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第五十一話 名犬サーブの憂鬱

 最近、ちょっとヒマだな、と、名犬サーブは思っている。


 おっさん(リカルド)は、めっきり旅をしなくなり、ここ薬草園で嬉しそうに洗濯をしている。


 そのせいで仲良しのスレッジ・ハマー号もすっかりコロコロになってしまい、朝から晩まで薬草園の栄誉満点の飼葉を食べ続けては、肥料を生産し続け、薬草園の生態系に取り込まれつつある。


 たまに森へ入っても、自分、サーブの手を借りなければ倒せないような敵などいないから、ほったらかしにされている。


 この前なんて、猫のお姉さんと二人だけで勝手に出かけてしまい、置いてけぼりを食らってしまった。


 いっそ街が人喰い人狼だらけになってくれれば自分の役割を充分に発揮できるというのに。


 こう見えて誇り高いブラックウルフ種の血統をひく名犬である。


 そもそもあんなおっさんに飼われている時点で社会に大きな損失を与えているのかも知れない。


 家出しちゃおうかな。


 名犬サーブはそんなことを考えている。


 


「あら?わんちゃん、今日はリカルド様と一緒に行かないの?」


 リカルドが夕食の後片付けや明日の仕込みを済ませ、いつものように寝泊まりしている小屋に戻ろうとしても、名犬サーブはぷいっとそっぽを向き、リリアンの寝室へトコトコ歩いて行ってしまった。


「放っておけ。ここ最近、野良仕事でかまってやれないから機嫌が悪いんだ。自分が一番じゃないと気が済まないんだよ。」


 リカルドが面倒くさそうに言う。


「オモチャじゃないんだから、ちゃんと最後まで責任持って飼わなきゃダメでしょ。何でも最初だけなんだから。」


 イーラーはすぐに説教口調になる。


「かわいそうに。わんちゃん、今日は一緒に寝ましょうね。

女の子同士、パジャマパーティーしましょう。」


 リリアンは優しく言った。

 

(えっ、ずるい!)


「なあに?リカルド様?」


「は?俺、何か言いましたか?何でもないですよ。じゃ、お休みなさい。」


 リカルドはありもしない後ろ髪を引かれる思いで家を出た。



 夜も更け、リリアンは月明かりの中、ベッドに腰掛けて名犬サーブに寄り添い語りかけていた。


「あんまりご主人様を困らせないであげてね。

いつもリカルド様のお側にいられて、あなた幸せなのよ。

羨ましいなあ。」


 リリアンはサーブの鼻にキスをした。


 リカルドが家に出入りするようになったので、ぬいぐるみを外せるのは自室にいる時くらいだ。


 サーブもリリアンの唇をぺろっと舐める。


「ふふ。」


 リリアンもお返しにキスをしてやる。


「収穫祭はヤンセンお嬢さんの結婚式よ。

イーラーさんも行くのよ。とってもかわいくしてあげなくちゃ。

アレクサンドロ中尉もわざわざリーチュアン市からいらっしゃるの。

リカルド様も、アレクサンドロ中尉の護衛ってことで、正装をして、勲章をたくさん付けて出席するんですって。

正装したリカルド様、とっても素敵だろうなあ。

私も呼んでいただいたけど、どうしようか迷ってるの。

晴れ着もないし。

結婚式にぬいぐるみをかぶって行くわけにもいかないし。」


「気にしなくて良いのに。」


 ベッドのもう片側に腰掛けていたリカルドが言った。


 リリアンはリカルドの方を向いてにっこりと笑った。


「まあ、リカルド様。やっぱり、わんちゃんがいなくて淋しくなってしまったのね。」


 リカルドは立ち上がって、サーブを挟んでリリアンの横に座った。


「晴れ着なんか着ていなくてもリリアンはきれいだよ。ぬいぐるみをかぶっていても、かわいい子だって、みんな知ってるよ。」


「こんなに傷があるのに?」


「きれいだよ。」


 リカルドはリリアンのおでこに口づけた。


「そのままが良いんだ。

そのままの君が好きだよ。

待っているよ。

君が俺に顔を見せてくれる日を。

俺の愛が本当だってわかるから。」


「リカルド様。」


 リリアンの唇がリカルドの唇に触れる。


「お慕い申し上げます、リカルド様。」


 サーブが二人の重なった唇をぺろっと舐めたので、リリアンはふふっと微笑んでサーブにもキスを返した。


 しかし、リカルドはサーブの頭を手で押しのけた。


「邪魔だ。」


ガブリ。


 と、サーブがリカルドの鼻をかじった。



「ぃぃいってぇーーー!!!」


 リカルドは、鼻に走った激痛と自分の叫び声で目が覚めた。


「ちくしょう、サーブのやつめ。夢の中でも自分が一番じゃないと嫌なのか!?」


 鼻を抑えながらリカルドは毒づいた。


 何だか、とても良い夢を見ていたような気がする。


 月あかりの中、リリアンと二人できりで。


 何を話したっけ。


 リリアンが俺に何と言っていたっけ。


 しかし、夢とは思えないくらい鼻が痛い。


 まるで本当にサーブに噛まれたみたいだ。


 ぶるっと、リカルドは身震いをした。


 いつもサーブとくっついて寝ているので気がつかなかったが、壁の薄い小屋の夜は少し冷える。


 リカルドはサーブの黒くてすべすべの毛が急に恋しくなった。


 確かに、もう少しかまってやらんといかんな。


 明日、あの靴をプレゼントしてやろう、まだ充分履けるから少しもったいないが。


 そう考えながら、布団にもぐった。


 夢で再びリリアンに逢えるよう願いながら。

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