第三十二話 リリアンのぼうけん その頃、イーラーは
『ヤンセンお嬢さんと一緒に行きます。
探さないで下さい。』
きちんと整えられているリリアンの部屋のベッドに簡単な書き置きがあった。
「ああ、やられた。」
イーラーは頭を抱えた。
クローゼットの中の泥棒よけのローブも無くなっている。
泥棒よけのローブは、森へ行くのが好きなリリアンが一人でも安全に歩けるように、イーラーが特別な魔法を施してやったもので、これを身につけていれば、人や魔物や動物の目をくらましてくれる。
鼻の良い山犬に近づきすぎるのは危険だが、この前、秋の山の匂いのお香を炊きしめておいたばかりなので、山犬のすぐ傍を歩いても気付かれることはないはずだ。
リリアンならば、イーラーに気付かれずに薬草園の結界の抜け道を行く事ができるだろう。
ヤンセンがお人好しでのぼせやすいリリアンを丸めこんで逃げ出すことは、考えないでもなかったが、それにしてもリリアンまで一緒に着いて行くとは。
あの子にはもう少し分別があるかと思ったが。
手紙の横に、二つの網人形と、二房の髪の毛が添えてあった。
茶色いのはリリアン、濃い金髪はヤンセンのものだ。
これで影武者を作って、みんなの目を誤魔化せという事か。
「探さないでと言われても、探すまでもないっての。」
ヤンセンの父親の知り合いを頼るはずもないし、用心のために宿を使う事もしないだろうから、二人に行く当てなどあるはずがない。
あるとすれば、リーチュアン市のリカルドのところに決まっている。
それでなくてもリリアンは、この前からしきりにリカルドの家の事ばかり話していたのだ。
イーラーは、市長夫人がヤンセンをここへ連れてきた時、彼女に魔法がかけられていた痕跡をみた。
噂話によれば、ヤンセンを誘惑した男は、彼女の指先に口づけをしたという。
その時に彼女は何らかの魔法をかけられたようだ。
イーラーにはその魔法の使用者にはっきりとした心当たりがあった訳ではないが、巧みに隠されてはいたものの、うっすらとリーチュアン出身の魔導士特有の方言が残っていた。
もしや、リリアンが巻き込まれたのも、その魔法のせい?
「やられたなぁ。」
イーラーはまたもや呟いた。
しかし、それは、呪いや、人を惑わす類の魔法ではないようだ。
その魔法に導かれてヤンセンが行ったのなら、阻むことはないのかも知れない。
もっとも、イーラーはこのテの魔法は好まないのだが。
魔法使いは占い師とは違うのだ。
「私の魔法は薬の調剤専門よ。お子様の家出なんかに使う余分なMPなんかないの!勝手にリーチュアンでも何処へでも行っちゃいなさい!」
イーラーは誰に聞かせるでもなく大声を出した。




