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第四十八話 リリアンとリカルドの冒険 前編

「リリアンさん、気をつけて、ここに木の根っこがあるから。」


 リリアンとリカルドは、イーラーの薬の材料のざくろを探すべく、森の奥深くを歩いていた。


 リカルドは、リリアンに、転倒したらそのまま寝たきりになってしまいそうなお婆さんを気遣うように優しく声をかけてやる。


「はい、ありがとうございます。」


 森を歩くが好きなリリアンは、多少の擦り傷や切り傷は平気なのだが、リカルドの気遣いに素直に応じている。


 採りに行く時期が遅れたせいか、ざくろの多くはすでに割れていたり、鳥や動物に食べられているものばかりで、普段人があまり行かないような奥まで入ることになってしまったが、スズメバチもイノシシも、野生のカンでリカルドには近づかないとみえ、特に危険もなく進むことができた。 


 少し開けたところで、二人はお弁当係のリリアンの持ってきたカステラを食べた。


 薬草園の敷地内では何だかんだでイーラーの目が行き届いているので、こんなふうに本当に二人きりの時間を過ごすのはリリアンがリーチュアンのリカルドの家を訪れた時以来だ。


 あの時だって、ほんの数分だったのに、リカルドの生きてきた年月の数倍も価値のある時間に思えたものだ。


 倒木に腰掛けて、猫のかぶりものをちょっとだけずらしてカステラを食べている小さなリリアンは、森の妖精のようだ。


 リカルドはリカルドで、じっと座っていると、どういうわけかリスやネズミや小鳥などの小動物が寄ってくる。


 リリアンはカステラを少しちぎって小鳥達にわけてやった。


 リリアンの細い指が自分の方へ伸びて来るのを、リカルドは緊張からとてもそちらへ顔を向けることができない。


 時々、隣からくすくすと可愛らしい笑い声が漏れるのをリカルドはうっとりと聞くのみだ。


 こんなふうに、リリアンとの思い出がひとつひとつ増えていくと、リカルドはいつも泣きたいような気持ちになる。


 夜に独りきり、リリアンのことを想う時、ただの自分の想像ではなくリリアンとの思い出を振り返ることができるなんて、なんと幸せなことだろうか。



 二人が木の枝を分け入り歩いていると、ふと、甘く発酵した匂いがたちこめてきた。


「あ、これはもしや。」


 リカルドは期待に胸を膨らませ、匂いのする方へとさらに進むと、蔦を木に絡ませ、子どもの手の平のような形の葉とともに、黒紫色の小さな実をたくさんつけた山葡萄の木を見つけた。


「すごいぞ、これを持って帰れば、ざくろよりも高く買ってもらえるぞ。初の冒険にして大収穫だよ、リリアンさん!」


 リカルドははしゃいで葡萄を丁寧に短剣で採る。


「本当ですか?」


 リリアンもたわわに実っている葡萄の木に近寄ってみた。


「わああ。良い香り。」


「気をつけて、酒に弱い奴は香りだけで酔っ払っちまうから。」


 そう注意したものの、リカルドは葡萄採りに夢中でリリアンのことを気遣っている余裕はない。


 ようやく満足のいくほど採り終え、ふとリリアンの方を見ると、


「ふにゃあ〜」


 リリアンは山葡萄の香りだけでふらふらとしていた。


 期待を裏切らない可愛さにリカルドは顔をほころばせる。


「ははは、少し離れてなよ。大丈夫、食べさえしなければすぐに酔いも醒める………?」


 リリアンは猫のかぶりものの下で、口をもぐもぐさせている。


「食べてるー!?」


 この俺でさえつまみ食いしたいのを我慢していたのに、意外と食いしん坊さんなんだな、と、リカルドが考えているうちに、リリアンは


 ぺたっ。


 と、地面にへたり込んでしまった。


「ああっ。だ、大丈夫?」


 リリアンは何度か立ちあがろうとするものの、すぐにふらふらとしゃがみこんでしまう。


「たてない……。」


 とろんとした声でぼそりと呟く。


「仕方ない、少し辛抱してくれよ。」


 リカルドはリリアンを背負った。


 なるべく身体が触れないように注意したいが、それは無理な相談だ。


 甲冑を着けているのでリリアンの身体を感じることはないが、支える為にはどうしても身体のどこかを触れなければならない。


 リカルドは恐る恐るリリアンの細い柔らかな太腿に触れた。


 しかし、リリアンは身体をくねらせ暴れだした。


「いやっ、いやあーっ!下ろして!下ろして!」


 リカルドは当然のことと思いながらも、胸をえぐられるような思いでリリアンの拒絶を受け止めた。


「す、すまない。ごめんよ。」


 リリアンをそっと下ろしてやるが、ふらふらとして足元もおぼつかず、意識もはっきりしていないようだ。


 こんな状態にもかかわらず、俺に背負われるのを嫌がるなんて、よほど嫌われているようだ。


 俺は、何てばかなんだ。


 リリアンは、俺が抱いているような気持ちではないにせよ、少なくとも何らかの好意は寄せてくれていると思っていたが、とんだ思いあがりだったようだ。


 恥ずかしさや悲しさの入り混じった気持ちで傷だらけの顔を歪める。


 このまま消えてしまいたい。


 しかし、こんな状態のリリアンをここへ置いていくわけにはいかない。


 リカルドはその場に立ち尽くし、俯いて右手で顔を覆った。


 その時、


「抱っこがいい〜。」


 リリアンがリカルドに飛びついた。


「ふぁっ!?」


 仔犬に飛びかかられるほどの衝撃もなかったものの、リカルドは思わず脱力して尻もちをついてしまった。


 その上にリリアンが覆いかぶさり、ぬいぐるみの頭をリカルドの胸にこすりつける。


「おんぶやだ!だっこ!抱っこするのーっ!」


 リカルドはリリアンに乗っかられたまま、再び手で顔を覆った。


 だめだ、今度こそ泣いてしまう。


 しかし、今泣いたら涙と一緒に身体中からいろんな液体が出てきてしまいそうだ。


 でも、ちょっとくらいなら、泣いてもいいよね。

 

 その時、リカルドが泣いたかどうかは、誰も知らない。

いつもお読みいただきありがとうございます。

次章の冒頭の部分にほんの少しだけ残酷な描写があります。昆虫が苦手な方はご注意ください。

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