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第三十八話 リリアンのぼうけん 二人きりで

 カルロスの計らいで、リリアン達三人は今夜は高級旅館に泊まり、明日の朝一番に四頭立ての特等馬車でグイユェン市へ帰ることになった。


 四人を見送ったリカルドは、急に静かになった部屋に一人残り、長椅子に座ってぼんやりとしていた。


 変なオマケが付いてきてはいたものの、リリアンと長い時間を共に過ごす事ができ、二人の距離も縮まったような気がする。


 けれども、カルロスや、昨日街で出会った竜人族の男の子は、リカルドがやっとの思いで縮めた距離を軽々と飛び越えてしまう。


 それに。


 リカルドはじっと自分の手を見つめた。


 塔の上で、ほんの短い時間だったが、リリアンの身体に触れた時のあの感触。


 あんなにも小さくて、可憐で、とても自分と同じ世界に属する人とは思えない。


 リリアンとの距離が近づけば近づくほど、自分との違いを思い知らされるような気がした。


 この気持ちが届くこともないまま、俺はこのまま今よりもっと年をとり、リリアンはリリアンの運命の人を見つけるのだろう。


 リカルドは我知れず想い人の名を口にした。


「リリアン。」

 

「はい?」


 ぎょっとして顔を上げると、リリアンが立っていた。


「うわあ!!」


 リカルドは長椅子から崩れ落ちた。


「すみません、勝手に。扉を叩いたのですが、お返事がなかったので。」


「ど、どうしたの?」


「あの、手芸屋さんで買ったお土産を忘れちゃって…その…。」


 リリアンはテーブルの上の紙袋を指差した。


「あ、ああ、それは大変だ。ははは…。」

 

 何がはははだ、と思いつつも言葉が出てこないので笑って誤魔化すしかない。


「それから、あの、お馬さんやわんちゃんにも、ちゃんと挨拶してなかったし。」


「ああ、うん。」


 リカルドは自身の意気地の無さを呪った。


 せっかく距離が縮まったと思ったのに、ろくな言葉が出てこず、いつもの怒っているようなぶっきらぼうな返事しかできないとは。


 リリアンが心配そうにリカルドの顔を覗きこむ。


「リカルド様、ずいぶん疲れていらっしゃるみたい。

やっぱりご迷惑でしたか?

リカルド様の言葉を間に受けて、約束もしていないのに急にやって来たりして。」


「いや、疲れては、いや、そうだな、少しは疲れたけど、迷惑なんかじゃなかったよ、うん。」


「でも…。」


リリアンは一瞬続きをためらった。


「でも、リカルド様は…カルロス中尉みたいな、リーチュアン式のご挨拶はしてくださらなかったから…、私、歓迎されてないのかなって。」


「へっ!?」


 リカルドはもう一度長椅子から落ちた。


 リーチュアン式の挨拶、さっき、カルロスがヤンセンにしたような、手を取って指に口づけるしぐさを、俺がしなかった事を気にしているのだろうか。


 つまり、リリアンは、俺にそうされるのを望んでいるのか?


 いや、落ち着け、あれはただの挨拶だ。


 リリアンは俺を無作法だと言っているだけだ。


 それ以上の意味などあるはずがない。


「あ、あれは上流階級のしきたりだから、俺みたいなのがするのはおかしいんだよ。カルロス隊長がするからサマになるし、みんなが憧れるんだ。」


「そうなんですね。知らなかった。」


 リリアンが残念そうに下を向いた。


 少なくとも、リカルドにはそう見えた。


 リリアンをがっかりさせるなんて、良くない。


 そうして欲しいと望むなら、期待に応えるべきだ。


「うん、だから、その、決して歓迎してなかった訳じゃないんだ。俺、一度もそんな事した事がないから、けど、その…、いや、どうしてもと、言うならまあ…。」


「一度もないの?誰とも?」


 リリアンの声が急に弾んだ。


「ああ、まあ、けど、も、もし、リ、リ、」


「じゃあ、良いや。」


「へっ!?いいの!?」


「はい!大丈夫です!」


 リーチュアン式の素敵な挨拶をリカルドがしてくれないのは残念だったが、リカルドがカルロスのように誰かれ構わず女の手にキスをするのも嫌だ。


 やっぱり、私の戦士様は、ちょっとぶっきらぼうで少し怒っているように見える位がいい。


 リリアンはそんなふうに考えた。


「あ、そ、そう。ははは…。」


 何がはははだと思いつつ、やはり自身の不甲斐無さを呪わずにいられない。


 なぜ、どうして、リリアンの気が変わる前にさっさとやらなかったのだ。


 絶好のチャンスだったのに。


「そう言えば。」


 リリアンは辺りをキョロキョロと見回した。


「わんちゃんに一度も会っていないわ。」


「ああ、タバコ屋のおばちゃんのところに遊びに行ってるんだ。」


 リカルドは立ち上がった。


 名犬サーブのことをすっかり忘れていた。


 どうせ、おばちゃんに甘やかされておやつをたくさん貰っているのだろう。


「タバコ屋さん?」


「旅館に送りがてら寄って行こうか。昔の上官なんだ。マルセルの親父さんよりずっと上の。紹介するよ。」


 リカルドはリリアンの為に入り口の扉を開けてくれた。


 上流階級の淑女なら、紳士にこんな風に扱われるのは当然の事かも知れない。


 現に、ヤンセンもマルセルやカルロスに同じようにしてもらっていたから。


 けれども、リリアンの為に扉を開けてくれる人はリカルドしかいない。


 リリアンは女王様のような気分で敷居の外へ出た。


 夕暮れ時の坂道を二人は並んで歩く。


「リカルド様の上官様って、どんな方かしら。」


「良い人だよ。きっとアメ玉をくれるよ。昔はめちゃくちゃ強くてさ、今もめちゃくちゃ強いんだ。この街の平和はあの人が握ってると言っても言い過ぎではない。」


「まあ。リカルド様よりも強いんですか?」


「えっ!?そ、そりゃあ、俺の方が強いさ。

そう、ほんの少しだけ。あ、でも、おばちゃんの前で言わないでね。絶対言わないで。秘密な。約束な。」


「はい!二人だけの秘密ですね!」


 遊びに行ったら、リカルド様のお友達を紹介してくれるかも知れない。


 そして、そのお友達に自分の事も紹介してくれる。


 そんなささやかな望みが叶い、嬉しさにリリアンの足取りも弾んだ。


 それに、二人だけの秘密も。


 リリアンは熊の頭をコツン、とリカルドの腕にくっつけた。


 腕から発せられた電流がリカルドの全身を巡った。


 少なくとも、リリアンはまだ運命の人を見つけてはいないようだから、もうしばらくはこんな風に二人きりで歩いても良いのかも知れない。


 もちろん、狭い路地だから、たまたま触れただけで、それ以上の意味はないのだからと、リカルドは自分に言い聞かせつつ、できるだけゆっくりと坂を下った。


 

いつも読んでいただいてありがとうございます。


次章はリリアンのぼうけんのエピローグです。


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