魔の理を能く法り宣る者 【終りに】
ご覧下さいましてありがとうございました。
魔の理を能く法る者としてはじまりましたが、最後には魔の理を能く宣る者になりました。
ミスだと気づいたのですが、なぜだかこの方がよさそうで、このままにする事に致しました。
「法る」を、のる、と本来は読みませんよね。
ですが、法面という言葉はあります。
定めて整える土木技術の世界の言葉です。
「宣る」はあります。
神道に伝えられている祝詞で見られます。
祝詞では「宣れ」という表記でした。
古代エジプトの王様、ファラオはお館様という意味だと高校生の頃に世界史の先生が教えてくれました。
そのファラオは閣議の際に「そのように定めてそのように行え」と宣言したと記録に残っているとのことです。
人間の言葉には力があります。
意志と意識とを乖離なく音にしたとき、力が生まれるように私は感じます。
法るとは整えて目的を果たし管理するイメージです。
魔の理、万物を育み流れる原理を法る。
あちこち彷徨う行き場を見失った流れたちを、碁盤目のように組み直して、流れのそれぞれを活かすことは魔法のひとつです。
魔法遣い、なのかも。
宣るとは自身を余すところなく活かせたときに叶う創造の行為というイメージです。
意志と意識とを乖離なく音にするときそれは宣言となり、ファラオの「そのように定めそのように行え」のように法となるのかも。
いずれにしても、魔の理を扱えるのは人間だけなのではと思っていますが、如何でしょう。
知らずして使う魔法というものがあります。
本音、本気、素直、という魔法は最も強烈です。
その方の本質が流れたとき、辺りの不活は活性し、犠牲と諦めにより保たれ凪いだようなくだらない調和が消え去ります。
あなたがあなたでありますように。
作中で魔法少女へアルバがかける言葉ですが、最後に、ご覧頂きました皆様へ送らせて頂きたいと思います。
「あなたがあなたでありますように」
ありがとうございました。
天恵ヒカリ




