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第二話

おっさん戦士リカルド登場です。

 ちゃ、ちゃ、と金属の擦れる音をさせて、熊ほどもある大きな黒い犬を従え、これまた、熊のように大きな男の影が店の戸口に現れた。


 がっしりとした身体に真っ黒な鎧と真っ黒なマントをまとい、髪も眉もない、いかつい顔。


 左の腰にはふたふりの剣。


 右の太腿には短剣が何本か刺してある。


 年のほどは定かではない。


 何しろ、顔じゅう傷だらけで、皺なのか傷痕なのかはっきりしないのだ。


 都市国家連合軍事作戦部隊最上級兵曹長、リカルド・クラークソン。


 通称、闇の戦士。


 暗黒の剣を持つ男。


 攻撃魔法を無効化する暗黒の剣の使い手であり、魔物ばかりでなく、魔導士や魔法使いからも恐れられているのだそうだ。


 戦争の時は数々の勇名を馳せたという。


 今は予備役扱いだが、たまに都市国家連合の要請を受け、魔物退治や、密輸組織や盗賊団の取り締まりをしている。


 でも、この薬草園ではただのぶっきらぼうなおじさんだ。


 リリアンが最初に会ったのは一年くらい前。


 以来、月に一度は前ぶれもなくふらりとやってきて、イーラーから薬を買ったり、街の外のいろいろな話をしたり、している。


 それに、お供の騾馬と黒い犬をとても大切にしていて、実は優しい男なのだというのも良く知っている。


 リリアンにも親切で、いつも何かしら土産を欠かさない。


 何かお土産をもらうたび、私がちびだからほんの子供だと思っているだけで、特別な感情などないに決まってるわ、などと自分に言い聞かせている。


 外に出たがらないリリアンだが、冒険だの、ダンジョンだのにはちょっとした憧れがある。


 歴戦の騎士や魔法使いは、男も女も、顔や身体に傷があっても堂々としているし、それがかえって魅力的に映るものだ。


 自分の傷にも勇敢な物語があると思い込んで、剣か魔法で魔物をやっつけて、みんなからの賞賛を浴びる姿を想像するのは、もう癖のようになっている。


 だから、リカルドに対しても憧れを持たずにはいられない。


 彼の聞かせてくれる冒険譚を後から思い返す時は、リリアンも頼れる相棒となり、共に魔物や悪い魔法使いを懲らしめる。


 荒唐無稽な話だが、もう一つの想像よりは断然見込みがあると、リリアンは思っている。


 もう一つの想像とは、リカルド・クラークソンが小さなリリアンの前に跪き、生涯を共にしてくれるよう求愛している場面だ。


 しかし、繰り返し想像してみるものの、その度に首を振る。

 まったく、馬鹿げている。

 そんな事あるわけがない。


 そう言えば、前にイーラーに、戦士様はイーラーさんの恋人なの?と聞いたことがある。


 イーラーは、大声で笑ったと思ったら、急に真顔になり「ばかなこと言わないでちょうだい。この仕事は信用第一なのよ。」と、とても怖い声で言った。


 けれども、イーラーとリカルドは大の仲良しで、リカルド相手なら普段は滅多にしない掛売りもしているし、こんなふうに、店を閉めた後に訪れても追い返したりはしない。


「いらっしゃい、リッキー。」

イーラーが店に出た。


「悪いな、仕事終わりの後に。

強壮薬入りのぶどう酒とHP回復薬、余分にあったら分けてもらおうと思ってな。

それと、発酵茶も。」


 リカルドはぶっきらぼうに早口で言うと、目だけをキョロキョロとさせる。


 猫のかぶりものの女の子が、奥の台所で大きなゴブレットにお茶を注いで、こちらへ運んでくるのを見て、慌てて視線を手元に落とす。


「そんなの、わざわざここに来なくても、街でも買えるじゃない。」


 口ではそう言うものの、イーラーは嬉しそうにカウンターに頬杖をついてリカルドを見上げる。


 古くからの友人というよりは、まるで父娘のようだとリリアンは顔をほころばせる。


