第四十一話 リリアン、物語を書く
この章は、モンゴメリ「赤毛のアン」の中の、アンが物語を書くという場面から着想を得て書きました。
このところグイユェン市の少女達の間では、貸本が人気である。
こと、市長の娘ヤンセンが、家出をしてまで真実の愛を探しに行くという騒動が起きてからは、少女達はよりドラマチックな恋愛事件を欲するようになり、先を争って恋愛小説を読むのである。
リリアンも多分に漏れず熱を入れている。
現在、グイユェン市内の少女から絶大な支持を集めているのは、『悪役令嬢と七人の貴公子』シリーズのようだ。
才色兼備だが人から誤解を受けやすい公爵家の令嬢ジェラルダインは、容姿端麗だが若干頭の弱い婚約者パーシバル王子と、平民の娘ジョーシーの罠にはめられ、悪役令嬢の烙印を押されたばかりか、王都の追放を余儀なくされる。
しかし、ジェラルダインの前に次々と現れる謎の貴公子達の手を借り、また、持ち前の聡明さで数々の困難を乗り越え、見事王都の華へと返り咲くという物語である。
第一巻が出版されるや、瞬く間に少女達の心を掴み、続編につぐ続編が次々と出版された。
それだけでは足りない読者のために、貴公子ひとりひとりを主人公にしたスピンオフ作品や絵草紙が出たり、お芝居になったりと、とどまることを知らぬ人気だ。
しかし、人気の本は前に何十人も順番を待っているので、リリアンもなかなか直ぐには読むことができない。
イーラーの店のお客さんや、仕立てものの採寸の時にみんなの話をこっそり聞いて、話の筋を想像するのがせいぜいであった。
ある日、リリアンは名案を思いついた。
欲求不満を解消すべく、自分でも物語を書いてみる事にしたのだ。
ヒロインの名はリリアーヌ。
どこかの国の第三王女。
お転婆な姫君で、仮面をつけお忍びで城下へ出てばかりいる。
ある時、リリアーヌの前に躍り出た暴れ馬を、素手で制して止めた男がいた。
流浪の戦士、リシャールである。
以来、誘拐されたり、命を狙われたり、とかく絶体絶命の危機に陥いりがちなリリアーヌに、何故か毎回都合良くリシャールが通りかかり、巧みな剣捌きで悪漢を退治してくれる。
いつしか二人は恋に落ちる。
しかし、戦士リシャールには誰にも明かせぬ秘密があった。
何と彼こそは、リリアーヌの父王の総べる国と敵対する国家の密偵だったのだ。
互いに結ばれぬ運命と悟る二人。
リリアーヌはついに仮面の下の素顔を見せる事のないまま、リシャールも自身の素性を明かす事のないまま、涙ながらに別れを交わす。
別れ際、リリアーヌはリシャールに母の形見の指輪を贈る。
リシャールは鎖に通した愛しい人の指輪を首にかけ、死を覚悟して戦地へ赴くのであった。
リリアーヌは今、修道院に在り、幾多の戦士を偲ぶ鎮魂の鐘を聴くのみである。
リシャールとの思い出を胸に秘めながら。
リリアンは目を真っ赤にしながらここまでを一気に書きあげた。
我ながら素晴らしい出来だ。
反目する者同士が恋に落ちるなど、何と斬新な設定であろうか。今までに見たことも聞いたこともない。
思った以上に良く書けたので、丁寧に清書をして、目抜きで穴を開け、紐を通してきれいに綴じた。
せっかく書いたのだから、誰かに読ませて感想を聞きたい。
そう考え、まずはキンバリーに見てもらった。
「恋の相手が一人だけなんて物足りないわ。『悪七(悪役令嬢と七人の貴公子の略)』みたいに、たくさんの美男子から求婚される話が好きよ。」
続いて、ヤンセンに見せる。
「ライバルの女の子は出てこないの?私は、イイ子ぶりっ子の勘違い女がギャフンと言うところが読みたいわ。スカッとするもの。」
どうせバカにされるだろうが、イーラーにも見せてみた。
「私はこういうのはあんまり読まないけど。」
イーラーはそう前置きしつつ、
「リリアーヌを平民出の妾腹にして、召使いからもバカにされてて、奴隷みたいにして育ったってことにしたらどう?」
と、すごい設定をぶち込んできて全然違う話にしようとしてきた。
文通相手のリーチュアンのタバコ屋、コーデリアお婆さんに至っては、
