第四十話 タバコ屋のお婆さん
秋も深まり、イーラーの薬草園も冬支度を始めようという頃、リリアン宛に小包が届いた。
イーラーは送り主を見て首を傾げた。
「コーデリア・モンモランシーですって。貴族の人かしら?リーチュアン市からよ。誰かしら?リリアンの知ってる人?」
しかし、リリアンはその名に覚えがあった。
「タバコ屋のお婆さんだわ!」
小包はおろか、手紙もほとんどもらったことのないリリアンは、歓声をあげて包みに手をかけた。
タバコ屋のお婆さんのところへは、先日、リーチュアン市のリカルドの家を訪れた時、少しだけ遊びに行かせてもらったのだ。
「まあまあ、可愛らしいお嬢さんだこと。あたしの若い頃にそっくりだねえ。」
お婆さんはリリアンをとても気に入ってくれて、アメをくれたり、仏壇に供えてある饅頭を振る舞ってくれたり、お財布に入れておく小さなフクロウの人形をくれたりした。
リリアンも針に糸を通してあげたりしているうちにすっかり仲良くなったのだった。
箱を開けると、ドレスがたくさん載っている雑誌や、洋服店のカタログ、刺繍の図案集と一緒に、乾物や干菓子が新聞紙に包まれて入っていた。
乾物は、正直に言えば、グイユェン市周辺の農家が作っているものの方が質は良いのだが、大都会のリーチュアン市ではこれがせいぜいだろう。
もっとも、お婆さんが心を尽くして用意してくれた品物にそんな野暮を言うリリアンではない。
それに、一緒になっている干菓子は、どこのお寺にお供えしても恥ずかしくない最高級品だ。
雑誌もカタログも図案集も、リリアンが期待していたものよりも、ちょっぴり、いや、かなりターゲット層が高めだったものの、
「こういうのは自分じゃ絶対に買わないから、かえって嬉しいわ。今後の参考にしましょう。」
と、ポジティブに捉えてリリアンは喜んだ。
「あら?これは?」
箱の下の方に、赤い何かが入っている。
広げてみると、赤い毛糸のパンツだった。
『女の子は腰を冷やしてはいけません。寒い日はこれを履いて暖かくしませう。』
同封されていた手紙にはそうしたためてある。
「うわぁ。」
リリアンの顔は少しだけ引きつった。
「わあ、これ、リーチュアン市の有名なお寺の門前町で売ってるやつじゃないの。良い物もらったねえ、いいなあ、リリアン、いいなあ。」
イーラーが心底羨ましそうに言った。
⁂
「おばちゃん、いるかい?」
リリアンの元に小包が届いてから数日後、リカルドはタバコ屋の店先を覗いた。
「あら、いらっしゃい」
タバコ屋のお婆さんは、いつものように店先に椅子を出し、日向ぼっこをしながら店番をしていた。
「郵便屋から荷物預かって来たよ。」
リカルドは小包を机の上に置いた。
「あら、いつも悪いねえ。はい、お駄賃。」
お婆さんはいつもポケットに忍ばせてある飴玉を取り出してリカルドの口に放り込んだ。
「おっ、ミルク味だ。」
「どこからかしら?全く、こんな小さい字読めないわよ。あんたちょっと読んどくれよ。」
いつもかけている眼鏡をあげて、目をしょぼしょぼとさせながらタバコ屋のお婆さんは荷札をリカルドに差し出した。
この人こそが、都市国家連合隠密作戦部隊、コーデリア・モンモランシー大尉その人だとは、もはや誰が知る事であろうか。
いや、若い者は彼女の名前すら知らないだろう。
リカルドでさえ、彼女の武勇のほとんどは伝え聞いたものである。
より混沌とし、争いの絶えなかった時世において、数々の隠密作戦にて多大な戦果を挙げたその姿は、戦いの女神アテナに例えられたと言う。
かつて、後ろにも目を持つと恐れられたほどのコーデリアだが、老いには勝てないのであろうか、最近はしきりに自身の目の悪さを言うようになった。
リカルドは、やるせないような気持ちで、敬愛する上官から荷札を受け取る。
「えーと、え?リリアン?リリアンって、あのリリアン?」
「あら、あのお嬢さんね。嬉しいわあ。」
皺だらけのお婆さんの顔に微笑が広がった。
包みを開くと、イーラーの調合したお線香に、お灸に使うヨモギのモグサ、そして、かなり高級なお茶が何種類か入っていた。
どれも、イーラーの薬店で扱っているものだが、知らない相手には絶対に売らない物ばかりだ。
リリアンはよほど奮発したようだ。
「すげえな、一体、何したらこんなの貰えるんだ?」
リカルドは羨望半分、嫉妬半分という体でそれらの品を見る。
「何にもしないわよ。悪いけど手紙も読んでちょうだいな。」
お婆さんは同封されていた手紙をリカルドに渡す。
贈り物ばかりか、リリアン自筆の手紙まで!