「ぶどう酒のは街じゃ買えない。

それに、昔なじみのお前の作ったやつの方が、肌に合う。

それと、これを預かって来た。」



 リカルドはそう言うと、包みを取り出してカウンターの上に置いた。


 それは、先だってイーラーが市長の奥さんに譲った、リリアンの刺したさくらんぼ模様の刺繍の綿のレースだった。


「間違えて買ってしまったから、返品したいそうだ。向こうの手違いだから、金は返さなくても良いってさ。」


 リリアンはかぶりものをつけていて助かったと思った。


 いつも以上に惨めな顔をしている自分を、イーラーやリカルドに見られずに済むから。


 こういうことはよくあるのだ。


 若いお嬢さんが、自分みたいな姿の娘が作った縫い物を嫁入り道具にしたいわけがない。


 ふだん使いのちょっとしたものならいいのだろうけど、お嫁入り道具となると、話は別だ。


 まして赤ちゃんの産着だなんて、慶事に水をさすことになる。


 市長の奥さんは少しうっかりしておいでだったのね。


 私も、もっと気をつけるべきだった。


「わかった。わざわざありがとう。

ぶどう酒と、回復薬と、それに発酵茶だったね。ちょっと待っててね。こないだ寝かしといたぶどう酒がそろそろ使えるかも知れない。」


 イーラーも、少なからず気分を害したようだが、いちいち気にしていたら商いにならない。


 薬をとりにさっさと地下室へ降りて行った。


 リリアンはレースを手に取って何でもないようなふりをして引き出しにしまった。


「すまないが待ってる間、スレッジ・ハマー号に水を使わせてくれないか。」


 残されたリリアンに、リカルドは戸口の向こうの騾馬を顎で指してそう言った。


 こんなぶっきらぼうな物言いは、リリアンも最初は怖かったけれど、怖いのにもだんだん慣れてくるものだ。


 軍事作戦部隊にいると、いろいろ汚い言葉を覚えてしまうから、つい使ってしまわないように気をつけているんだろうと、イーラーは言っている。


「あ、すみません、気がつかなくて。」



「いや、自分でやるから。」


「いいえ、闇の戦士様もお疲れでしょう。そこへ座って、お茶をどうぞ。それと月餅も。一昨日作ったの。」


「や、すまない。」


 リリアンは店のベンチにリカルドを導くと、台所からお湯を張った桶を持ってきて、リカルドの脛当てを外そうとした。


「いいよ、いいよ、自分でやるから」


 ぶっきらぼうに早口で言うので、迷惑に感じているのかと思い、リリアンはリカルドにぺこりとお辞儀して外に出た。


 黒い犬も水をもらおうとトコトコついて来た。


「こんにちは、お馬さん。

たくさん歩いて疲れたね。」


 それに応えるようにハマー号は甘えて鼻をリリアンにこすりつけてきた。


「ふふ。」


 人間じゃない生き物は、ぬいぐるみをかぶっていても、傷だらけの顔でも、何にも気にしないでこんな風に仲良くしてくれる。


 特に、闇の戦士の連れている騾馬は、大人しくて行儀よくリリアンの言うことを聞いてくれるので、世話をするのが毎回楽しみだった。


 リリアンは井戸から水を汲み、騾馬の前に置いてやる。


 それから、糸瓜のたわしを水に浸して騾馬のからだを拭いてやった。


 騾馬は気持ちよさそうに耳をぱたぱたと振りながら、黒い犬と同じ桶に顔をつっこんで仲良く水を飲んでいる。


 背後から、ちゃ、ちゃ、と音をさせてリカルドもやってきて、


「お茶と月餅ご馳走さま。代わるよ。」


と、リリアンからたわしを受け取った。


 きちんとした身なりをした立派な紳士に見えても、馬や家畜に理由もなく鞭をあてたり、市場の物売りや子どもに意地悪をする輩はいるものだ。


 しかし、リカルドはそんな奴らとは違う。


 たわしでていねいにからだを拭いてやった後は、たてがみをなでたり、後ろ足にからまった草の実をとってやったり、リリアンは、ぶっきらぼうながらも、愛情をこめて騾馬の世話をする彼を見るのが好きだった。