『リシャールと、リシャールの盟友カールをくっつけるのが良いと思います。私のおすすめを何冊か送るので読んでみて下さい。』
と、自分の趣味に引きずりこもうとする始末。
(お婆さんのおすすめの本はみんなで回し読みした。)
人に見せるのも良し悪しだとリリアンは考えた。
⁂
そんなある日、イーラーが頼んでいた毛糸のパンツを持ってリカルドが久しぶりに薬草園を訪れた。
薬草園の庭で、リカルドはスレッジ・ハマー号の世話を、リリアンは名犬サーブに櫛を当ててやっているところに、おもむろにリカルドが言った。
「そう言えば、おばちゃんのところに送って来た物語、読ませてもらったよ。」
「ひにゃっ。」
タバコ屋のお婆さんは目が悪いので、リカルドは例の物語を朗読させられたのだ。
今度お婆さんに送る時は、大活字本にしなくては、とリリアンは思った。
リカルドにあの物語を読まれたと知り、恥ずかしくてサーブの毛をむしりそうになるのを何とか抑えつつ、やはり読後の感想が気になり、聞いてみる。
「ど、どうでしたか?」
「なかなか良かったよ。
おばちゃんにいつも読まされる、男同士の恋愛のに比べたらだいぶん読みやすかったし。
ただ。」
リカルドは少しだけ残念そうに言った。
「俺はあの二人には結ばれて欲しかった。」
リリアンはぎくりとする。
リリアンだって、読むだけならば圧倒的にハッピーエンド派だ。
悲恋に終わる話は最初から読む気もしない。
しかし、書いているうちに段々と面倒になり、結局リシャールを殺してしまったのだ。
小説あるあるである。
しかし、考えてみれば、自分の思い通りになる想像上の恋愛でさえ途中で投げ出してしまうようでは、現実のそれがハッピーエンドになるわけがない。
「じ、実は!」
リリアンは頑張って続きを書こうと心に決めた。
それが、自身の恋愛が成就するために必要な第一歩のような気がしたのだ。
「あの話には続きがあるのです!
戦死したと思われていたリシャールは実は生きていて、リリアーヌと結ばれるのです!」
「いや、やめときなよ。」
すかさずリカルドが言った。
「ひゃっ!何故ですか!?」
「一回死んだ人間が生き返ることほど興醒めな事はないよ。
そういう話を読むと、だったら最初から殺すな、俺の涙を返せと言いたくなる。」
「はい。すみません。」
リリアンはしょんぼりと名犬サーブに櫛を当てた。
次は必ずハッピーエンドを書こう。
独身貴族リヒャルトと、リヒャルトの姪の為に雇われた家庭教師リリーの恋というのはどうだろう。
なぜこうも次から次へと新しいアイディアが湧いてくるのか。
もしかしたら私はこういう方面に才能があるのかも知れない。
リリアンは気を取り直し、気合いを入れてサーブのお手入れに戻った。
サーブの毛はつやつやサラサラになり、サーブも嬉しそうだ。
「それにしても。」
ハマー号にかけていたブラシの手を止めて、リカルドが口を開いた。
「リリアーヌとリシャールは、ずいぶんと、そのう、年が離れていたようだが。」
努めて自然に、たまたま、ふと思いついたように、そう尋ねた。
「あら、親子ほど歳の離れたヒーローはこういうお話では定番中の定番なんですよ。」
リリアンが請け合った。
「『悪七』にもイケオジの貴公子が出てくるんです。」
「へー。そうなんだ。」
「そうなんです。」
「そうか。」
リカルドはぶっきらぼうにそれだけ言うと、再びハマー号の体にブラシをかけはじめた。
俺達が文字通り死ぬ思いでくぐり抜けてきた戦場を、あんな甘ったるい作り話の題材なんかに利用するとは、まったくけしからん。
などと、書いたのがリリアンでなければ説教のひとつもぶちたいところだが、考えてみればこのテの小説もなかなかどうして、馬鹿にしたものではない。
俺はこう見えて若者のカルチャーにも理解があるのだ。
そうか、年の差カップルは『有り』なのか。
機会があれば、いろいろ読んでみよう。
リカルドはそんなふうに考えた。
いつも読んでいただいている方、初めてここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。




