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第四十三話 秋の薬草園 後編

「リッキー、悪いけど地下室まで降りてきて、手伝ってくれない?」


 その日の午後のこと、薬草の大事な仕込みの最中にイーラーはリカルドを呼んだ。


「はいはい、ただいま。」


 リカルドもすっかり下男が板につき、自分の仕事の手を止めて階段を降りてくる。


「ちょっと、この根っこの部分を……」


 イーラーは振り返りざま用事を言いつけようとした。

 



「きゃああーっ!!」


 地下室からのその叫びは、中庭で腹巻きを編んでいたリリアンの元までも届いた。


「イーラーさん!?どうしましたか?また棚が崩れて……


いやあああーっ!!」


 慌てて地下室へ降りてきたリリアンも、腰を抜かして下にへたり込んでいるイーラーの横に在るものを見て絶叫した。


 そこには、リカルドが立っていた。


 たぶんリカルドだった。


 ただ、このリカルド(たぶん)は、頭に熊のぬいぐるみをかぶっていた。


 以前、リーチュアン市を訪れた時にリリアンがかぶっていた、熊のぬいぐるみだ。


 リリアンが地下室に降りて来た事に気づいた熊リカルド(たぶん)は、くるりとリリアンの方を向くと、熊の目でじっとリリアンを見つめた。


 熊と猫が向い合う。


「えっ?えっ?リカルド様、ですよね?」


 リカルド(たぶん)に見つめられ、リリアンは後ずさる。


「こ、こわい……。ど、どうして私を見るんですか?どうして何にも言わないんですか?」


 熊はものを言わず、ただリリアンを見つめるのみだ。


「リカルド様……お願い、何か言って下さい、って言うか、なぜそれをかぶってるんですか?」


 だんだん涙声になってくる。


「気に入ってくれたなら差し上げますから、と、と、とりあえず、それ、外して下さい……その、」


 リリアンは震える手でリカルド(?)のかぶっているぬいぐるみを指差した。


「その、カワウソのぬいぐるみを!」


「え!?これ、熊じゃないの!?」


 リカルドとイーラーが同時に叫んだ。



  ⁂



「熊?あれのどこが熊?熊の耳はあんなに小さくないし、目もあんなに離れてないじゃない……だいたい、熊の前歯があんなに大きいわけないじゃないの……全く、失礼しちゃう。熊ですって?信じられないわ……」


 リリアンは先ほどからブツブツと文句を言っている。


 こんなに腹を立てていてはとても編み物に集中できないので、どすっどすっ、と、音をさせ、台所で大根と人参を切っている。


 居間には、熊だと思っていたカワウソのぬいぐるみの頭を膝に乗せ、うなだれて座っているリカルドと、そんな彼を大きな瞳で厳しく睨んでいるイーラーがいた。


「バカな俺を、笑いたければ笑ってくれ。」


「笑えない。怖い。」


 イーラーは冷ややかに言う。


「すみません。」


「どういうつもりで、リリを怒らせるような真似をしたの?」


「いや、リリアンさんが怒ったのは、カワウソを熊と間違えたからで、俺一人が間違えた訳では……。」


「お黙りっ!!」


「はい。」


 リカルドは再びうなだれた。


「とにかく、都会者のリッキーには、こんな田舎暮らしが退屈なのはわかるけど、いくら暇だからって妙な真似するのはやめてちょうだい!」


 今、リカルドが居なくなっては困るイーラーは、彼をクビにする訳にもいかず、話はこれでおしまいとばかりにぴしゃりと言った。


「すみませんでした。」


 リカルドは深々と頭を垂れた。


 どうやら、ぬいぐるみに魔法がかけられているというのはリカルドの妄想だったようだ。


 顔は見えなくても、リリアンの表情豊かな仕草でそんなふうに錯覚しただけだろう。


 現に、大根を切っているリリアンの後ろ姿は、猫の顔も見えないが、怒りに燃える阿修羅さながらだ。


 そうだよな、と、頭を冷やしたリカルドは思う。


 だいたい、腹ペコの猫って、どんな顔だよ。



 ⁂




「あのう、イーラーさん。」


 今日は何だか疲れたな、と思いながら、店を閉め、売上げ帳簿をつけているイーラーは、リリアンから声をかけられ、顔を上げた。


「なあに?リリ……


ぎゃあああっ!!」


「どうした?イーラー?」


イーラーの悲鳴に、外にいたリカルドも店に飛び込んで来た。


「わあああっ!!」


 絶叫する二人の視線の先には、リリアンが立っていた。


 そのリリアンは、いつもの猫はかぶっておらず、頭にほっかむりをつけ、鼻から下の顔は布マスクで覆っている。


 その上から、どこから探して来たのか、大きな鼻に髭のついた眼鏡をかけていた。


「リ、リリ?」

「リ、リリアンさん?」


 恐る恐る、二人が声をかける。


「今日のカワウソのぬいぐるみをかぶっているリカルド様を見て思ったのですが


私、私もあんな風に見えてるんですか!?」


(俺、そんなにやばかったのか!?)


 リカルドは少し傷ついたが、話がややこしくなるので黙っていた。


「いや、そ、そんなわけないでしょ!!」


 思いもかけない質問に、イーラーは思わず答えに詰まったが、それをリリアンは本心を偽っていると捉えたようだ。


 リリアンは震える声でさらに尋ねる。


「お店に来るちびっ子達に喜んでもらえるかなって思って、ぬいぐるみをつけはじめたんですけど、もしかして逆効果でしたか?

次回からはこんな感じでお店に出たほうがいいでしょうか?

お願いします、正直に言って下さい!!」


「そんな事ないよ!

薬屋さんの猫のお姉さんってみんなに好評だよ?

私も猫のリリ大好き!!」


 イーラーはもちろん本心から言うが、


「気休めはやめて下さい!」


 リリアンは信じようとはしない。


 イーラーに続き、リカルドも慌ててリリアンをなだめにかかった。


「そうそう、リリアンさんと言えば猫だよ。

猫のリリアンさん可愛くて俺も好きだな!」


「ひゃっ。」


リリアンは鼻メガネの顔で両手を頬に当てた。


(かわいい……私が……?好き……私を?)


「それなら、良いです……」


 鼻メガネは小さな声でそう言うと、台所へ消えた。


「ふう。」


 イーラーとリカルドは溜め息をついた。


 とっさに出たリカルドの本音には、二人は気づかなかったようだ。


 夕食のおかずは、先程リリアンが大量殺戮をした大根と人参のナマスのみだったが、再び猫に戻ったリリアンが、いつにも増して機嫌よくお給仕をしてくれた。


 猫の顔が嬉しそうにしているのは、やはりリカルドの見間違いに違いない。


(しかし、鼻メガネのリリアンも、あれはあれで可愛かったな。)


 リカルドはナマスを頬張りながら考えた。


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