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第三十話 リリアンのぼうけん 旅立ち2



「いちから話しをしなくても、もう事情は飲み込めてるでしょうけど」


 客間に通され、テーブルにつくや否や、市長夫人は口を開いた。


 ここへ来るまでも散々やり合ったのだろう、目は泣き腫らして、涙を流した跡があり、美肌自慢のはずの肌に皺が浮いている。


 お嬢さんのヤンセンも、瞼を腫らした目がギラギラと光っていて、口を真一文字に結んでむっつりと押し黙って、空を睨んでいる。


 前髪を切り下げ、肩のところまで伸ばした豊かな濃い金髪と、サファイアのような碧眼に、リリアンは見るたびに憧れている。


「ちょっと、周りが落ち着くまで、ここに娘を置いてもらえないかしら、、ああ、どうもありがとう。」


 最後の言葉は、テーブルにお茶を置いたリリアンへのものだ。


 続いて、ヤンセンの方にもカップを置いたが、こちらは返事もない。


 リリアンは早々に客間から引っ込んだ。


 リリアンはイーラーの家の下働きではない。


 何か物事を決める時は、きちんと二人で話し合って決める事にしている。


 しかし、こんな難しい話はとてもリリアンの手には負えない。


 こんな時は、私はただの使用人ですから、という顔をして、さっさと立ち去るのに限るのだ。


 イーラーが何か言おうと口を開きかけたが、かぶせるように夫人は続けた。


「もちろん、貴女がたが、私達に腹を立てているのは、わかっています。

先日は、、、その、リリアンさんに失礼をしてしまったし、それも、きちんとお詫びもせずに、使いを立てただけで。」


 と、気まずそうにお茶をすする。


「でも、わかるでしょう?イーラー姉さん」


 少女のような外見のイーラーを、夫人はそう読んでいる。


 むろん本当の姉妹ではないが、イーラーよりもずっと年下で、子供の頃から世話になっているのだ。


「この娘は、悪い魔法使いにたぶらかされて、こんな事になっちゃったの。そりゃ、ここにいたって、醜聞から逃れることはできないけど、中庭まではお客も入って来ないし、結婚詐欺崩れの魔法使いが来てもお姉さんといれば安心よ。少しの間だけ。ね?良いでしょう?」


「少しの間って、婚礼の日までってこと?」


 と、イーラー。


「私、結婚なんかしないわ!」


 初めてヤンセンが口を開いた。


 台所にいたリリアンにも聞こえる程の大きな、決意に満ちた声だ。


「こんなところに閉じ込めたって、抜け出してあの人の元へ行くからいいわ!!」


 興奮した声がさらに聞こえてくる。


 薬草園一帯に張り巡らされたイーラーの結界から気づかれずに抜け出せる訳がない。


 夫人がなぜここへ連れて来たのかヤンセンは全くわかっていないようだ。



 あまり考えないようにはしているが、つくづく、世の中は不公平だ、とリリアンは思わずにはいられない。


 もしも、もちろん、もしもの話だが、と、リリアンは念を押して先を考える。


 もしも私がリカルド様との婚礼を控えていたら、夜会で違う男の方と踊ったりはしないし、そもそも夜会など行ったりもしない。


 特注品のドレスもいらない。


 身の回りの品のごく必要なものだけをこの手で取り揃えて、その日が来るのをひたすらに待つのに。


 残念だが、自分を含めた全ての娘がそんな幸せを手にすることができる訳じゃない。


 なぜあの娘は、みすみす自分から幸せを手放そうと言うのだろうか。



 あるいは。


 ふと、思いついた考えに、リリアンは台所仕事の手を止めた。


 もしも、何かの手違いで、別の人と婚約してしまっていたら?


 夜会にリカルド様が現れて、一緒に行こうと言ってくれたら?


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