新・リリアンの冒険 ドラゴンと修道女
「大昔、高齢で弱ったドラゴン・アグニスは、老いた身体を癒すため、不死鳥の火山の炎の中で眠りについたんだ。」
「そんなに言うほど昔じゃありません。せいぜい、四十年かそこらです。」
リリアンに仔細を説明するリカルドに、食後のお茶を飲みながらアリア修道女がピシャリと言った。
「はいはい。そうですよね。すみません。」
リカルドも素直に応じる。
「ひにゃー、不思議なお話ですね。」
リリアンはデザートのヨーグルトをいただきながらそう言ってはみたものの、目の前にいるこの女性が実はドラゴンだ、などと言われても、にわかに信じがたい。
「四十年! いやー、あっと言う間の事じゃったのー。」
自らをドラゴン・アグニスと名乗る尼僧はルビーのような燃える瞳をキラキラと揺らしながら高らかに笑った。
「四十年があっという間?」
驚くリリアンにアグニスはにやっと笑った。
歴史書に記されたドラゴン・アグニスの一番古い記録は六百年以上も前だ。
ルビーの鱗に身を包み、鮮やかな炎の吐息と燃えるような眼差し、圧倒的な力を持つ一方で非常に知恵深いとされる。
しかし、高齢ゆえに脳機能もすっかり低下してしまい、しばしば暴走を繰り返していたという。
「意識はハッキリしていても、身体が言う事をきかなくなってしまっての。こっちの意思とは無関係にあちこちで暴れまくって、魔獣どもともいざこざは絶えないし、仲間内のドラゴンからもひんしゅくを買いまくりの老害っぷりで、今思い出しても情け無くて顔から火が出る思いじゃー。」
アグニスはそう言って頬をぽっ、と染めたが、リリアンには一瞬、本当に炎が見えたような気がした。
「ま、そんなわけで、リッキー坊やの言うとおり、ポンコツになったわらわの身体を不死鳥の火山で癒やすことにしたのじゃ。ほら、不死鳥の火山の炎には回復効果があるからな。」
「火山の炎にそんな効果があるんですか?」
リリアンはさらに目をまるくする。
「人間だって温泉に入るだろ? あれは火山の効能が水に溶けているんだよ。もちろん、人間が炎をそのまま浴びたら燃えちゃうんだけどね。」
「なるほどー。」
リカルドの説明にようやく納得がいった。
イーラーがリカルドに火山の炎を土産に頼んだ理由も合点がゆく。
薬草園に自前の温泉でも作る気なのだろう。
「で、待つこと四十年。そろそろわらわの身体も癒えている頃じゃろうから、これから不死鳥の火山へ取りに行く、と、こう言う訳なのじゃー。」
そこまで話し終えるとアグニスはぐっとお茶を飲み干した。
「ひととおり説明も終えたことですし、そろそろ参りましょう。」
アリアが待ちかねたように席を立った。
しかし、アグニスはその場を動かず空になったカップをアリアに差し出した。
「お茶のおかわりをもう一杯くらい良いじゃろ? 人間のフリをして人間の茶を飲むのもこれで最後なのじゃぞ。」
「…………。」
アリアは何か言いたげにアグニスを見たが、
「では、茶葉を変えてきましょうね。」
ティーポットを持って席を離れた。
「あ、私がやります。」
リリアンも慌てて後を追う。
老婆達ににチヤホヤされて忘れかけていたが、リリアンはお客様ではないのだ。
「アリア婆ちゃんをイライラさせるなよ。この日を待ち焦がれていたんだぜ、分かるだろ?」
アリアとリリアンが台所へ姿を消すのを見届けてから、リカルドは小声で言った。
「飯を食わせろと言ったのはお前じゃろうが。」
アグニスはつんとそっぽを向いた。
「どうせ、わらわはお荷物じゃ。今頃、厄介払いができて清々するとか何とか、台所で影口を言っておるに決まっておる。」
「んな訳ないだろ。僻みっぽいこと言うなよ、本物の年寄りみたいだぞ。」
「なんじゃ、リッキー坊やのクセに偉そうに。だいたい、仕事にかこつけてガールフレンド同伴で来るなんて、リッキー坊やのクセに生意気じゃ。ハレンチじゃ。」
「ぶっ、げっ、げほっ!」
リカルドはお茶を吹き出した。
「同伴出勤じゃ。」
「いや、意味違うだろ……。」
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