第十話
とりあえず、このお話のエピローグです。
「やあー!リッキー、おっかえりー。」
イーラーが、まるで長旅に出ていたお父さんを迎える女の子のように、家から飛び出してきた。
「みろ、気づかれちゃったじゃいか!」
リカルドが慌てて言う。
もっとも、薬草園はイーラーの身体の一部のようなものだから、リカルドの訪問にもとっくに気がついていたはずだ。
しかし、さすがのイーラーも、リカルドの斬新なマントを見てぎょっとした。
「何?ど、どうしちゃったの?
その、、、。」
「なかなか似合うだろ。
みんなが振り返って見るんだ。」
リカルドはさっきみたいに胸を張って、マントがよく見えるように、裾をつかんだ右手をまっすぐ横に伸ばしてから胸元に持ってきた。
「、、、だろうね。」
古い付き合いだ、今さらリカルドの謎の行動にいちいち理由を聞くことはない。
そのうちこの奇行にも自分で気づくだろう。
「銀貨持ってきた?」
リカルドは急に及び腰になる。
「いや、あのな、魔物を倒そうとしたんだが、命乞いをしたから、そのな。」
「そうなんだ。」
イーラーは、外見に似合わず人の好いこの男が、みすみす報奨金をふいにしたことを悟った。
これもいつもの事だ。
「そうそう、いたずらに殺生をすれば良いというものではないからな。」
「じゃあ、スレッジ・ハマー号は今日からあたしのだね。よろしくハマー。」
「ひひん。」
水を飲んでいたハマーが顔をあげ、歯をむいてイーラーに応える。
「いや、待て、まてまてイーラー、ちょっと向こうで話そうか。」
リカルドはイーラーを小脇に抱え店の中へ入って行った。
「それ、その髪飾り、癒しの力が宿っているのね。ぴりぴりするものを感じたから、何かと思ったけど。」
イーラーが目ざとく甲冑の裏側にある髪飾りに気がついた。
子供のように見えるが、そこはやはり熟練の魔法使いなのだ。
「しばらく手元に置いておいたら、治ると思うか?」
イーラーは首を振った。
「無理ね。時間が経ち過ぎてるから、薬も魔法も効かない。リリも必要ないって言ったんでしょ?」
「ああ、そうだな。」
「でも、ありがとう。何だか、リリが幸せそう。髪飾りのせいかしら。」
珍しくイーラーが優しく言う。
手を伸ばして指輪をたくさんはめた小さな手を、リカルドの頬に当てた。
知り合った頃と比べ、ずいぶん傷痕が増えた。
ただでさえいかつい外見なのに、戦争でこんな顔になってしまって、最近ではヤケクソになっているようにも見えたが、こう見えて顔の傷と同じくらい心も傷ついてるのだろう。
本当は優しい子なのに。
しかし次の瞬間には、いつもの図々しいおばちゃんに戻っていた。
「リリがいらないなら、レースと薬草の代金としてあたしがもらうね。」
甲冑の中に手まで入れて髪飾りを取ろうとしている。
慌ててリカルドが遮る。
「これは、だめだ。沼の主に返しに行く。あの人と約束したんだ。」
「あの人って?」
「リ、リリアンさんに決まってるだろ。」
「ふうん。」
またもや、噂好きのおばちゃんのようなニヤニヤ笑いを浮かべる。
「なんだよ。」
「いい歳して、何赤くなってんの。相変わらず、女にはうぶなんだから。」
「何だと!?」
やはり、知っていたのか。
「ちくしょう、笑いたきゃ笑え。」
「本当、お笑いグサだね。」
「ほっとけ。」
「本気なの?」
「悪いかよ。どうせ釣り合わねえよ。」
「いじけないの。良いんじゃないの?初々しいくて。」
「けっ、言ってろ!」
しかし、もし知られたら、もっと馬鹿にされるか、厳しく諌められることを覚悟していたが、この程度で済んだ事は意外だった。
もっとも、今のイーラーの関心はそこではない。
「じゃ、約束どおり、ハマーで勘弁しとくね。」
「いや、いや、まてまて、イーラー、いや、イーラーさん、よく話し合ってみようじゃないか。」
二人の間でどんな取り決めがあったのかリリアンには知る由もないが、騾馬のスレッジ・ハマー号のかわりに、ブラックウルフ種のサーブが薬草園に残ることになった。
「名犬サーブよ、すまない。少し辛抱しておくれ。すぐに、すぐに迎えに来てやるからな。」
リカルドも今回ばかりは本当に申し訳なさそうに言う。
しかし、名犬サーブはどこかから掘り返して来た、この前リリアンからもらった骨に夢中で、遠くの方で黒い影が飛んだり跳ねたりするばかりで、主人の語りかけに応じることもない。
「くうっ。」
リカルドはさも無念そうに歯を食いしばる。
「リカルド様、蛙の魔物を懲らしめた時のお話、今度ぜひ聞かせて下さいね。」
リリアンが励ますように言うが、今のリカルドには、せっかくのリリアンの願いに応える気力もない。
「ああ、まあ、そのうちにな。」
イーラーがさも面倒臭そうにリカルドを追い立てる。
「もう行きなよ。
取り返したければ、さっさとお金を用意してきてちょうだい。
リリの頼みで髪飾りを返して来てくれるから、特別に利子はすえおきにしといてあげるから。」
「鬼ババ」
「は?何?」
「何でもない。
じゃあな、イーラー」
こうしてリカルドは、踵を返し、二、三歩行きかけたが、思い返して、もう一度振り返った、
「さよなら、
り、リリアン、さん。」
やっぱり怒っているようなぶっきらぼうな声でそう言うと、リカルドは騾馬を引きずるようにして今度こそ行ってしまった。
かぶりものをしているリリアンが今どんな顔をしているかなんて、イーラーにはわからないはずなのに、大きな人懐こい瞳がさっきから面白そうにこちらを見ているのが何だか癪にさわる。
耳まで真っ赤になっているのに気がついているかも知れない。
お読みいただきありがとうございました。
第十一話から、おっさんの残念な冒険が始
まります。
リリアンのお願いで蛙に髪飾りを返しに行く事にしたリカルドは不思議な体験をします。
よろしければ引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。