第一話
その娘の姿については、詳しく語るのはやめよう。
ずいぶん前に大怪我をして、顔に大きな傷がたくさんあるのだ。
良い子でいないと、あんな目に遭うよ、なんて、子供に言い聞かせるのには役に立っているようだが、あまり話題にされたくはないだろう。
すてきな王子様が現れて、キスをしてくれたら美しい姿に戻れるというお話でもない。
もともとの姿も大してきれいではなかったし、19歳になるのに、ちびでがりがりに痩せていると、本人は思っている。
誰にも秘密だが、じつは世界を変えるほどのものすごい力を持っている、という訳でもない。
少しは魔法も勉強しているけれど、とてもひとりで身を立てられるようなものではない。
そうかと言って、人並外れて不幸な身の上ということもない。
この見た目で損をすることもたまにはあるけれど。
つまり、どこにでもいる普通の冴えない女の子の話だ。
⁂
彼女の名前はリリアン。
ただのリリアンだ。
少し前から、小さな城壁都市の近くに広い薬草園を持っていてるイーラーという薬草魔女のもとに身を寄せていて、忙しいイーラーに代わり、炊事や掃除、洗濯の他、薬草園の世話などを手伝いつつ、仕立てものの内職をしたり、している。
それに、「イーラーのところのお嬢さん」の刺繍レースは、都会の生活に憧れる若い娘たちに人気がある。
もちろん一流の職人には遠く及ばないが、薄い綿の生地に刺繍を施した綿レースは、質も値段も、ちょっとした部屋着や肌着に用いるのにちょうど良いというわけだ。
⁂
「こんにちは。」
と、入り口の呼び鈴が鳴り女の声がしたので、リリアンは裁縫の手をとめて、横に置いておいた猫のぬいぐるみのかぶりものを被った。
いつの頃からか、彼女を見て子供が怖がったり、周りの人が目のやり場に困ったりしないように、こんなものを被るようにしているのだ。
「お待たせしました。」
「こんにちは、リリアン。
イーラーは留守?」
旦那さんのお遣いを頼まれていた狩人の奥さんだ。
「はい。
今日は街のお屋敷へ呼ばれていて。」
「うちの亭主がことづけておいたんだけど、できてるかな?」
リリアンは、戸棚に並んでいる紙袋をひとつ取り出してカウンターに置く。
「これですね。」
「えっと、HP回復薬と、炎症どめの塗り薬、矢尻に塗る痺れ薬、そうそう、これよ。
助かったわ。
明日にはもう出かけるみたいで。
ほら、今、遍堀を通って行けないでしょ?
魔物が出るとかなんとか。」
奥さんは包みを受け取ると、上から下げてある籠に入った編み人形を手に取った。
「これもまたもらっていい?
これを持って寝ると、子供が夜にゼーゼーしないのよね。
すぐにぐしゃぐしゃにしちゃうけど。」
「咳止めのお守りですね。
いくらでもどうぞ。また作っておきますね。」
「ありがとう。これ、お金。
イーラーによろしく。」
「はい、伝えます。ありがとうございます。
またお待ちしています。」
こんなふうに、イーラーが留守のときには、薬店の店番もしている。
リリアンは、薬草園の他はちょっと森へ行くくらいで、めったに外には行くことはない。
まして街の方へは最後に足を運んだのはいつだか思い出せないくらいだが、イーラーや、彼女の薬を買いにくるお客や、訪ねてくる友人の相手をしているので、街の噂話も耳に入ってくるものだ。
今の皆の関心は、もっぱら、遍堀の沼に出てくる魔物のことで、なんでも、これまで何人も旅人が沼に引きずり込まれて、命からがらの目に遭っているらしい。
装備や貴重品も、みんな底無し沼に飲み込まれてしまうのだとか。
しかし、迂回路もなくはないし、死者が出ているわけではないから報奨金も安くて、賞金稼ぎは見向きもしない。
私が強い魔法使いか戦士なら、みんなのためにやっつけてやるのに、などとありもしない事を夢想する。
刺繍や家事の合間に何人かお客の相手をしているうちに午後は過ぎて行った。
街の中心地から仕事終わりの汽笛が聞こえる頃、イーラーが戻って来た。
「ただいまあ。」
「おかえりなさい、イーラーさん。」
小さなリリアンより、さらに頭ひとつ分小さな、真っ白な肌に、人懐こい大きな青い瞳の、とてもかわいらしい女の子だ。
緑がかった金髪をリリアンが編み込んでピンで留めている。
イーラーは、薬で儲けたお金でゴテゴテ着飾るのは良くないと考えていて、服装は華美でも上等なものでもないけれど、こざっぱりとした綿素材のドレスを着ている。
リリアンが得意の腕をふるって、イーラーが納得できる範囲で可愛らしい服を張り切って仕立ててやっているのだ。
どう見ても、十二〜三歳の少女にしか見えないが、イーラーは昔からいるとても有名な薬草魔女だ。
扱う薬草の魔力によるものか、あるいは、人間とは違う何かなのか、薬草魔女は、歳をとっていても、少女のような外見をしているものが多いようだ。
ぬいぐるみを頭にかぶった小さなリリアンとイーラーが二人並ぶと、まるでままごとのお店みたい、とみんなが言う。
イーラーは、たまに街のお屋敷に呼ばれ、お金持ちの奥さん達が集まって、イーラーがツテで仕入れてきた宝石や変わった装飾品を見たり、旅人から聞いた噂話をしたりする。
また、女の人向けのいろいろな薬を持っていって必要に応じて処方してやっている。
リリアンの刺したレースや、ハンケチや手袋なんかのちょっとした小物を一緒に持って行ったり、仕立てものの注文をとって来たりもする。
「あの、さくらんぼ模様の刺繍レースは、どなたかお買い上げ下さいましたか?」
リリアンは、特別時間をかけて刺したレースのことが気になって、イーラーに聞いてみた。
あのレースで縁を飾ったペチコートやドロワーズがスカートの裾から覗いたら、とても可愛らしく映ることだろう。
小さい子のスモックにもぴったりだ。
「もちろんよ、
市長の奥さんが見るなり飛びついたわ。娘さんの嫁入り道具にするんですって。
赤ちゃんの産着に使うのにちょうど良いって」
「まあ、嬉しい。
お嬢さんの御婚礼の日取りは決まりましたか?」
「葡萄の収穫が終わったら、すぐに、ですって。」
「赤ちゃんの産着、私もお手伝いしたいなあ。」
「リリも市長の奥さんに負けず気が早いんだから。まずは娘さんのものを揃えるのが先でしょ」
「あ、そうか。
お針子さんの手が足りなければ、ぜひお手伝いさせていただきたいな」
「どうかなあ。
ずいぶん見栄っ張りな子みたいだから、特注品ばかりで揃えるみたいよ」
リリアンは食事の支度をしながら、イーラーは売上帳簿を整理しながら、そんなことを話していると、
「イーラー、いるかい?
俺だ。」
と、店先から太い男の声がしたので、リリアンは慌ててかぶりものをつけた。
第二話は戦士リカルド登場です。




