☆魔女アルバのオラクル日記☆ その11
海の底、水底の奥の土塊の奥の奥。
そこへ時折アルバは訪れる。
開かない目、利かない鼻、閉じた羽、折れた尾、鱗の剥がれた、雄の竜へ会うために。
意識とは かくも便利、そして、肉体とは かくも鉄壁で磐石。
肉体はあらゆる意味で私をパッケージにしてここへ留めてくれる高機能の器。
その器は地上と暮らしへ錨をおろし、そのおかげで、意識は多次元を行き来することが叶う。
行ったら、帰ってこなくてはね。とアルバは思う。
海の底へと向かうアルバは今は光の粒。古くからの多次元との交流の方法のひとつはとても安定していてやりやすい。光の粒となって多次元を旅するには、大きく分けて2つ。脊椎を下る方法と、松果体を経由して上へ翔ぶ方法がある。
この身体を疎ましく思うことも過去にはあったが、肉体があるからこそ体感を持ち帰り仲間へ渡す事ができる。
先人達は、この身体に必ず帰還する方法を開発し、再現性を持たせて後世に残した。そういった遺物を私達は受け継いではいるけれど、それを扱えるだけの感性はますます失われつつある。
イマジネーション。想像力。ここを押さえてしまえば人は飛べない。飛べないからこそ出来ることもあるけれど、今はもう、やっと、皆が飛んでもよい頃合いに来たとアルバは思う。
色彩が失われ、白く発光する景色を感じながら行く垂直下降の旅はとても穏やか。
そう。いつまでも、どこまでも、沈んでいいのだ。
竜よ。この世にいる事は母より捨てられた証だとする竜。
母の顔色をうかがい、母が自分を見ているか心配して、この世にいることの意味を探し続ける雄竜よ。
あなたはこの海の底の底で、起きてはいるが泣いて母を乞うばかり。それでもあなたはたくさんの、たくさんの物理を生み出してきた。
光の粒は飛翔速度を上げる。
雄竜よ、あなたに会いに行くはずの雌の竜は、未だ幼いまま同じく海の底にいて、起きながら夢を見ている。
雌竜が見ているのは、お気に入りに囲まれることばかり。
豊かな感性と鋭い霊性は使いこなせないまま。
アルバは海の底を超えた。
そして何層にも渡って次元をまたぎ、水晶のひしめく空間を過ぎて、人の姿ではもちろん物体では行けない場所、
海の底、水底の奥の土塊の奥の奥へ着いた。
開かない目、利かない鼻、閉じた羽、折れた尾、鱗の剥がれた雄の竜が、島国のような大きさでそこに横たわっている。
開かない目からは涙が流れ、傷は癒えないまま。それでも竜は身を通して流れる力を元に形を成し、星と人のために今も働く。
母に見てもらうために、母に見つけてもらうために。
雌竜が迎えに来る日まで。
アルバができることは、やはり、やっぱり、ひとりぶんなのだ。自分に委ねられた領域は、ひとりぶん。
雄竜の様子は調査のために見に行く。そして進捗と現状を知るために。
それらを日常へ持ち帰り、出来ることを行う。
その結果と影響を知るために再び調査へ。
定期的に訪れる海の底の底で、アルバは雄竜のこれまでの行いへ頭を垂れる。
感謝をすること、人としてやることをやること。これしかできないけれどそれが最高で最速の方法だと言い聞かせながら。
ふと、アルバは目を開けた。
光の粒となって身体へ帰還し、意識を脳梁へ納めた。
自分の両の手のひらを見て、足元の絨毯の蔓草模様を目で追い、目の前の壁、棚の上の花瓶、そして窓へ目を遣った。
今回の調査で受け取れた情報を整理する。
情報は背骨にしまってあるので、倍音を発声してそれを取り出した。
目の前に展開するホログラフで現在地と状況を確認。
そして、アルバは暮らしのなかで当座のやるべきことをあげ優先順位を決める。
今回決めたことは、
引き続き夫には褒めることでコントロールをしないこと。そして息子達には好きと嫌いがわかる事に加えて、イヤが言えるようにしてあげることとした。
アルバはゆっくりと立ち上がる。
目の端に、雄の竜の金の鱗が鈍く光ったような気がした。
「おんなにとって都合のよいおとこをつくる。それを終わらせないとね」
今日も晴れそうだ。空が青い。
終.




