新・リリアンの冒険 リリアン姫と戦士リカルド
リリアンの妄想回です。
「お願い、リカルド様。それ以上おっしゃらないで。私を苦しめないで。」
「いいえ、何度でも申し上げます。リリアン姫、貴女をお慕い申し上げます。心から……!」
戦士リカルドはリリアン姫のその華奢な身体を激しく抱いた。
「ああ、リカルド様。」
拒まなければならないのに、リリアンには抗うことができない。
そのままリカルドの逞しい胸に身を委ねた。
「貴女にはお家の定めた婚約者がいる事はわかっています。こんなちんぴら戦士の俺とは比べ物にならないほど、地位と人徳と、美貌を備えたウィリアム王子が……。もしも、この俺よりもその王子を愛しておいでならはっきりとそうおっしゃって下さい。さあ、貴女のその花びらのように愛らしい唇でもって、俺の儚い希望を絶ってください。」
リリアンはリカルドの胸の中で啜り泣いた。
「私の気持ちはご存知のはず。でも私には何も申せません。」
リリアン姫と婚約者のウィリアム王子とは産まれた時からきょうだいのようにして育った。
愛とか恋とかを意識するような間柄では無いが、大人になったら結婚する事に何の疑問も抱かずに来た。
リリアンの前にリカルドが現れるまでは。
しかし、リリアンは首を振った。
「ウィルは大切なお友達だもの。彼を裏切るわけにはゆかないわ。」
リカルドは苦痛に顔を歪めるリリアンの頬につたう涙をそっと拭った。
情より義を取るその姿、リカルドはそんなリリアンに恋をしたのだ。
「わかりました、リリアン姫。貴女を苦しめるくらいなら、己が血の涙を流す方がずっとたやすい。今宵、俺は貴女の前から去りましょう。」
「リカルド様。」
この温もりに触れるのも今日が最後となるだろう。
二人はいっそう強く抱き合った。
その時、
「恋人達よ、その必要は無い。」
ひとりの男とひとりの女が姿を現した。
「ウィリアム王子、それにキャサリン⁈」
青くなる二人にウィリアムは笑って言った。
「リリアン、僕たちは小さな頃から婚約者である前に親友だったよね。親友の幸せは我が身の幸せ、だろう?」
「私に任せて。あなた達二人を上手く逃してあげるわ。」
ウィリアムの傍らに立っているキャサリンもいたずらっぽく笑った。
「おいおい、私に、は、ないだろう。ドラゴンと渡りをつけたのはこの僕だよ。」
手柄を横取りされそうになったウィリアムは慌てて言う。
「はいはい、ドラゴンにコネがあるなんてさすが王家の人間は違うわね。偉い、偉い。」
「ふふふ、まあね。」
「でも、計画を立てたのは私よ。」
いつもの二人の掛け合いに、リリアンとリカルドの顔も思わずほころぶ。
「ただ駆け落ちして身を隠すだけじゃダメ。ウィルとリリアンの婚約解消を皆に納得させなきゃ。」
キャサリンのことばにリリアンとリカルドは顔を見合わせた。
どうやってそんな事ができると言うのだ?
「だから私に任せてって言ってるでしょ?」
自信あり気に顎を上げ、頭を反らすキャサリンのその手には、ベストセラー小説「悪役令嬢と七人の貴公子」が握られていた。
「リリアン。君とは結婚できない。」
王立アカデミー。
そこでは身分の貴賤を問われることはない。
誰もが平等、故に、国王の嫡男たるウィリアム王子や公爵家のリリアン姫、そして平民のキャサリンでえ、同じ学舎で机を並べ共に学ぶ仲であった。
その王立アカデミー開校記念祝賀会にて、リリアン姫は大勢の人々の見守る中で婚約者のウィリアム王子にそう告げられた。
ウィリアム王子の傍らには、王子の学友でリリアンの親友でもあるキャサリンが控えめに立っていた。
ウィリアム王子は朗々たる声音で尚も言う。
「親友のフリをして、君がキャサリンに悪質な嫌がらせをしていた事を、この僕が知らなかったとでも言うのかい?」
(まさか、あのリリアン姫が?)
(でも誰も、リリアンでさえ否定しないわ。)
(まるでお話の一場面ね。)
思いもかけないゴシップに立ち会う事となり、息を殺して成り行きを見守る野次馬達の囁き声を聞きながら、キャサリンの俯いた前髪に隠れたその瞳がキラリと光った。
そんな事があったその晩の事、ひとりの戦士がひとりの姫を腕に抱え、闇に紛れて荒地を行く姿があった。
「リリアン姫、寒くはありませんか?」
「いいえ、温かいわ、とても……。」
「ウィリアム王子とキャサリン殿の話では、ブスニァオ火山の麓に年老いたドラゴンがいるのだそうです。そのドラゴンが火山の中で身体を癒やしている間、リリアン姫の身体を貸して欲しいのだとか。代わりに、姫はドラゴンが粘土で作ったドワーフの娘に乗り移るのです。そうすれば、もし姫の身体が連れ戻されても、俺たちは引き裂かれずに済むでしょう?」
「そして、私達は誰も知らない遠くの場所でいつまでも二人だけで暮らすのね。」
「いつまでもではありません。ほとぼりが冷めたら、また皆に会える日も来るでしょう。」
「そんな我が儘が許されるのならば。」
リリアンは幼い頃から母のように我が身を慈しみ、導いてくれた養育係のアリア修道女を想った。
皆の前で平民いじめを告発され婚約破棄を言い渡されたリリアンを、我が事のように胸を痛めているだろう。
荒地を抜けて、森へさしかかるところで、リカルドはふと足をとめ、リリアンを地に下ろした。
そうして、リリアンの前に跪き、彼女の白く細い手を取り、唇に押し付けた。
「リリアン姫、いや、リリアン。」
「ひにゃっ。」
「俺はまだ貴女の答えを聞いていませんでしたね。愛しいリリアン、貴女も俺と同じ気持ちですか?」
リリアンは頬を染め目を潤ませた。
その答えを告げる日をどれほど焦がれ、待ち望んだ事であろう。
「もちろんですわ、リカルド様。お慕い申し上げます。心から……!」
リリアンの手から離れたリカルドの唇が、次はどこに押し当てられるのか……。
リリアンは期待に胸を膨らませ、目を閉じた。
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