第三十七話 リリアンのぼうけん 運命の人 2
2022.4.10 一部分を修正しました。
マルセルの腕に抱かれ、彼の肩に頭をもたげているヤンセンを見て、先程、この二人を不釣り合いだと思ったのは間違いだとリカルド思った。
すべてまるくおさまった。
めでたし、めでたしだ。
あとは、
涙を拭いてリカルドは考えた。
あとは、カルロスが現れる前に一刻も早く二人をどこかへ移さなければ。
その時、
「白菜買って来たぞ。」
カルロス・アレクサンドロが白菜を二玉抱えて戻って来た。
「ああああっ」
リカルドは顔を覆った。
タバコ屋のおばちゃんは何をやっていたのだ!
そうだ、おばちゃんも女の子だから隊長には弱いんだった。
名犬サーブはどうした?
そうだ、サーブも女の子だから俺なんかより隊長に懐いているんだった。
「アレクサンドロ中尉殿!なぜ、ここに?」
しかし、顔を輝かせてカルロスに駆け寄ったのは、何とヤンセンではなく、マルセルの方だった。
マルセルはヤンセンとカルロスの間に立ち、二人を引き合わせた。
「ヤンセン、この方は、カルロス・アレクサンドロ中尉と言って、戦死した僕の父の上官だったんだ。
孤児になった僕をグイユェン市長に推薦してくださって、僕が今こうして君といられるのも、みんな中尉殿のおかげなんだ。
留学していた時もずいぶん良くしてくれて。
アレクサンドロ中尉、彼女がフィアンセのヤンセンです。」
マルセルは誇らしそうに胸を張り、ヤンセンを紹介した。
カルロスはヤンセンの前に立ち、慇懃に礼をして、手を取った。
「こんにちは、ヤンセン。夜会でお会いしましたね。あの時、すぐに貴女だとわかりましたよ。
マルセルから散々、聞かされていたから。」
マルセルは一瞬、キョトンとしたが、例の夜会のスキャンダルの主がカルロスだと分かると、気持ちのよい声で笑い出した。
「そんなことだろうと思った。
いたずら好きの中尉殿のやりそうなことですね。
結婚式にもいらしてくれるんでしょう?」
「二人がよければ、マルセルの後見人として参列させてもらうよ。
殉職されたお父上のフリオ伍長の代わりにね。」
カルロスはいつもするような口の端を上げただけの皮肉っぽい笑い方ではなく、優しく笑った。
カルロスの口からフリオ伍長の名を聞いたリカルドも、そういうことかと合点がいった。
カルロスは続ける。
「ヤンセン、運命の人は見つかった?」
ヤンセンはマルセルを見た。
「はい。」
「言ったとおりになっただろ?」
アレックス=アレクサンドロ中尉は、ヤンセンにウインクをした。
もっと遠くまで逃げて。
捕まえるために。
子供でも知っている、恋愛成就のまじないの言葉だ。
カルロスの言葉通り、ヤンセンはマルセルから逃げ出し、そして、マルセルを捕まえた。
カルロスは自分のかけたまじないを解くべく、ヤンセンの左手の人差し指にもう一度キスをした。
「きゃっ。」
リリアンが声をあげた。
「ふ、ふ、フィアンセがいる前で、殿方が、、い、いやらしいっ!」
マルセルは笑った。
「リーチュアンの作法だよ。親愛の印なんだ。」
「そ、そ、そうなんですか?
わ、私の知ってるリーチュアンの人は、そ、そんな事しないから。」
リリアンはぬいぐるみの下の顔を真っ赤にした。
「君はイーラーの薬草園の子?」
カルロスがリリアンを見た。
「リリアンよ。」
ヤンセンが代わりに答えた。
「こんにちは、リリアン。」
カルロスはヤンセンにしたような慇懃なおじぎをリリアンにもすると、その手を取り、顔に近づけようとした。
「ひゃっ、ひにゃっ。」
男に触れられることに慣れていないリリアンはすっかり慌ててしまう。
ひやり、と、冷たい風が起こったのを、カルロスは感じた。
(変ね、部屋の中なのに。)
ヤンセンとマルセルも辺りの空気の変化に気がつき、
(きゃっ。)
(ぅわっ。)
互いに身を寄せた。
リリアンの後ろに山のように立つリカルドが、岩を砕かんばかりの眼光でカルロスを凝視している。
ヤンセンとマルセルは、次の瞬間、カルロスの頭が吹っ飛ぶのを覚悟した。
「…隊長。」
地鳴りの如き声。
「白菜、また傷んでるぞ。」
「あ、すまん。」
カルロスがリリアンの手を離した。
「あっ、私やります。
きっと中は大丈夫だと思うから。」
リリアンは振り返ってリカルドの方を向いた。
謎の冷気は消え、先程までの不穏な空気が一変して元に戻った。
リリアンに映るリカルドは、相変わらずいかつい顔ではあるものの、優しい眼差しで白菜を見ている。
「うわあ、本当だ。
こんなの売るなんて、リーチュアンの八百屋さんは意地悪ですね。」
「きっと隊長が八百屋に嫌われてるんだよ。」
そんな二人のやりとりを、ヤンセンとマルセルは呆然と見守っている。
リリアンはリカルドから白菜を受け取ると、下処理をすべく、裏口へ出ていった。
リカルドはカルロスを無視して、マルセルの前に立った。
マルセルとヤンセンの両名は肩を寄せ合いリカルドを見上げる。
「フリオ伍長の息子さんだったのか。
どうりで、面影があると思った。」
「父をご存知なんですか?」
マルセルの声が弾む。
「親父さんには、若い時にずいぶん世話になったよ。」
フリオ伍長には、リカルドが軍事作戦部隊に入隊したばかりの、ただの一兵卒だった時から公私とも面倒を見てもらったものだ。
付き合いはカルロス隊長よりも長い。
こと、女関係については色々な事を教わったが、まだ実行できていないことばかりだ。
まさか、フリオ伍長の息子に先を越されるとはな。
リカルドは心の中で溜め息をついた。
「ヤンセンがお世話になりました。」
マルセルが言った。
この人の恐ろしい外見と言い、先程の殺気といい、相当に強い戦士に違いない。
そんな人から、世話になった人として、父の名を聞くのは嬉しい事だった。
ヤンセンも言う。
「おじさんには、リーチュアン101に連れてってもらったり、カステラやチョコレートを買ってもらったりしたのよね。」
べちょっ。
どこからか、腐って溶かけた白菜の葉っぱが飛んできて、ヤンセンの顔に命中した。
「いやあぁぁーっ!」
ヤンセンは絶叫する。
「おじさんではありません!
リカルド様とお呼びっ!!」
白菜を投げた主は、そう言うと再び裏口に引っ込んだ。




