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第二十六話 リリアンのぼうけん 街を歩く 1

 洗濯のおばさんが出来上がった洗濯物を持って来てくれたので、帰りがてらリリアンとヤンセンを街の共同浴場へ送ってもらった。


 個室になっている浴室もあるので、リリアンも誰に気兼ねすることなく旅の疲れを落とすことができるだろう。


 妙なオマケが着いて来ているものの、憧れのリリアンがこの俺の家に居る。


 本当ならばその幸せを噛みしめ、思いつく限りのもてなしをしたいところだが、とりあえず今はそれどころではない。


 二人を送り出したリカルドは、黒い弾丸となって通りを駆け降りた。


 無論、今はいつもの黒の甲冑はつけていないので、これはあくまでも比喩である。



 グイユェン市は弱小国ではあるものの、れっきとした都市国家連合の加盟都市だ。


 そして、グイユェンのような王を持たない商業都市の市長は、すなわちその都市の首長を意味する。


 大国リーチュアン市のちんぴら貴族が、小国の首長の娘をたらしこんだなどと噂が立てば、いろいろ面倒なことになってしまう。


「おばちゃん、カルロス隊長を見かけたら、当分、俺んちには来るなって言っといてくれよ。」


 リカルドは、自宅に続く通りの入り口の、遅くまで開いているタバコ屋の老婆に声をかけた。


 リカルドの家へ来る時は、カルロスは必ずこの店に寄ることにしている。


「あたしも最近物忘れがひどいからねえ、ちゃんと覚えてられるかしらねえ」


「ちぇっ。ほら、これなら忘れないだろ?」


 リカルドはいくらかの金を握らせた。


「あら、いつも悪いねえ」


「頼むよ、この街の平和はおばちゃんが握ってるんだからな!」


「あらあら、そりゃあ大変だねえ。」


 だめだ、とてもじゃないが頼りにならない。


 念のために名犬サーブを置いていく。


「あらあ、クロちゃん、おやつあげるからこっちへいらっしゃい。」


 老婆はサーブにもふもふを始めた。


「クロちゃんではない、名犬サーブだ。近づくな、頭をもがれるぞ。

あと、こないだみたいに、甘いもんやるなよ。虫歯になったらかわいそうだろ!」


「そんな事してないよねえ、クロちゃん。」


 今いち不安だ。



 ⁂


 共同浴場を出たリリアンとヤンセンは、ソーダスタンドでソーダ水を飲んでいた。


 いくらも入っていない飲みものが、グイユェンで売られている葡萄酒よりも高いのには驚いたが、生まれて初めてソーダ水を飲んだリリアンは、喉を通るピリピリした甘く爽やかな不思議な感覚を楽しんでいた。


 若者に人気の店のようで、たくさん行列を作っている。


 顔に鮮やかなペイントをした者や仮面を付けた者、キンバリーのようなけもの族ばかりでなく、グイユェンではまず見かけない竜人族もちらほらいるので、ぬいぐるみをつけたリリアンとヤンセンにも、誰も関心を払わない。


 隣ではヤンセンが、しきりに何か話している。


 リリアンは適当に相槌をうちながら、斜め前でソーダ水を飲んでいる竜人族の二人組の男の子に見入っていた。


 猫を思わせるキラキラした黄色い目に、細長い瞳、口元には小さな牙が覗いており、緑がかった肌の首と肩の後ろのところに鱗のようなものがある。


 これからは、竜人族の女忍者というのを空想に加えてみるのも良いかもしれない。


 そんなことを考えている。


「ちょっと、リリアン、聞いてる?」


「え、ええ、もちろんよ。お母様が、どうしたの?」


 リリアンは慌てて返事をした。


「だからね、お母さんは最初、私をサンイン市のお役人と結婚させたがっていたの。親戚のつてで。」


「サンイン市…大都会だって聞いてるけど、ずいぶん遠いわね。」

 

「でしょう?でも、お父さんはあんまり乗り気じゃなかったの。娘の結婚を外交に使うのはとか、何とか言って。それで、お父さんとマルセルで何か話し合って、私はマルセルと結婚することになってた。」


 ヤンセンが言うには、身寄りのないマルセルは、学生の時から書生として衣食を共にしており、リーチュアンの大学院で三年の留学を終え、この春から父親の秘書として働いているという。


 そのマルセルとの結婚を、当のヤンセンには何の相談もなく、いつの間にか婚礼の日取りまで決められていたらしい。


「プロポーズとか、されなかったの?」


「結婚のことは、朝ご飯の時にお父さんの口から聞いたの。マルセルからは何も。」


「まあ。」


「マルセルって、悪い人じゃないけど、何を話しても、ああ、とか、うんとか、ぶっきらぼうに答えるだけで。」


「ぶっきらぼうなのが、悪いとは思わないけど。」


 心中にある、ぶっきらぼうだが優しい人を想いながら、リリアンは答えた。


「でも、たまには愛のささやきが欲しいじゃない?

すてきな詩にのせて、愛を語ってくれたり、想いを寄せた手紙をくれたりしてくれなきゃ、本当にこの人が自分を好きかなんて、どうしてわかるの?」


「そうね、そうだわ。」


 リリアンも同意する。


「それに、ひょっとしたら、私よりもお父さんと結婚したいんじゃないかと思う時もあるわ。」


「マルセルさんは、男の人が好きなの?」


「違うわよ。つまり、お父さんに取り入るために私を利用してるってことよ。

マルセルはとっても貧乏で、ほら見て。」


 ヤンセンは左手を振ってみせた。


「彼は婚約指輪も買えないのよ。でも、私と結婚すれば持参金がもらえるし、お化粧代として、月々決まった額のお金ももらえるでしょう?


そうでなきゃ、きっと自分の保身のためよ」


「え?」


「いえ、何でもないわ。」


 ヤンセンから聞かされた思いもかけない身の上話に、リリアンは少なからず同情した。


 彼女のように、きれいで、裕福な家の娘なら、結婚相手などよりどりみどりだろうと思っていたのに。


 しかし、リリアンは先程から違和感を拭えなかった。


 ヤンセンは運命の人を探しにここへ来たはずなのに、なぜ、マルセルという婚約者の話ばかりしているのだろう?


 そもそも、運命の人がソーダスタンドなんかにいるのだろうか?



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