リカルドは羨ましさに機嫌を損ねかけたが、手紙に書かれている内容知りたさから、黙って便箋を広げた。
小さな丸っこい字が並ぶ。
なるほど、確かにこれはお婆さんには読み辛かろう。
しかし、可愛らしい字だ。
リリアンは字まで可愛い。
「えーと、何なに?
コーデリア・モンモランシー様 …おばちゃんの名前、いつ聞いても凄いよな。…先日は素敵な贈り物をありがとうございました。
コーデリア様の送っていただいた雑誌や図案を参考にして、いくつか小物を作ってみましたら、いつもより年上の女性達からとっても好評でした。特に、フクロウと亀をあしらったものが人気です。もっと作ってほしいとみんなが言ってくれて、順番待ちをしています。ありがとうございました。 …へええ、良かったな。…」
リリアンはお婆さんのおかげで新しい市場を開拓したようだ。
気合いの入ったお礼も納得である。
リカルドは続きを読み上げる。
「それから、赤い毛糸のパ …はぁっ!…パ、パ、パンツもありがとうございました。 …って、何送ってんだよ、おばちゃん!? …とても暖かくて、…ま、ま、毎日履いています。」
リカルドは急に襲ってきた動悸に胸を押さえた。
心臓がフル稼働して脳に血液を送っている。
『リリアンが赤い毛糸のパンツを毎日履いている』という情報は、リカルドのあまり発達していない筋肉質の脳では処理が追いつかないのだ。
「あら、どうしたの?」
「い、いや、ちょっとな、よし、続きを読むぞ …実は、今日はお願いがあってお手紙を書きました。このパンツをイーラーさんもとても欲しがっていて、盗られそうなので、そうなる前にもう一枚いただきたいのです。
もちろん、いつでも暇な時で構いませんし、お金もちゃんとイーラーさんがお支払いいたします。
今度リカルド様が用事でこちらに来る時についでに持たせてくれるので構わないそうです。 …俺、今、出禁なのに、毛糸のパンツのデリバリは良いのか?別に良いけど… お手数ですがよろしくお願いします。
同封した品物は、ほんの気持ちです。気に入っていただけたら嬉しいな。
それでは、お身体に気をつけてお過ごし下さい。 リリアンより。」
読み終えるとともに、リカルドは大きな深呼吸をした。
その頃にはリカルドの脳内の毛糸のパンツの記憶も所定の格納場所に落ち着いていた。
よし、これで好きな時にこの情報を取り出すことができる。
むしろ出しっぱなしでも良いくらいだ。
お婆さんはリカルドから返してもらったリリアンからの手紙を大切に仏壇に供え、手を合わせた。
「嬉しいこと。
最近は息子夫婦もちっとも手紙なんか寄越さないし、本当に嬉しいわ。
また遊びに来てくれないかしらね。」
気持ちを落ち着けたリカルドは、先程からリリアンの送ってきたお茶が気になっていた。
これらの品は、どちらかと言うと、毛糸のパンツが羨ましいイーラーが、自分の分も欲しくて手間賃代わりに送ったものらしい。
リカルドもいい歳なのでお茶にはうるさい。
イーラーの薬草園の最高級のお茶は、当然値段もかなりのもので、とても手を出せずにいた。
小包をここまで持ってきてやり、手紙まで読んでやった、その上、イーラーの毛糸のパンツを運ぶ役目を担わされるのだから、一袋くらい貰っても大丈夫だろう、こんなにたくさんあるのだから。
つい、出来心でそんな事を考えた。
リカルドは、お婆さんが仏壇でご先祖様と話し込んでいるのを確認すると、そーっと、お茶の袋に手を伸ばした、その時。
どすっ
糸切り鋏がリカルドの頬を掠めて壁に突き刺さった。
リカルドの頬からツーと、血が流れる。
「触るな。」
リカルドに背を向けて、相変わらず仏壇の前に座っているお婆さんが、地底から響くようなドスの効いた声で言った。
「すいませんでした。」
リカルドは床に手を付き、禿げ頭をこすりつけるようにして謝った。
第三の目はまだちゃんと見えているようだ。
いつまでもお元気なのは何よりなことだ。
と、リカルドは震えながら思った。




