第三十八話 リリアンのぼうけん エピローグ
リリアン、ヤンセン、そしてマルセルの三人を見送ったリカルドとカルロスは、またいつものように、リカルドの家で何をする訳でもないのに二人で過ごしていた。
「だから、外で吸ってくれって。」
リカルドは、長椅子に寝そべってのんびりと煙草をふかしているカルロスを小突いた。
「それと、あんまり揉め事を起こすなよ。」
「けど、まるく収まったろ?」
カルロスがいつものように、口の片側だけ上げてにやっと笑った。
こんな顔をされたら、リカルドはもう何も言えない。
カルロスの魅力に抗える奴なんていないのだ。
リカルドはもう一度、今度は優しく小突いた。
「フリオ伍長が戦死したのはあんたのせいじゃないよ。」
「さあな。」
カルロスは煙をふーっと吐き出した。
「あの女の子。」
カルロスはふいに口を開いた。
「リリアンだっけ?薬草園の。」
「リリアンさんが何?」
リカルドは少し警戒して先を促す。
「可愛い子じゃないか。」
「ちぇっ、顔も見てない癖に、適当なことを言いやがる。」
「何で?可愛いだろ?お前は可愛いと思わないの?」
カルロスはなおも言う。
「いや、それは……。」
「可愛くないのか、そうか……。」
「そんなことは言ってない!」
リカルドは叫んだ。
「か、か、可愛いさ、可愛いとも。」
やはり、早口になってしまう。
「そうだろ?」
カルロスは口の片端を上げニヤニヤしながら友を見る。
「それと、リリアンさんだ。俺の家にいる間は、あの人を気安く呼び捨てるな!」
「はいはい、すいません。」
カルロスはもう一度、煙をふーっと吐き出した。
「そう言えば、フリオの息子は、何でヤンセンの居場所がわかったんだ?」
リカルドのふとした疑問に
「イーラーに聞いたってさ。相当、おかんむりだったみたいだ。」
カルロスは答えた。
「あの婆さん、怒るとしつこいからな。」
リカルドも溜め息をつく。
「俺たち当分出入り禁止だって。」
「俺も?俺、何にもしてないのに!?
隊長といるといつも俺にもとばっちりがくるんだから!!」
「俺なんか三年前からとっくに出禁だから延長くらっちまった。」
カルロスはすましたものだ。
人を惹きつけるところがある反面、こんな風にひんしゅくを買ってしまうのもカルロスなのだ。
「ったく、どこがまるく収まったんだよ。」
と、言いつつも、まんまとイーラーを出し抜いたのは痛快だ、とリカルドは思っている。
それでこそ、我らがカルロス・アレクサンドロ中尉殿だ。
しかし
「リリアンは大丈夫かな…?」
リカルドは壁にかけられているレースのついたエプロンを見た。
馬車はそろそろグイユェンに着く頃だろうか?
⁂
ヤンセンははしゃいでいたが、特等馬車の旅はリリアンの期待したほどでもなかった。
窓から見える景色は単調だし、馬車の乗り心地が元々あまり好きではない上に、ヤンセンとマルセルが二人の世界に浸っていて、目のやり場にさえ困る始末で、こんなことならば一人ででも歩いて帰れば良かったと思った。
だから、馬車が仕事終わりの汽笛とほぼ同時にグイユェンに到着した時は心底ほっとした。
グイユェン市の城門を出たリリアンは、薬草園へ早足で帰った。
今回の冒険、リリアンにとっては大冒険だ の顛末を、一刻も早くイーラーに話したい。
リリアンはイーラーへのお土産を買うのを忘れていたのを少し後悔したが、リカルドからもらったチョコレートを半分こしてもいいし、手芸店で買ったリボンで何かかわいいものを作ってあげようと思った。
「ただいま、イーラーさん」
薬店の入り口を開けると、イーラーはいつものように売り上げ帳簿を整理していた。
イーラーは扉を開けたリリアンを見ると、よそよそしい声で言った。
「どちら様ですか?もう閉店ですよ。」
「ひにゃっ」
リリアンは、その時、自分とヤンセンが薬草園を勝手に抜け出した事を思い出した。
「イーラーさん、勝手にいなくなってごめんなさい!」
「だから、どちら様ですか?」
「いじわる言わないで!リリアンですう」
「あなたみたいな熊、知りません。うちのリリアンなら、ほら、そこにいます。」
「ひにゃ?」
リリアンが残していった髪の毛で作った影武者が、猫のぬいぐるみをかぶって台所から現れた。
「ああああ!
ごめんなさい!
イーラーさあん!」
リリアンの泣き声が薬草園にこだました。
思っていたより長い話になってしまいましたが、読んでいただいてありがとうございました。
次章は一話完結のお話です。




