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第二十四話 リリアンのぼうけん お宅訪問 1


 盆地に発展したリーチュアン市は四方を山に囲まれている。


 傾斜に沿って密集して建てられた住宅地の一角に、リカルドの住まいもあった。


 薬草園を離れてリーチュアンの自宅に戻ったリカルドは、しばらくはいつものように修道士や商人の護衛をしたりしているうちに、いつの間にか中秋も過ぎてしまった。


 家を開ける日が続いたので、数日は家でのんびり過ごしたい。


 リカルドはそんなふうに思っている。


 一年の大半は家を空けることが多いので、家には家具も必要最低限のものしかない。


 ベッドが置いてあるだけの寝室に、居間には、テーブルに椅子が二脚と長椅子があるのみだ。


 裏口に井戸とかまどがあるので炊事はここでする。


 裏口を出てすぐに山が迫っているが、そこまでのわずかな空間をリカルドは裏庭と呼んでいる。


 この家で所帯を持つことになるかも知れない。


 住み始めた時は、まだそんな希望を持っていたから、手狭になってもこの庭に増築できるなどと考えたこともあったが、今は騾馬のスレッジ・ハマー号の好みそうなアルファルファやヨモギを生やしているのみだ。


 裏庭の横に無理やり建てた小屋が騾馬スレッジ・ハマー号の納屋だ。


 男の一人暮らしにしては、まあまあきれいに使っていると言えよう。


 家事をマメにする男の方が女受けが良いと昔何かで聞いたから、と言うのもあるが、(それが有利に働いた例は今のところない)長年の兵役を務め上げ、やっと手に入れた市民権と同時に買った家だから、愛着もある。


 狭いながらも一国一城の主というわけだ。


 それに、リリアンから買ったレースをエプロンに縫い付けてからは、以前にも増して家仕事が楽しくなった。


 しかし、この城にたびたび侵入してくる輩がいる。


 その侵入者は、今日もリカルドがせっせと床を掃除しているのに、自分は長椅子に座って、のんびりと煙草をふかしていた。


「隊長、ちょっと足上げて。」


 リカルドは当てこするように言って、そいつの上げた足の下をさも邪魔そうに箒で履く。


「ちゃんと灰皿使えよ、灰が落ちるだろ。」


 そして、テーブルに置いてある灰皿を押し付ける。


「そもそも、部屋の中ではよしてくれって、いつも言ってるだろ。外で吸ってくれよ。」


「お前、上官に向かってその口の聞き方はなんだ。」


 "隊長"はぼやいた。


「ふん、文句があるなら稼ぎのひとつでも持って来いってんだ。こっちは働きづめだってのに。ああ、忙しい。」


 リカルドは大げさに溜息をついて掃除の続きを始めた。


「ちぇっ。」


 完全に倦怠期の夫婦の会話である。


 この男は、カルロス・アレクサンドロ中尉という。


 都市国家連合の軍事作戦部隊時代、リカルドの所属していた部隊の連隊長をしていたので、リカルドは今でも男を隊長と呼ぶ。


 貴族出身という話だが、あちこちで問題を起こし、流れに流れてリカルド達の部隊の隊長に左遷されてきた。


 貴族のお坊ちゃん士官が、平民の下士官にいびられ泣く泣く除隊なんて事は良くある話だ。


 しかし、カルロスは剣の腕も立つばかりか、魔法の才能、実力ともずば抜けていた。


 剣の腕はリカルドとほぼ互角と言えようが、同時に魔法を使われたら、いくら魔法を封じる剣を持っていても、かなりの苦戦を強いられるだろう。


 その上、見てくれもなかなか男前だ。


 赤毛の短髪に、長い下睫毛の切長の青い瞳、片方だけ口の端を歪めて笑う表情はプレイボーイそのものだ。


 すらりとした上背に、鍛えられた筋肉がバランスよく乗っていて、物腰も洗練されている。


 何より人に好かれるコツを知っている。


 歳はリカルドよりも下だが、不思議と、いや、そんな奴だからこそ、なぜかリカルドとはウマが合い、身分や階級を超えた友情と呼べるものが芽生えており、リカルドが予備役になった今でもこうして一緒につるんでいる。


「そう言やあ、ここ数日顔を見せなかったが、どっか行ってたのか?新しい女のとこ?」


 床を履きながらリカルドが聞く。


「まあ、そんなとこ。」


 煙草を口に咥えたままカルロスがゆっくり立ち上がり、入り口へ向かって歩いた。


「おっ、出ていくのか?」


「ちょっとその辺散歩してくんだよ。」


「なら、ついでにこのゴミ捨てて来てくれよ。

それと、そこの空き瓶酒屋に返して来てくれ。

瓶の金もちゃんともらってくるんだぞ。」


 リカルドはその言葉を待っていたとばかり、次々と用事を言いつける。


「やだよ、めんどくせえ。」


「何だと、あんたが呑んだ酒瓶だろうが!」


「わかったよ。」


「あと、帰りに白菜買って来て。

この前みたいな腐りかけ買って来るんじゃねえぞ。」


「へいへい。」


「扉閉めてけよ。」


「へーい。」


カルロスはふらふらと外へ出ると通りに消えた。


「だいたい片付いたな。」


 エプロンを外したリカルドは満足そうに部屋を見渡した。


 ハマー号の納屋は朝のうちにきれいにしておいたし、洗濯は洗濯屋のおばさんに頼んである。


 自分で洗濯出来ない事もないが、人から洗濯物を請け負う事でしか生計を立てられないものもいる。


 修道士や商人が自分の身を自分で守るようになってしまったら、リカルドはお払い箱になってしまうのと同じだ。


 とにかく、掃除が終われば午後はもうやる事がない。


 中秋が過ぎて、売れ残りを安く買った月餅でも食べようと茶を淹れた。


 リカルドの休暇はだいたいこんなふうに過ぎて行く。


 月餅といえば、リリアンを思い出す。


 以前、手作りの月餅をもらったことがあるのだ。


 エプロンを見ては溜め息をつき、ハマー号やサーブを見ても胸が締め付けられ、いちいちリリアンを思い出している。


 ふと、遠慮がちにトントンと扉を叩く音がした。


 リカルドは怪訝な顔をする。


 隊長がこんな回りくどいことをするはずがない。


 何かの取り立てか、勧誘か。


 おばさんが出来上がった洗濯物を持って来てくれたのか。


 リカルドが戸を開けると、そこにはぬいぐるみを頭にかぶった女の子、たぶん女の子が二人、立っていた。


次章、わがままお嬢登場。

リリアンもイメチェンで登場です。


 読んでいただきありがとうございます。

 キャラがどんどん増えていくことになりそうですが、引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。

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