつもユーリーンの尻尾はいつも以上にボサボサだ。
一体誰が……。
銛が飛んできた方を見ると、そこにはリリアンが立っていた。
「まあ、これは本当に良い銛ですね。何でも串刺しにできそう。」
猫の顔は相変わらず何も語っていない。
「危ないから触らない方が良いよ。リリアンさんが怪我をしたら大変だ。」
リカルドは銛を拾って優しくリリアンを気遣った。
「はい、リカルド様。」
リリアンは素直に返事をした。
いや、むしろ今、危なかったのはリリアン以外では!?
と、キンバリー達は思ったが、おっさんに反論するのは面倒なので黙っていた。
「それよりリカルド様、イーラーさんの出してくれたお菓子の袋が固くて開かないんです。」
「どれ、貸してごらん。じゃ、後は適当に練習しといて。」
リカルドはクロスボウとエミリアを放り出すとそそくさとリリアンの方へ歩いて行った。
(まあ、いいか。)
エミリアにしても、おっさんにうるさく口出しされながら練習するより、自分で試行錯誤する方が良い。
放った矢を拾うと、みんなに危険の及ばない広い裏庭へ移動した。
キンバリーとユミアナは、リカルドが袋を開けてくれたイーラーの高級なお菓子の味見をしながら、リリアンを囲んで噂話をはじめた。
ジュースのような甘ったるい飲み物が苦手なリカルドは、お茶を淹れるために台所へ入って行った。
ユーリーンは一人涙目になりながらガタガタと震えていた。
ま、負けた……。
負けたわ、リリアン。
エミリアの過失に見せかけて私を殺ろうとするなんて。
わかったわ。
あの時のことは墓場まで持っていくわ。
それで良いでしょう!?




