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第十八話 蛙を巡るおっさんの残念な冒険 2

第六話でリリアンとイーラーと別れて赴いた魔物退治の顛末は?

 薬草園でイーラー達と別れたリカルドは、闇の中を騾馬と犬を連れ、遍堀を目指して歩いていた。


 騎士ならば馬に乗って颯爽と森を駆け抜けていくものだろうが、リカルドはどっちが主人かわからない石頭の騾馬の歩調に合わせてのんびり行くしかない。


 もっとも、騎士は沼の魔物なんか相手にしないが。


 リカルドとて、普段ならこんな安い仕事を請けたりはしない。


 しかし、グイユェン市に留まる理由が欲しかったし、福祉奉仕活動のような仕事をして、リリアンに良いところを見せたかった。


 単独で行動する時に闇に紛れて移動をするようになったのは、日中、こんな場所で人と出会ったら、十人が十人、恐れおののき逃げ出すからだ。


 中にはこっちが何にも言わないのに、勝手に全財産を置いていなくなる奴もいる。


 追い剥ぎの濡れ衣を着せられたままという訳にはいかず、寄り道して金品を届けに行く手間が増えてしまうのだ。


 夜ならばこんな寂しい路で人に出くわすことはまずないし、万が一行き合っても、こちらの方が先に気配を察する事ができるだろうから、身を隠すこともできる。


 もう少し山奥へ入ったところに、野宿に適した洞穴がある。


 今日のところはそこまで行って、明日のうちにカタをつけよう。


 リカルドはそんな事を考えつつ、先ほど土産にもらった月餅を頬張りながら、スレッジ・ハマー号の歩みに合わせてのんびりと月あかりを進んで行った。


 洞穴の中は、じめじめとしていたが、ひんやりとしていて、朝まで心地よく休めそうだ。


 スレッジ・ハマー号を洞穴の入り口近くの木に繋ぎ、いつものように名犬サーブに番を頼むと、中で腰を下ろしたリカルドは、懐からリリアンのレースを取り出し、ほうっと、ため息をついた。


 ごく薄い生地に、さくらんぼの実や花が巧みに刺繍されている。


 ごつごつした指先でその凹凸をなぞり、唇をつけると、うっすらと、薬草の香りがする。

 

 リリアンが作ったクローバーの冠は、ハマー号がとっくに食べてしまったが、リカルドもこのレースを細かく千切って食べてしまいたいと思った。


 それにしても、俺はハマー号を抵当に入れるまでしてやっとこれを手に入れたのに、ハマー号と名犬サーブは、ただでリリアン手作りの編み人形をもらったばかりか、リリアン自ら首にかけてやっていた。


 リリアンは俺にはヒルもマダニも寄ってこないと思っているのか、あるいは、たかられても関係ないと思われているのだろうか。(たぶんこっちの理由だろう。)


 

 洞穴で夜を明かし、再び騾馬と犬を連れ、しばらく路を進んだ。


 魔物のせいで往来もなくなったせいか、すっかり道が荒れている。


 沼の手前まで来ると、リカルドはスレッジ・ハマー号と名犬サーブを残し、一人で沼のほとりに向かって歩いた。


 俺の騾馬や犬が、まさか沼に引きずり込まれるようなヘマはしないだろうが、用心に越したことはない。

 

 念のため懐のレースもハマー号の荷に移しておいた。


 沼のほとりまでくると、土手の柳のところに何か影のようなものが現れ、次第にはっきりと人の姿が形作られていった。


 青白い、薄幸そうな女がひとり、ぽつんと立っている。


 白い肌に胸元のはだけた白い装束から、むっちりとした太腿を覗かせている。


 腰まである銀色の長い髪が顔にもかかり、目は隠れているが、明らかにこちらを見ている。


 おやおや、これは。


 魔物だとわかっていても、リカルドはごくり、と唾をのむ。

 

 沼のほとりの道を一歩一歩ゆっくり進み、柳の木の傍まで来た。


「………」


 女の姿をした魔物が、か細い声で何か言うが、地獄耳のリカルドにも聞き取れない。


「………」


 か細い小さな声でしきりに何かブツブツ言っている。


 とうとう、魔物に触れるか触れないかまで近づいた。


 俯きかげんの顔の髪の毛の間から上目遣いで、ふるふると銀色の瞳をゆらしてリカルドを睨んでいる。


 怒っているのか、興奮しているのか、はだけた胸元の豊かな胸を上下させて荒い息遣いが聞こえる。


 魔物だと知らなければ、男ならつい声を掛けてしまうに違いない。


 しかし、リカルドは歩みを止めずに道を行く。


「あれ?」


 リカルドは足を止めた。


「通り過ぎちまったじゃねえか。」


 気がつけば柳の木は後方にある。


 女は追いかけて来るわけでもなく、恨めしそうにこちらを見ている。


 仕方なく踵を返して、柳の木の前まで引き返す。


「………」


 が、やはり、魔物はブツブツ言っているだけで何もしてこないので、また通り過ぎてしまった。


 引き返す。


 通り過ぎる。


 また引き返す。


 こんな事を五往復ほど繰り返した。


 「弱ったな。」


 いくら報奨金のかかった魔物とは言え、向こうから何もしてこないのに、やっつける訳にはいかない。


 かと言って、あんな見え透いた美人局に引っかかるのは、仕事の為とは言え恥ずかしい。


 とは言え、このまま何もせずにグイユェンに戻る訳にもいくまい。


「仕方ねえなぁ。」


 とうとうリカルドは決意した。


 この冒険の顛末を、後でリリアンに聞かせてやる事ができるだろうか?

 

 できないならできないで、まあ良いか。


次章はお子様には不適切な描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

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