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第二十九話 リリアンのぼうけん 旅立ち 1

二十九〜三十一話は、リリアンとヤンセンがリカルドの家を訪れることになるまでのお話です。

蛇足なので飛ばしていただいても大丈夫です。

 収穫祭の頃に結婚式を迎える予定だった市長のお嬢さんヤンセンが、突然、結婚はしないと宣言をして一家を騒然とさせた。


 発端は、中秋に催された夜会での出来事だ。


 夜会と言っても、こんな小さな街で催されるものだから、貴族が宮殿でするような優雅で煌びやかなものとはほど遠い。


 それでも、街の中央の野外広場に沢山のランタンが吊るされ、大道芸や音楽隊が呼ばれ、老いも若きも夜が深けるまで踊り明かす。


 リリアンのところにも、この日に合わせて何着か仕立ての注文が入った。


 フィアンセのマルセルは市長のお供で他国へ出かけていたので、ヤンセンは同伴者もなく夜会へ赴き、おそらく今日が独身最後のダンスパーティーになるだろうから、いろいろな相手とのダンスを愉しんだ。


 しかし、夜会も半ばを過ぎた頃から雲行きが怪しくなって来る。


 ひとりの男が何曲も続けて娘を独占したばかりか、娘の耳元でしきりに何事かを囁き、娘はその度に顔を赤らめる。


 極めつけに娘の手を取り、人差し指の爪にキスをした。


 これだけのことでも、この小さな街ではこの先何年も語り草になるであろうスキャンダルなのに、頭に血が上った娘はダメ押しであのような事を口走ったのだった。


 フィアンセの男の面目は丸潰れだが、自尊心と、娘の持参金という旨味を天秤にかけたのだろうか、結婚を控え、少し感じやすくなっているだけで、しばらくすれば落ち着くに違いないから少し様子を見よう、と寛大な事を言っているらしい。


 市長の手前、街の中ではおおっぴらに話題にすることはできないが、薬草園を訪れた人々は堰を切ったようにこの話をするので、イーラーもリリアンも次第にうんざりしてきた。


 何でも、その男は都市国家連合の中尉だそうよ。


 あら、私はどこかの貴族がお忍びでいらしたと聞いたわよ。


 魔導士でしょう?まじないを唱えるのを聞いた人がいるわ。


 などと、口から口へ誰から聞いたかわからない話が広まって行く。


 しかし、皆が口を揃えて言うのは、その、中尉だか貴族だか、魔導士だかの男は、大変な美男子だということだ。


 着ているものもごく上等で、どんな身分のものにせよ、金はあるに違いない。


 皆、はっきりとは言わないが、あれほどの男が市長の娘なんかを本気で相手にする訳がないと思っている。


 なるほど、このグイユェン市では、市長はいちばんお偉い方かも知れない。


 しかし、一度でも他所の街へ行った事のある者ならば、こんな小さな街の市長なんか、例えば、隣国のリーチュアン市の町内会長ほどの力も無いことくらい、すぐに気がつく。

 

 もちろん、市民は自分の住む街を愛してはいるし、市長はとても好い人だ。


 けれども、世間知らずの傲慢な娘が自分のことを過信しているなら、ついその鼻っ柱をへし折りたくなってしまうのだ。


 皆、用事もないのに噂話がしたいばかりに薬草園へ来るから、今日は、お寺のおみくじの処方箋ばかりが良く売れた。


 おみくじに、【週の後半は風邪に注意】などと書かれていて、予防のための薬草茶の処方箋がついてくる奴だ。


 仕事終わりの汽笛が鳴ったので、二人はほっとした。


 ヤンセンと言えば、今はリカルドの手中にあるリリアンが刺した刺繍レースに、二人は苦い記憶があるが、あえて話題にするほどでもない。


 いつものようにイーラーは売り上げ帳簿を整理して、リリアンは夕食の支度をしていると、閉店したはずの店の扉を叩く者がいる。


 嫌な予感がして、二人は顔を見合わせたが、無視する訳にもいかないので、リリアンが猫のかぶりものをかぶり終えるのを確認したイーラーが戸を開けた。



 嫌な予感は的中した。


 戸口には、市長の奥さんと、お嬢さんのヤンセンが立っていた。


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