 食事の支度があるからと行こうとすると、リカルドは騾馬に積んであった荷物を指差して、


「下のポケットの中を見てごらん」


 と、またしてもぶっきらぼうに言った。


 探ってみると、小さな箱が出てきた。


「まあ、チョコレート」


 宝石のように丸く光ったチョコレートが、きれいな化粧箱に入っていた。


 この街でもたいていのものは容易に手に入るが、チョコレートは貴重な贅沢品で、子供は特別な日以外は食べてはいけないことになっている。


 大人の女性に贈るプレゼントの代名詞になっているくらいなので、自分が大人扱いされているみたいで、二重に嬉しいのだった。


「ありがとうございます、戦士様。」


「ん。」


 闇の戦士は、やっぱり怒ったように、ぶっきらぼうにそう言うと、また騾馬の手入れに戻った。


「お馬さん、嬉しそう。」


「騾馬だよ。

あんまりおだてるな。」



「なぜ、スレッジ・ハマー号と言うのですか?」


「だって、すごく強そうじゃないか。」


 戦士様は、よくぞ聞いてくれたとばかりに言った。


「それにこいつはものすごい石頭なんだ。ハンマー並みに」


 その顔が、おじさんなのに、何だか子供みたいで、リリアンは笑ってしまった。



「その」


「はい」


「さっき返されたあの紐みたいなの、ああいうのは高いのかな?」


「え?刺繍レースのことですか?」


「そう、それ。何となく、ああいうのを、土産にするのも良いかも知れないと、思ったもんだから。」


 リカルドは背を向けて騾馬のハマー号ばかり見ているので、リリアンにはどんな顔をしているのかわからない。


 きっと、自分とイーラーの様子がおかしかったのを気にしてくれているのだろう。


「良かったらお持ちくださいな。お代は市長の奥さんが払ってくれてるし。」


 市長のお嬢さんの嫁入り道具のお下がりとなれば、誰も買い手がつかないだろう。


 そのうち、イーラーのペチコートに使わせてもらおうとでも考えていたが、リカルドの申し出にリリアンはそう答えた。


「それはダメだよ。俺は商売のことはわからないけれど、技術に対する対価はきちんと支払わないと。職人に対する礼儀だ。」


 こんな身なりをしているからいけないのかもしれないが、たまに一人前の人間として扱われない事があるリリアンにとって、その言葉はとても嬉しいものだった。


 そんな言葉を他でもないこの素敵な戦士様にかけてもらえるなら、市長のお嬢さんの仕打ちも逆に感謝したくなるくらいだ。


「ありがとうございます。お金の事は、私もよくは。イーラーさんに聞いてみます。


あの。

あのレースは、イーラーさんのお友達が都会から仕入れてきてくれた新しい図案で刺したもので、この街であんなレースを持ってる子はまだ誰もいないんです。」


 リリアンは、損な買い物をしたんじゃないと思ってくれるように、そんな風に言った。


 リカルドはやっぱり顔を向こうに向けたまま言った。


「そうなんだ。どうりで、とっても。

うん、きれいだったよ。」



ひにゃっ。


 リリアンは思わずへんな声が出そうになってしまい、かぶりものの上から口をふさいだ。


 レースの事を言って下さっているのよと、一生懸命自分に言い聞かせているのに、心臓がどきどきしてしまい、戦士様にも聞こえてしまっているかも知れないと思うと、余計に鼓動が早くなってしまう。


 こんな時も、やっぱりかぶりものをつけていてよかったと思う。


 きっと今の自分は、真っ赤になって、ニヤニヤ変な顔をしているのに違いないから。


第三話は戦士リカルドの胸のうち。

少し短めです。

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