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第九話

ほんの少しだけ、二人の距離が縮まるかもしれません。


「似合います、とっても。」


「そ、そお?」


「ええ。」


 せっかく勇気を振り絞って打ち明けた事には全く何の反応もなかったのには、拍子抜けしたのと、安堵したのと半々だが、リリアンの心からの賞賛だけで、リカルドには充分だった。


「へへ。」


「ふふ。」


 リカルドの照れ笑いに、リリアンも返してくれる。


 ぬいぐるみの下の顔なんてわかるはずもないが、何だかいつもよりずっとリリアンが可愛らしく見えた。


 彼女の笑い声は鈴がころがる音のようだ。


 市井の女達がリカルドに対してやるような、嫌なクスクス笑いではなく、子供をあやす母親を思わせるような甘く優しい声。


 

「そうだ。」


 リカルドはふいに思いつき、甲冑の裏側に差し入れていた物を取り出した。


「これを、その、あんたに。」


 そう言うと、リリアンの猫のかぶりものの右耳のところに何かを乗せた。


 右の頭の方から、ぴりぴりちりちり心地よい刺激を感じる。


「何かしら」


「沼の主がこれを差し出して命乞いをしてきた。


 もともとは蛙が変化しただけの害のない生き物だったんだ。


 けれども、ペテン師の魔導士に騙されて先祖伝来の家宝を盗られちまったらしい。


 ああいう生き物は、一度何かに執着すると、それしか考えられなくなる。


 人を襲ったのも、ただ家宝を返してほしかっただけなんだ。


 もう襲うことはないよ。


 そんな事をしても宝は返ってこないとわかったみたいだから。」



「まあ。盗られた家宝、取り戻せるといいですね。ものさがしのお守り袋、まだあったかな。」


 リリアンが手に取って見てみると、それは銀色のユリの花の髪飾りだった。


 キラキラと白い光の粉を放っていて、その光からぴりぴりするものが出ている。


 光の粉はちかちかとリリアンの周りをしばらく漂い、やがて消えてしまった。


「きれい。」


 もう一度光の粉を見てみたくて髪飾りを少し振ってみたが、何も起こらない。


「不思議ね。こんなすばらしいものを見せていただけて嬉しい。ありがとうございました。

何だか心が晴れやかだわ。なぜかしら。



リカルド様。」


「へ!?」


「どうなさったの?」


「い、いや、」


 リリアンがリカルドを名前で呼んだのはこれが初めてだった。


 自分の名前は嫌いではないが、特に愛着がある訳でもない。


 ただの記号に過ぎないと思っていた。


 むしろ、闇の戦士とか、階級で呼ばれることの方が意味のある事と考えていた。


 しかし、リリアンの口から自分の名が呼ばれると、震えるような、泣きたくなるような、何とも言えない心地よい痛みを伴って耳に残った。



「リカルド様、あの、この髪飾り、もし、私のために貰ってきてくださったのなら、私はもう充分見たので蛙さんに返してあげてくださいな。きっとこれも大切なものに違いないもの。

ものさがしのお守り袋も後で探してきますから、その蛙さんによろしくお伝え下さいね。」


「え。いや、しかし。」


 せっかく、、、と言いかけ、言葉を切った。


 リリアンが髪飾りをみて喜ぶ姿はもう見ることができた。


 その上、この俺を名前で呼んでくれた。


 まあ、いいさ。


「淑女の願いを叶えることこそ騎士の誉れ。沼の主に返してやるとするさ。


俺は騎士じゃないけどな。騾馬に乗った、ちんぴら戦士だ。」


 リカルドは、リリアンから髪飾りを受けとり、レースのたくさんついたマントを、さっとひるがえした。


「ゆくぞ、スレッジ・ハマー号

名犬サーブ。



って、おい、何してる。」


 名犬サーブはリカルドの呼びかけには応えず、リリアンの側に来て座っている。


 大きなサーブがお座りをすると、ちょうどリリアンの胸の位置にほどになる。


 リリアンの虫除けのお守りはちゃんと首に下げているが、よく見ると、黒い毛にいがいがや葉っぱがたくさんついていた。


 リリアンは裁縫箱に入っていた、落花生の油をたくさん染み込ませた目の細かい櫛をサーブにあててやった。


 気持ちいいのがわかるのか、お行儀よくお座りをしてされるがままになっている。


 サーブの黒い毛はたちまち

つやつやのサラサラになった。


 リリアンはかぶりものを少しずらしてサーブのすべすべの黒い鼻にキスをしてやった。


 息を飲むリカルド。


 小さなとがった顎に、桜貝のような小さな唇。


 華奢だが形の良い鼻が覗く。


 リカルドは頭に血が昇るのを感じ、慌てて上を向き鼻を抑える。


 よかった、鼻血は出ていない。


 しかし毛穴という毛穴から血が噴き出しそうだ。


 サーブがお返しにリリアンの鼻を舐めた。


 リカルドは我知れず呻き声をあげる。


 よもや飼い犬に嫉妬する日が来ようとは。



「ふふ。」


 リリアンはサーブのざらざらした舌が鼻をくすぐる感触を楽しんだ。


 自分にしか懐かないと思っていた獰猛で有名なブラックウルフ種のサーブが、他の人にじゃれつくのが気に入らないのだろう、リカルドがさっきから渋い顔をしてこちらを見ているのに気がついてはいたが、仲良くしてくれるのが嬉しくて愛しくて、リカルドに遠慮する気にはなれなかった。


 それに、蛙の魔物を殺せば報奨金と髪飾りの両方とも手に入ったのに、そうしなかったリカルドが、自分の思ったとおりの人だったのが嬉しくて、本当に幸せで、なおもサーブの太い首に腕をまわしてすべすべの毛をぎゅーっと抱きしめた。


「ふふふ。もふもふして、気持ちいい。

いい子ね。いい子。

だいすき。

わんちゃん、だいすき。

きゃ、にゃ、あんっ、だめっ。

そんなとこ、舐めちゃ。

ふふっ、くすぐったい。

いけない子ね。

やん、だめだったら。」


 ついにリカルドがリリアンとサーブの間に割って入ってきた。


「いい加減にしろ、名犬サーブ。ブラックウルフ種としての誇りはどこへ行ったんだ。」


 リカルドはサーブの太い首っ玉を脇に挟むと引きずるようにしてリリアンから引き離した。


 先ほどリリアンの唇が触れた黒い鼻先に目がいく。


 つい、吸い寄せられるように、己の唇でその鼻に触れようとした。


「いて、こいつ、俺の鼻を噛みやがった。なんてやつだ。助平で恩知らずなワン公め。いて、やめろと言うのに。」


 嫉妬に狂うリカルドだが、リリアンには愛犬と戯れているようにしか見えない。


 たまに見せるそんな子供らしい一面が、実年齢よりずいぶん幼く見える自分との歳の差を埋めてくれるようで嬉しい。


 

「次はお馬さんの番。さあ、ブラシをかけてあげましょうね。」


 リリアンはハマーの手綱を引いて井戸の方へ連れて行った。


 サーブもしっぽをふりふり、ついて来る。



「お馬ではない。騾馬だ。」


 ひとり置いていかれたリカルドは悔しそうに大声で言った。


第十話はとりあえず、このお話のエピローグです。

第十一話から残念なおっさん戦士の冒険が始まります。

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