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第三十五話 リリアンのぼうけん 都会見物 3

 

 塔から降りた三人は、リーチュアン観光よろしく、高級店が立ち並ぶ通りへ移動した。


 しかし、家出の身のヤンセンは普段のように父親の勘定につけてもらう訳にもいかず、リリアンの持ってきた有りったけの小遣いで買えるものは何もないのは分かりきっていたので、店先のショーウィンドウを見ながらぶらぶらするのみだ。


 それでも、都会は初めてのリリアンにはわくわくする事ばかりで、見た事もないような装いや、法外な値のついた商品を驚きと感動の思いで見物した。


 「あっ、ねえ、ここのお店に入りたい。」


 ヤンセンが足を止めて指差した店には、『街一番の品揃えの手芸店』と言う看板が掲げられていた。


 リリアンは、リーチュアン市へ行ったら手芸屋にもぜひ行ってみたいと考えていたが、この旅はヤンセンの付き添いなので言えないでいた。


 噂によればヤンセンの探す運命の人は、かなり上等な身なりをしていたと言うから、高級店の店先で再会する可能性は、考えようによっては無いとも限らない。


 しかし、そんな男が間違っても手芸屋には来るとは思えない。


 ヤンセンが自分の為に言ってくれたのだと、リリアンはすぐに気がついた。


「ありがとう、ヤンセンお嬢さん。」


 二人は手を繋いで店の中へ入った。


 店の名前の通り、たくさんの種類の刺繍糸や、ボタンやリボンにリリアンは歓声をあげた。


 中には目玉の飛び出るような値段の生地もあったが、グイユェン市の手芸店や行商人からは買えないような、安くてきれいな綿や麻の生地もそれ以上に豊富にあった。


 リカルドは相変わらず、ヤンセンを扱いにくく我儘な娘だと思っているが、この事については彼女に感謝した。


 リリアンへのお土産は次からこの店で買えば良い。


 なぜもっと早く気がつかなかったのだろう、と考えているうち、ふと思いついて、


「ちょっと表に出てくるから、店の中で待っていてくれ。」


 と言い残して店を出ていった。


 リカルドが手芸店へ戻ると、リリアンは買い物を終えて包みを大事そうに抱えており、傍にいたヤンセンがリカルドに気がつき声をかけた。


「おじ、じゃなかった、リカルド様どこ行ってたの?お腹でも痛いの?」


「違う。」


 リカルドは憮然と答え、


「ほら。」


 二人にひとつずつ、小さな箱を手渡した。


「わあ、チョコレート!」


 きれいな化粧箱を前にリリアンは歓声をあげる。


「ありがとうございます、リカルド様!」


 しかし、ヤンセンは黙ったまま受け取ろうともしない。


「ヤンセンお嬢さん、どうしたのですか?

せっかくのリカルド様のご好意なのに。」


 リリアンは少し棘のある声で言った。


「リリアンたら、知らないの?」


「何をですか?」

「何をだ?」


リリアンとリカルドが同時に尋ねる。


「リーチュアン市では、男の人が女の人にチョコレートを贈るのは、愛の告白ってことよ。チョコレートをもらったら、女の人は男の人と結婚しなくてはいけないの。法律でそう決まっているのよ。」


「ひにゃーー!?」

「何いーーっ!?」


 そして同時に絶叫した。


「ど、ど、どうしましょう、リカルド様っ!私、受け取ってしまったわ!受け取ってしまったわ!」


「し、知らなかった!そんな法律があるとは!全く迂闊だった!俺はリーチュアンの良き市民として法は遵守せねばならない身だと言うのに!!」


 二人は手足をバタバタさせながらヤンセンの周りをぐるぐる回りはじめた。


 えらいことになってしまった。


 ヤンセンの運命の人を探すどころではない。


「そうだ!日取りを決めなくては!」


 リカルドはキョロキョロとあたりを見回して暦を探す。


「大急ぎで縫い物をしなくちゃ!これっぽっちの糸じゃとても足りないわ!」


 リリアンももう一度買い物を見直そうとする。


 ヤンセンはしばらく考えこんでいたが、


「あら?逆だったかしら?女から男だったっけ?そうそう、確か一年に一回そういう日があるのよね。どっちにしても法律で決まっている訳ないわね。私ったら、うっかりさんね。まあ、これ、リーチュアン王室御用達のチョコレートじゃないの。リカルド様ってセンス良いのね。どうもありがとう。」


 と、リカルドの手にあるチョコレートを取ると、すたすたと店を出て行った。


 リリアン、リカルド両名は、灰のようになって呆然とヤンセンの後姿を見つめていた。



  ⁂



 リーチュアン市の中心部はあらかた巡り、陽も傾きかける頃、三人はリカルドの家に向かって歩いていた。


 ヤンセンがさっきから黙りこんでいる。


 リリアンは何か言いかけたが、ヤンセンがぬいぐるみの下で泣いているような気がして、黙っていた。


 あれから、大きな広場にも行ってみたし、人の沢山集まる市場へも行ってみたが、結局、運命の人は見つからなかった。


 リリアンは繋いでいたヤンセンの手をきゅっと握った。


「リリアンは、いいな。」


 ぽつりとヤンセンが言う。


「え?」


「何でもない。」


 リリアンには、困った時に助けてくれたり、世話をしてくれたり、記念日でもないのにプレゼントをくれる人がいる。


 言葉ではっきりとは言わないけれど、言葉で表す以上の愛と尊敬を全身で示してくれる人がいる。


 私の運命の人はどこにいるの?


"もっと遠くまで逃げて。

捕まえるために。"


 夜会の夜、ヤンセンの手を取り男は言った。


 その言葉に導かれるようにして、こんなところまでやって来たのに。


 私の運命の人はどこにいるの?




  ⁂



 三人がリカルドの家へ戻ると、家の前に男が一人立っていた。


 背はあまり高くはない。


 小太りで、日焼けしていない白い肌のせいか、気弱そうに見える。


 あまり仕立ての良くない上着は、何年も同じものを使っているのか、ずいぶんくたびれていた。


 どこかで見た事がある、とリカルドは思ったが、どこだったのか思い出せない。


 男は、うさぎと熊のぬいぐるみの少女とリカルドに気がつくと、うさぎの方へ歩み寄った。


「ヤンセン!」


 ヤンセンは立ち止まって身を硬くした。


 リリアンと繋いでいた手に力がこもる。


 リリアンは目を輝かせた。


「ぬいぐるみをかぶっているのに、なぜわかったのですか?

もしや、この方がヤンセンお嬢さんの運命…」


 リリアンの言葉を遮るようにヤンセンは男の名を呼んだ。


「マルセル。」


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