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第三十一話 リリアンのぼうけん 旅立ち3


 結局、ヤンセンはここに残り、市長夫人は結構な額のお金と、身の回りの物を置いて薬草園を去って行った。


 「ヤンセン、ちょっと、二人だけで話しがあるんだけど。」


「私は話すことなんかない。話したければ勝手に話して。ここで聞くから。」


 ヤンセンは取り付く島もない。


 イーラーは溜息をついた。


 台所にいるリリアンに聞かせる話でもない。


 リリアンに促され、ヤンセンはお客様用の寝室に通された。


 華美な装いを嫌うイーラーを思わせる、飾り気はないが居心地の良さそうな部屋だ。


 ヤンセンはベッドにどっかりと腰掛ける。


 身の回りの物を詰めた鞄をリリアンが運んで来るのを当然のものと思っているのか、手を貸そうともしないし、礼を言う事もない。


「お食事はまだでしょう?お部屋に持って来ましょうか?それとも、イーラーさんと?」


「ええ、ここでいただくわ。

お母さんに聞いたことがあるけど、イーラー先生がお客と食事をする時は、貴方は気を遣ってみんなと食事をしないんでしょ?

お母さん達もイーラー先生もあなたを仲間外れにすることになるってわかっていてどうしてそうまでして食事するのかしら。

大人って本当に嫌だわ。」


 リリアンの問いかけにヤンセンがこんなふうに答えるので、思わずふふっと笑ってしまった。


 自分の無礼さに気付かずに母親の無作法を批判するなんて。


 けれども、その意見ももっともだ。


 彼女なりの優しさなのだろう。


「なぜ笑うの?」


「ううん。何にも。そんなんじゃないのよ。お給仕は私も楽しんでるからいいの。でも、ありがとう。」


「どっちにせよ、イーラー先生とは食べたくない。どうせ、お母さんの味方だもん。

けど、あなたの事は好きよ。前から。」


 ヤンセンの言葉に嘘がないことを感じたリリアンは、


「ありがとう」


 と、言うと、客間を出た。


 ヤンセンが食事を終えると、リリアンはヤンセンが運び込んだ荷物の荷解きを始めた。


「きれいね。」


 リーチュアンの有名店の特注品だというドレスを手に、絹を触った事もなかったリリアンは思わず溜め息をつく。


 ヤンセンが都会から取り寄せた特注のドレスを着て街を歩く。


 その型をみんなが真似る。


 この街ではそういう順番になっている。


 だから、ヤンセンのドレスはリリアンの興味を引いた。


 ずっと以前から、直接目にして、型や縫い合わせを確かめたいと思っていたのだ。


 けれども、ヤンセンは前からリリアンのお得意でもあった。


 リーチュアンの有名店のドレスと一緒に、リリアンの刺したレースを施した下着や小物を、同じように丁寧に使っていてくれている。


 わがまま娘とか、女性を侮辱するような、もっと嫌な言葉で噂されているヤンセンだが、リリアンにはそれほど嫌な娘には見えなかった。


 それどころか、


「あなたには一度、ちゃんとお詫びを言いたかったの。

レースの事で。ごめんなさい。」


 ふいに、ヤンセンがそう言うので、リリアンはかえって戸惑ったほどだ。


「あのレースは本当に可愛くて素敵だったわ。なのに、お母さんが赤ん坊の話なんかするから、カッとなっちゃって。思わず、こんなのいらないって言ってしまったの。本当にごめんなさい。」


「そんな、いいのよ、気にしないでね?」


 相槌を打ちながら、リリアンは頭を巡らせた。


 すると、ヤンセンは、以前から結婚に迷いがあったのだ。


 今回のことは、きっかけに過ぎないのだろうか?


 ヤンセンは続ける。


「似たのをリーチュアンの店のカタログで見たけど、値段は倍じゃきかなくて、とても下着に使える値段じゃなかったわ。

そのくせ、きっと質はずっと貴女のレースの方が上よ。いつもそうだもの。


そうだ、ねえ!」


ベッドから勢いよく体を起こした。

 

「貴女、こんな田舎でくすぶっているべきじゃないわ。

あんな、とっつあん坊やの女版みたいな薬草魔女に使われて一生を終えることない。 

リーチュアンに行けば、きっと一流の職人の仲間入りができるわよ!」


 小さな工房に、リリアンの仕立て屋という看板がかかっている。


 仕事終わりの汽笛とともに、店にリカルドが現れて、リリアンはハマー号の背に乗せてもらって家路を行く。


 リリアンは、一瞬のうちにそんな光景を思い描き心が踊ったが、だめだめと首を振った。


「だめよ、そんなの。」


 しかし、リリアンの心がざわついているのに気がついているヤンセンはなおも食い下がる。


「一緒にここを抜け出して、リーチュアン市へ行きましょうよ。その猫のかぶりものも、ここではちょっと目立つけど、都会じゃいろんな種族がいるから誰も気にしないわ。」


「もしかして、貴女の想い人は、リーチュアン市にいるの?」


 リリアンは慎重に尋ねる。


「………そう、おっしゃっていたわ。」


 ヤンセンは人差し指の爪を唇に押し当てた。


「あなた、一目惚れって、信じる?会った途端に、運命の人だってわかるのよ。

名前も、身分もわからなくても、歳が離れていても、全然自分に釣り合ってなくても、そんなの関係ないって、この人こそ私が生涯をかけて慕う相手だって。」


 リリアンはリカルドと初めて会った時の事を思い出した。


「あなたの言ってること、わかるわ。」


 あの時は、イーラーの知り合いだという事も知らなかった。


 けれども、一目見てわかったのだ。


 この人こそ、私の求めていた人だと。


 その時の抑えがたい衝動が彼女にさせたことを。


 もしもヤンセンが自分にとってのリカルドのような相手を見つけたのなら、先に約束したからと言う理由だけで、他の相手と結婚しなければならないのは、何だか間違っているような気がした。


 リカルドの元へ行き、貴方は運命の人だからと、自分の方から求婚するなんて、リリアンにはとてもできない。


 けれども、このヤンセンはそれをしようとしている。


ついにリリアンは決心した。


「わかったわ。一緒に行くわ。

実はね、リーチュアン市には、知り合いがいるの。

とても優しい人だから、訳を話せばわかってくれると思うわ。

その人を頼ってみようと思うの。」


 長い蛇足にお付き合いくださりありがとうございました。

このお話は第二十四話に続いて行きます。


 いつも読んでくださっている方、初めてここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。


 皆さまが考えておられる以上に励みになっております。


 引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。

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