新・リリアンの冒険 チェックイン
リカルドとリリアンは、グイユェン市の西側の城壁に隣接する修道院の城門の前までやって来た。
「リリアンさん、人もいるし、ソレ、やめた方が良いかも。」
リカルドは顔だけ猫のリリアンに遠慮がちに言った。
「はい。」
リリアンがローブを脱いで裏返しに着ると、今度は身体は隠されず、いつものリリアンがローブを着て現れた。
あと数分で日の出の時刻だ。
修道院の門の前には、既に開門を待つ人々がちらほら立っている。
転送魔法は誰もが使える種類の魔法ではない。
王族や上位貴族、上級魔導士は、屋敷内に自前の転送室を持っている場合もあるが、多くの場合は、通行税を支払い、修道院の転送室を使う事になっている。
「チェックインのお手続きがまだの方はこちらへどうぞ。」
門の傍のカウンターから修道士が声を張り上げている。
リカルドとリリアンはカウンターの前へ立ち、各々の身分証であるメダルを修道士に差し出した。
「リーチュアンのリカルドさんと、薬草園のリリアンさん、ですね。同行のブラックウルフ種はリカルドさんの所有、と。行き先はブスニァオ尼僧院……。」
修道士はメダルを石版にかざしながら読み上げ、
「はい、ありがとうございます。通行手形をどうぞ。門の中に入ったら転送先の修道院を出るまでは全ての魔法は使えませんからね。アイテムの魔法も発動させないようにご注意下さい。そちらのわんちゃんは大丈夫ですか?」
テキパキと二人にメダルと通行手形を渡しながら名犬サーブを見た。
「魔法とわんちゃんに何の関係があるんですか?」
「だって、こちらのわんちゃんはブラックウルフ種でしょう? 吠えないように口輪をつけて下さい。」
首を傾げるリリアンに修道士は言う。
「わんちゃんが吠えちゃいけないの?」
そう言えば、名犬サーブが吠えているところをほとんど見たことがない。
と、
「わん。」
サーブがひと吠えすると、
ぽ。
と、修道士の頭の上にデイジーの花が咲いた。
「ひゃっ。」
「おやおや。」
驚くリリアンと修道士。
「わわわわわわわん。」
「あっ、コラ。」
リカルドは慌ててサーブの口を抑えた。
ぽぽぽぽぽぽ。
修道士の頭はたちまちデイジーの花でいっぱいになった。
「ま、まだ門の外だからセーフだろ?」
「はは、いたずらっ子ですね。」
慌てるリカルドだが、デイジーの花の冠を頭に乗せた修道士は咎めるどころか嬉しそうだ。
サーブは得意気に頭をそらした。
「わんちゃん、すごい、すごーい!」
リリアンも興奮して修道士の頭からこぼれ落ちたデイジーの花々を拾った。
「やれやれ。大人しくしててくれよ。」
リカルドはサーブの黒くすべすべの長い鼻に口輪をはめ、首根っこを抱えて逃げるように受付を離れた。
「知りませんでした。わんちゃんにあんな素敵な魔法が使えたなんて。すごいなあー。」
リリアンははしゃぎながら拾ったデイジーの花をぬいぐるみの猫の耳元につけた。
「私も修道士様とおそろいです。」
「かわっ……!」
リカルドはがっくりと膝をついた。
「ど、どうしたんですか、リカルド様、大丈夫!?」
「い、いや、何でもない。何でもないが……!」
お花をつけた猫ちゃんリリアンは 世界一有名なファンシー・グッズのあの猫ちゃんのようだ……!
イーラーに高い手間賃を踏んだくられたのが今こそ報われた。
やはり俺の名犬サーブは名犬の名に恥じない名犬中の名犬だ。
ありがとう、ありがとう、名犬サーブよ、ありがとう……!
リカルドは感謝を念を込め愛犬の頭をぐりぐりした。
ご主人に褒めてもらってサーブも嬉しそうだ。
程なく、修道院の塔から日の出を知らせる鐘が鳴った。
「あの、リカルド様、わんちゃんが可愛くてよしよししたいのは分かりますが、門が開いたみたいです。」
「ああ、じゃあ行こうか。」
リリアンに促され、修道士の誘導に従いリカルドとリリアン、それに口輪をつけた名犬サーブは修道院の門をくぐった。