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第四十二話 秋の薬草園 前編

「リリアンさん、それ洗濯物?

一緒に洗うからこっちへよこしなよ。」


 リカルドは籠を抱えてこちらへ歩いてきたリリアンに声を掛けた。


「い、いえ、これは大丈夫です!」


「そう?用事があったら何でも言ってくれよ。」


「あ、ありがとうございます。」


 リリアンはくるりと向きを変え、どぎまぎしながら家に入った。


 どうやらリカルドが外の井戸を使って洗濯をするらしいので、リリアンは自分達のは台所で洗うことにする。


「ついでにやってもらえばいいのに。」


 タバコ屋のコーデリアお婆さんからもらった赤い毛糸のパンツを愛しそうにさすりながらイーラーが言った。


「私たちの肌着まで洗っていただくわけにはいきません。

洗濯ものを干す場所にも気をつけなくちゃ。」


 リリアンは猫のぬいぐるみの下の顔を毛糸のパンツに負けないくらい真っ赤にして反論する。


「いーじゃん別に。

リッキーに見られて困るような下着なんて持ってないでしょ。」


「!!」


 リリアンは絶句する。


 機能性という観点のみで選ばれたリリアンのちょっと残念な下着は、別の意味で見られるのは困るのだ。


「下着見られても平気とか、女捨てたおばーちゃんな発言はやめてください!!」 


 リリアンはそう言い捨て台所へ引っ込んだ。


「今、都市国家連合加盟都市の全おばーちゃんを敵に回したよ!」


 イーラーの声が追いかけて来た。



 中秋が過ぎた頃から、城壁都市グイユェンの周辺の葡萄園では収穫が始まる。


 今年は例年にない葡萄の当たり年で、季節労働者はみんなそっちにとられてしまい、冬支度のために薬草園で働いてくれる人がいなくて困っていた。


 リリアンは見知らぬ人が薬草園に出入りするのは怖かったので少しホッとしていたが、薬草たちの秋の仕込みは遅れに遅れているし、建物にもあちこちガタがきているから、きちんと修理しないと、雪が降ったら潰れてしまう。


 イーラーと二人でどうしようかと考えている折、リカルドがリーチュアン市のタバコ屋のお婆さんの遣いでやって来て、しばらくここに留まり手伝ってくれることになった。


 リカルドは薬草園の中にある小さな掘立て小屋に、騾馬スレッジ・ハマー号と、名犬サーブと寝泊まりしていて、野良仕事に大工仕事、食料の調達から料理、掃除、洗濯まで何でも器用にこなしてくれる。


 その傍ら、薬草園の世話をし、自分の騾馬と犬はおろか、薬草園で飼っている鶏や山羊の面倒も見てくれるのだ。


 おかげでイーラーとリリアンは自分達の仕事に集中することができ、イーラーは心配していた薬草の仕込みの遅れを取り戻すことができたし、リリアンは新しい顧客から注文が殺到している『フクロウ柄の腹巻き』の制作に没頭できるようになった。



 一方、リカルドも、洗濯桶にシーツを浸しながら、葡萄の大豊作をもたらし、深刻な労働者不足を招いた大地の女神に並々ならぬ感謝を捧げていた。


 賃金は安いが食事は騾馬や犬の分までついてくるし、護衛や犯罪の取り締まりのような命の危険もない。


 ちょっと身体がなまったな、と思えば、山に入れば巨大イノシシが、池に入れば巨大ナマズがウヨウヨいるので、鍛錬がてらそいつらをやっつければ肉も手に入るし一石二鳥だ。


 何よりも、リリアンと毎日顔を合わせることができる。


 ほんの数週間前までは、せいぜい一月に一度、ほんの数時間姿を見るだけで満足せざるを得なかったこの俺が、今はどうだろう。


 リリアンの洗濯物まで引き受ける身分だ。


 ずいぶんと出世したものだ。


 下働きをしていて出世も何もないが、愛しい人の為の労働はどんな事でも人を気高くさせてくれる。


 思わず、シーツを洗う手にも力が入る。

 

 まあ、リリアンと顔を合わせているとは言ってみても、当然ながら、正確には、猫のぬいぐるみの顔だ。


 しかし、最近はリリアンとの距離がずっと縮まったせいか、リカルドはぬいぐるみの猫の顔からリリアンの感情が読み取れるようになった、ような気がする。


 リリアンが喜んでいる時は猫も嬉しそうな顔をしているように見えるし、お腹が空いている時は猫も腹ペコに見える。


 イーラーに叱られて、口だけ謝っているが死んだような目をしている時は、猫の目もまるでぬいぐるみの目のように死んでいる。


 ぬいぐるみの下の寂しそうなリリアンの顔が、幸せそうなリリアンの顔が、リカルドには手に取るように解るのだ。


 もしかしたら、このぬいぐるみはイーラーによって何らかの魔法が施されているのではないだろうか。


 いや、そうに決まっている。


 でなければ、そもそも顔も知らないリリアンをこんなにも好きになるはずがない。


 ふと、リリアンが好きな人のことを想う時は、ぬいぐるみはどんな顔をするのだろうかと考えた。


 リリアンと触れ合う機会が増えるにつれ、リカルドのリリアンへの想いは日に日に増すばかりだ。


 しかし、リリアンのような若い娘に自身の想いを告げることなど、できようはずがない。


 カルロス・アレクサンドロ中尉のような、貴族で美形の男ならば話は別だが、持ち物といえば、小さな家と騾馬と犬しかない平民の、失敗したお面のようなツラの男がである。


 しかし、不思議なもので、この想いを決して知られてはならないと思う反面、同じくらい、いや、それ以上に、相手にこの想いを届けたいという気持ちも湧いてきてしまうものだ。


 もしかしたら、ぬいぐるみがリカルドの想いをリリアンに届けてくれるかも知れない。


 リカルドの脳裏にふとそんな考えがよぎる。


 言葉にするでもなし、手紙をしたためるでもない、まして強引に関係を迫るわけでもないのだから、拒絶のしようもないだろう。


 いつも通り節度を持って距離を保ちつつ、リリアンへの愛を慎ましく伝えることができさえすれば良いのだから。


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