第十四話 おっさんの残念な冒険 4
借金の銀貨六枚を差し引くと金はほとんど残らなかったが、リカルドはそのわずかな有り金で、温室咲きの花を一輪だけ求めた。
南国風の派手な花は、リリアンの印象とは違ったが、普通の花ならば薬草園にたくさん咲いている。
いつだって、特別な人には特別なものをあげたいのだ。
しかし、何だか、リリアンに会うのが恐ろしい。
あの晩以来、毎晩リリアンが夢に現れるようになっている。
目が覚めた後も、触れた感触、甘い匂い、がはっきりと残っている。
夢にありがちなご都合主義の展開もなければ、リリアンが途中から蛙だの坊主だのに変わって目が覚めるというオチもない。
お互いに緊張してぎこちないところすら妙に現実的なのだ。
しかも夢の中のリリアンは相変わらずおばあちゃんのお下がりのような残念な寝間着ではあるものの、毎晩、お湯を使った後のような甘い香りをさせていて、まるで、リカルドの訪れるのを待ってくれているようだ。
それだけではない。
最初の晩は頬に口づけるだけで、唇にすら触れずに終わったが、いや、それすらもびっくりしたのだが、日を追うごとにいろいろ大変なことに、それはもう、いろいろ大変なことに、なっている。
現実のリリアンを目にした時、自分はどんなふうに向き合えば良いのか。
しかも、そんな夢を見るものだから、眠っているはずなのに、いまいち眠った気がしない。
寝不足に空腹も手伝って、ふらふらになりながらイーラーの薬草園にたどり着いた。
薬店では、イーラーが沈んだ声で出迎えてくれた。
いつもならリリアンがスレッジ・ハマー号のために外へ出てきてくれるのに、今日は影すらも見えない。
「最近、リリアンの様子がおかしくて。この前から部屋にこもりきりなの。」
イーラーは、気もそぞろにそんなふうに言うと、いつもなら何だかんだ自分の取り分を主張し、ちゃっかり懐に入れてしまうのに、金はリリアンがいらないと言ってるから、と、たまった支払いの銀貨以外は受け取らない。
外見は少女のイーラーだが、妹か娘か、あるいは孫のように可愛がっているリリアンが本当に心配なのだろう。
唇を震わせて話す姿は今にも泣き出しそうだ。
「ぼんやりしてて、この前なんて、刺繍の布をうっかり切っちゃって、だめにしちゃったの。
薬も効かないし。
病気ってわけじゃないんだろうけど、何か悩みでもあるのかしら。市長の娘さんからレースを返されたことが気になってるのかしら。」
「そうか。
そりゃあ、心配だな。」
知らないとは言え、リカルドは毎晩、不謹慎なリリアンの夢を見たりして、申し訳ないような気になってしまう。
「邪魔しちゃ悪いから、今日は帰るよ。名犬サーブも一緒に。」
イーラーがサーブを呼ぶと、黒い犬が台所から姿を見せた。
「サーブ!?
お前、名犬サーブなのか?」
哀れにも、名犬サーブはボンネットを被せられ、首には前かけ、耳には花がさしてあり、体中あちこちにリボンを結んでいる。
尻尾は三つ編みになっていて、先っぽには大きなリボンがつけてある。
「ご主人様と離れ離れになって寂しそうだったから、元気になってもらいたかったんだって。」
そんな事はどうでも良いという様子でイーラーが言う。
「そ、そうか、ありがとうと伝えてくれ。」
リカルドは、先ほど買った蘭を置いて、薬草園を出た。
「ご苦労だったな、名犬サーブ。さあ、もうそのボンネットをとってもいいぞ。」
リカルドはサーブの頭に触れようとしたが、意外にも気に入っているのか、ボンネットを取りたがらない。
「まあ、いいか。」
名犬サーブとの久しぶりの再会ではあるが、ほかのことに気を取られ、もふもふする気も起こらない。
何しろ、この調子だと、これまでの進捗からさっするに、今夜はきっと、いよいよリリアンと、その、そう言うことになりそうなのだ。
夢とは言え、はやる気持ちを抑えることができない。
むろん、これが現実ならば許されないのだろうが、夢は自分でコントロールできないのだから仕方がないことなのだ。