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第五十二話 おっさんと腹巻き

 毛糸の行商人が薬草園にやってきた。


 ふわふわのウールの毛糸を品定めするのはリリアンの楽しみのひとつだ。


 購入した毛糸はイーラーの薬草できれいに染め上げていく。


 薬草の効能と、リリアンが編みながらかけるまじないの効果で、薬草園のリリアンの編んだ品は他所のそれより暖かいと評判だ。


 今年は『フクロウ柄の腹巻き』をたくさん頼まれているので、例年以上にたくさん染めなければならなかったが、リカルドがほとんどやってくれ、リリアンはあれこれ指図するだけで済んだ。


「こんな草っぱの汁がきれいな色になるんだなあ。」


 鮮やかに染め上がる毛糸を見るたび、リカルドは感嘆の声をあげる。


 また、染められた毛糸で編み物をするリリアンを見ては、


「どんどん模様が出来てゆく、不思議だなあ。」


 と溜め息をつくので、リリアンはおかしくて笑ってしまうのだ。


「俺は長い間生きてきたが、ほとんどが軍畑だったり、荒地だったりで、やっていることといえば破壊ばかりだった。自分で何かを生み出すことはあまりなかったような気がする。

俺の染めた毛糸で編んだ腹巻きをつけたおばあちゃんが、いつまでも元気でいてくれてピンピンコロリになってくれたら良いなあ。」


 それは、リカルドの他愛のない独り言ではあったが、たまたま耳に入ったリリアンには心を打たれるものがあった。


 今までそういうことに無関心だったかも知れない。


 私がこんなふうに薬草園で好きな裁縫をしながら暮らしていけるのも、多くの人の犠牲があってこそなのだ。


 もちろん、その人達全員に何かをしてあげることは無理に決まっている。


 しかし、せめて知っている人にだけでも、感謝の気持ちを伝えることはできないだろうか。


 リリアンは地下室へ降りると、毛糸のしまってある棚の扉を開け、まだ何色にも染めていない真っ白いそれを手に取った。


 グイユェン郊外の羊牧場の羊の中でも、特に良い羊毛を持つメリーさんから作った上等の毛糸で、優しい羊のメリーさんはリリアンとも仲良しだった。


 メリーさんはとっくに食べられてしまったが、リリアンは、メリーさんとの思い出にこの毛糸を使わずに大切にとっておいたのだ。


 リリアンが白い毛糸を持って歩いているのを見たリカルドは、


「リリアンさん、それも染めるならこちらへ貰うよ」


 と、声をかけてくれたが、


「これは良いんです。自分でやりますから。」


 と断った。


 よほど上等な毛糸か、上客のものなんだろうか、とリカルドは思ったが、それ以上は特に何も思わなかった。


「リカルド様。」


 数日後、薬草園で野良仕事をしているリカルドに、リリアンが遠慮がちに声をかけた。


「いつも毛糸を染めるお手伝いをして下さってありがとうございます。」


「仕事のうちだから。」


 リカルドにしてみれば、毎日のようにリリアンの姿を拝み、言葉を交わし、その上、一緒に仕事をさせてもらえるなんて、こっちが金を払いたいくらいだと思っているから、改めて礼を言われるほどの事もない。


「あの、それで、もしよかったらこれを使っていただけませんか?」


「これは。」


 リリアンの差し出したものを広げてみると、それは薄い茶色の腹巻きだった。


 お婆さん用のフクロウ柄ではなく、騾馬のスレッジ・ハマー号と名犬サーブを思わせる模様が編み込まれている。


「すごいな、こんなにきれいな模様が。俺のために。ありがとう。大切に使うよ。」


 真冬でも麻のシャツ一枚で過ごしている健康優良おじさんのリカルドは、本当は腹巻きどころか外套だって着たことがない。


 しかし、リリアンが手ずから染め上げ、編んでくれたと思うとどんな物でも涙が出るほどありがたいのだ。


 しかも、これは他の人は持っていない、自分だけの模様だ。


 早速、つけてみる。


 薄着のリカルドが腹巻きをつけると、どうしても昭和の葛飾柴又を彷彿としてしまうが、リリアンは


「お似合いですわ。」


 と、うっとりと言う。


 自分の編んだ腹巻きをリカルドが気に入って身につけてくれただけでも幸せなのだ。


「そう?」


「はい!とーっても。」


「暖かいよ。うん。ありがとう。」


「ふふふ。」


「ヘヘヘ。」


 麻のシャツの上から腹巻きをして野良仕事をしているリカルドを見たイーラーは


「似合いすぎてて怖い。」


 と、言ったが、リカルドもリリアンも褒め言葉と受け取ったようだ。


 少なくとも、この前のマントにレースよりはよっぽどマシだ、と、イーラーは思った。



「でも」


 今日も中庭でせっせと編み物をしているリリアンに、リカルドは心配そうに声をかけた。


「人のものばかり作ってないで、たまには自分のものも作らないの?風邪をひいたら大変だよ。」


「私は大丈夫です。」


 そんなふうに、リカルドが気遣って言葉をかけてくれるだけで、心がじんわりと暖かくなるのだ。


 しかし、


「あ、そうか。」


 と、リカルドは膝を打った。


「タバコ屋のおばちゃんからもらった赤い毛糸のパンツを毎日履いてるんだっけ。」


「ぶにゃっ。」


「あそこのお寺の毛糸のパンツの赤はとうがらし成分配合なんだってね。それから、他所では真似できない特殊な魔法で、一生、下のお世話にならないんだってね。あれ、どうしたの?リリアンさん?」


 リカルドがリリアンを見ると、リリアンは両手で編み棒をぎゅっと握りしめ、ぶるぶる震えながら下を向いており、猫のぬいぐるみが湯だってふやけるのではないかというほど熱っぽくなっている。


 少しだけ覗いている首筋や、編み棒を握りしめている手も真っ赤だ。


 リカルドは慌てて言った。


「わわ、言わんこっちゃない。

熱でもあるの?やっぱり毛糸のパンツだけじゃ……」


「リカルド様のばか!えっち!」


 リリアンはそう叫ぶと、リカルドを残して中に入ってしまった。


「え!?何で!?」




 今日の夕飯のおかずはナマスだけだった。


 リリアンは怒るとナマスを大量につくる癖があるらしい。


 だいぶん寒くなって来たから、ナマスだけは厳しいな、とリカルドは思った。


 いつも読んでいただきありがとうございます。


 次章から再びお騒がせ娘ユーリーン達四人組が出てきます。

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