新・リリアンの冒険 お姫様!
リリアンの持参したお茶とお菓子でアリアの心も落ち着いたようだ。
食事中もずっとソワソワとしていたが、ゆったりと椅子に腰掛け、お茶を飲み始めた。
「私、後片付けしてきます。」
再び台所へ戻ろうとするリリアンに、
「いいのよ、アグニス様の言う通り、こうしてアグニス様とお茶をいただくのもこれでおしまいなんだもの。ゆっくりしましょう。」
そう言ってお茶を勧めた。
「な、アグニス婆ちゃんの被害妄想だろ?」
リカルドはアグニスを見てニヤリとした。
「ば! 余計な事……!」
アグニスが頬を赤らめると、両頬から一瞬、ぽっ、と炎が見えた。
「被害妄想って何ですの?」
アリアが怪訝そうにアグニスを見る。
「アグニス婆ちゃん、子供みたいにスネてるんだ。アリア婆ちゃんと別れるのが寂しいもんだから。」
「なっ! 違っ……!」
「違うのか?」
「違わん……。」
アグニスの顔は燃えるように真っ赤になり、しゅーっ、と湯気まで立ち昇っている。
アリアはふっ、と微笑んだ。
「私も寂しいわ。本当です。アグニス様には四十年はあっという間かも知れませんが、私は人生の大半をアグニス様と過ごした事になるのだもの。」
「世話になったの。礼を言うぞ。」
アリアが手に持つティーカップをアグニスに掲げると、アグニスもそれに応え、自身のティーカップとアリアのティーカップをチン、と鳴らした。
「ふふふ。」
皆のやり取りを見守っていたリリアンも笑みを漏らす。
「何? リリアンさん、何がおかしいの?」
「リカルド様って、お婆ちゃんキラーですよね。」
「はあっ!? それ、褒めてるの?」
「ふふふ。もちろんです。」
リリアンはくすくす笑いながらリカルドにお茶のおかわりをついでやった。
お婆ちゃんキラーなど、そんな称号は別に有り難くもないが、リリアンが褒めてくれるのならまあいいか。
「……けれど、やはりオフィリア姫をお連れする事はかないませんでした。」
アリアはか細く震えた声で呟いた。
オフィリア姫!
一方的な婚約破棄に遭い、失意のうちに出家した、あの?
キンバリーのお婆ちゃんの親戚なんだか知り合いなんだかよくわからない人が同級生だと言う、あの?
小説のモデルとまで噂されている、あの?
気になるキーワードにリリアンはぴくっ、と反応したが、また余計な口を挟んでアリアの気分を害したくはない。
溢れそうな好奇心を薬草園のお茶と一緒にお腹に流し込んだ。
「もうほとんど粘土に戻っているようなの。今動かしたらぼろぼろに崩れてしまうだろうって。」
アリアはカップを見つめながら唇を噛み締めた。
リカルドはアグニスの方を向いた。
「雑な仕事してんじゃねえよ。耐用年数考えて作ってやれよ。」
「相手はお姫様じゃぞ。労働するとは想定していなかったんじゃ。」
「意識はあるのか?」
「それは大丈夫。良く効く気付け薬を探して来てな。それを使っている間は大丈夫じゃ。」
「? ふうん……?」
どうやら、ドラゴンだけではなくお姫様まで関係しているらしい。
リリアンは皆の話に黙って耳を傾けながら、猫のぬいぐるみの下の顔は興奮して真っ赤になっていた。
今度はアリアの代わりにリリアンがソワソワしてしまう。
正に、事実は小説より奇なり。
リリアンにとって、リカルドが度々話して聞かせてくれた冒険物語は心踊るものだったが、正直に言って、貸本屋で読むお話と同程度の意味合いしかなかった。
自分とはかけ離れた、別の世界の出来事だと思っていたのだ。
そりゃあ、イーラーのような国でも指折りの優れた魔女の元で暮らすリリアンだって、人によっては羨む者もあるだろう。
有害なモンスターを駆除する女子パーティーのブリーズ☆シスターズや、街の結界を守護する魔導士ロイ・ガードナーだって、唯一無二の素晴らしい仕事をしている。
けれど、ドラゴンや王族と関わりになれる人間などそうは居ない。
都市国家にはそれぞれの都市に王を名乗る元首を置いているところもあるが、彼らは言ってみれば地方豪族のようなものだから、やはり本物の王族は特別なのだ。
王宮を舞台に繰り広げられるレンリーの小説がこれほどまでに人気なのもそのためだ。
まさか、まさかこの自分が、友達のいない、裁縫しか取り柄の無いつまらないリリアンが、王族の関係者やドラゴンと言葉を交わす事になろうとは。
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