リリアンの誕生日⑨
リカルドがヤンセンなんかの為にわざわざ羊肉を取り寄せる訳がない。
もちろん、リリアンの誕生日に相応しいご馳走を作るために特別に用意したのだ。
リリアンの誕生日はもちろん、羊肉麺が大好物だという事は、とっくにリサーチ済みだった。
ヤンセンのことは相変わらず気に入らないが、リリアンの為に誕生日パーティーをずっと前から計画していたと言うから、渋々料理係を引き受けたフリをして便乗させてもらう事にした。
羊肉特有の匂いをどうやって誤魔化そうかと頭を悩ませていたが、おバカ娘パーティーのへっぽこ白魔法使いがリリアンを引きつけておいてくれたおかげで、リリアンの留守中に支度をすることができたし、なぜかロイ・ガードナーがフラフラ訪ねて来たので顎で使って雑用を押し付けた。
そうこうするうち、イーラーが巨大なケーキを抱えて戻って来て、一緒にやって来たヤンセンやキンバリー達が中庭の飾りつけを始めた。
女子どもが花やら何やらを持ち出してわいわいきゃあきゃあやっているところで、ようやく、自分は部外者かも知れないと気がついた。
セレブで美形で皆と幼なじみのロイはいつの間にか溶けこんでいるが、明らかにリカルドは場違いだ。
仕方がない。そもそも、リカルドはここの下働きをしているのだ。
リリアンの誕生日に自慢の腕をふるえるだけでも幸せな事だ。
リリアンが目隠しをされ、ヤンセンとユミアナに手を引かれて台所を通り過ぎて行くのを見送り、中庭から聞こえるリリアンの歓声や皆の笑い声を聞いているだけで満足だった。
「もしかして、ぬいぐるみをはずしてゆっくり食べたいの?」
羊肉麺のお椀を持って台所へ入って来たリリアンに、リカルドは目に勝利の色を浮かべて言った。
皆と食事をしているときでもぬいぐるみを外さないリリアンだが、リカルドがとっても美味しい料理を作った時は、ぬいぐるみを外してゆっくり食事を楽しむためこうして席を外すのだ。
「リカルド様、メリーさんのお孫さんはやっぱり私の為だったんですね。」
「いや、そこは普通に羊肉と言おうよ。」
「はい。リカルド様、やっぱり、私の為に羊肉を取り寄せて下さったんですね。」
「ははは、まあね。」
「ありがとうございます。さっき台所を通った時、もしかしたらって、思ったの。ふふっ良い匂い。」
「待って、すぐに出るから。」
「あっ、あっ、待って下さい。」
台所を出ようとするリカルドをリリアンは慌てて呼び止めた。
「こんなご馳走を用意して下さって、後片付けまでさせた上に、追い出すわけには……。」
「何を言ってるんですか、お嬢様、俺はここの下働きなんですから当たり前です。」
「もう、リカルド様ったら。」
いつものリカルドの冗談にリリアンは微笑んだが、ひと呼吸おいて、口を開いた。
「でも、リカルド様のお邪魔じゃなければ、ぬいぐるみを外して、ここでいただいても良いですか?」
「ふぁっ⁉︎」
リカルドは思わず手にしていたせいろを下に落としてしまった。
「あ、ああ、もちろんだよ。見たりしないから、ゆっくり食べてね。」
「ありがとうございます。」
リリアンはリカルドに背を向け台所のテーブルにつくと、ぬいぐるみを外してテーブルに置いた。
リカルドは慌てて転がったせいろを拾うと、いそいそと片付けに戻った。
見て下さっても良いんです。
リリアンは心の中でそう呟いたものの、声に出すことはできなかった。
高貴な身分の深層のお嬢様のご尊顔を拝する訳ではない。
目の前にあるのは、大して可愛くもない傷だらけの女の子の顔だ。
それでも、リカルドには自分のありのままの姿を見て欲しい。
単に好奇心を満たす為でも良い。
ガッカリされても、気まずくなっても良い。
ありのままの自分を受け止めて欲しかった。
けれども、リカルドがこちらを見ない事はリリアンにはわかっていた。
そう言う人なのだ。
私の大好きな戦士様は、そう言う人なのだ。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次章は、このお話の最終回です。
長くなってしまいましたがお楽しみいただけたら嬉しいです。