リリアンの誕生日⑧
「あんたからは何にもないの?」
皆の輪の中心でニコニコしているだけのロイにヤンセンが言った。
「僕はたまたまリカルド先生のところへご挨拶に来たら、先生が素晴らしい料理を作っておられて、もう少しいたら先生特製の羊肉麺が食べられると聞いたものだから。」
何かいけなかったですか? という口調でロイはしれっと答えた。
産まれついてのセレブはパーティーに出席しない方が失礼くらいに思っているようだ。
「はあっ? だから呼んでもいないのにこんな所にいるのね! 早く帰りなさいよ!」
「パーティーの準備は君よりも貢献しているぞ、ヤンセン。君は唯一作ったリースまでそんなにぐしゃぐしゃにしてるじゃないか。リリアン殿、そんな訳で、僕は君の誕生日をさっき知ったばかりなんです。後でプレゼントを届けさせますよ。同担推しの僕のとっておきのコレクションの中から、厳選して、素晴らしいものをね。」
ロイは胸を張った。
「ありがとうございます。楽しみにしています。」
リリアンは微笑んだ。
そう言えば、リカルド様は?
リリアンがそう尋ねようとする前に、
「さあさあ、リリ、立ち話していないで座って、座って! お料理が冷めちゃうわ。」
「リカルド先生の羊肉麺、僕が誰よりも先に味見させていただいたけど、最高なんですよ。上に乗ってるこの青菜は僕が洗ったんです。きれいに洗えてるでしょう?」
イーラーやロイに促され、リリアンがテーブルに着くやいなや、先程から中庭中を漂っている羊肉麺のスープの良い匂いに、皆、これ以上我慢しきれず箸を取った。
美味しい……。
そして、うっとりと空を見つめた。
こんなに美味しいスープは食べた事がない。
羊肉特有の臭みはあるものの、チーズのようなミルキーな香りと味わいで、羊肉の苦手なヤンセンもスープを運ぶ手が止まらないくらいだ。
羊肉も箸でも切れるほど柔らかく煮込んである。
茹でる直前に打った太い麺も、もちもちしていて、ところどころ太さが違うので、いろいろな食感を楽しむ事ができる。
「リリ、無理しなくていいから、ぬいぐるみを取って向こうでゆっくり食べて来なさいよ。」
イーラーが言った。
「で、でも、せっかくみなさんが……。」
「大丈夫よ。みんなしばらく口も利けないから。」
キンバリーが口の端に麺を垂らして恍惚とした表情で言った。
他の者はリリアンには目もくれず、黙々と羊肉麺に挑んでいる。
「リカルド先生の羊肉麺……! 羊肉特有の臭みが癖になるところなど、まさにリカルド先生そのもの……これこそ先生の味……最高だ……まさに禁断の味……!」
ロイなどは、キラキラと涙を流し、形の整った鼻でハナミズをすすりつつ、ぶつぶつ喘ぎながら麺をすすっている。
……こいつはこの街一番の秀才でイケメンには違いないけど、ものすごくおじさん(リカルド)に似ているところがある……。
ヤンセンはロイから顔を背けながら考えた。
「じゃあ、遠慮なく。ちょっと失礼します。」
イーラーもキンバリーも、誰もリリアンには答えず、かちゃかちゃと食器の鳴る音と、麺をすする音だけが中庭に響いている。
リリアンもいそいそと台所へ入った。
「あっ。」
「やあ。」
リリアンが台所へ入ると、リカルドがひとり後片付けをしているところだった。
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