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終話【ブラッディ・メアリーとシンデレラ】

終わります

 小学校で体育の授業なのに教室で、しかも男女分かれて行われた謎の授業があったのを思い出す。

 はやくみんなでサッカーをしたかったのに、なんてどの子も退屈そうな目。

 言っていることもよく聞いてみれば理不尽というか、どうしようもないことばかりだった。

 何をしても血がでます。身を守りましょう。だから何だっていうんだ。みんな、そう思っていたに違いない。

 私も含め。ようするにどこかで子供を産めと言いたいのだろ?とどこか私は冷めていた。

 今思えば、そんな理不尽に少しでも「むっ」とするところがあれば変われたのかな、なんて思う。

 流されるように生きているのと、流れに飛び込んで流されたのでは意味が違う。前者は努力の一つしない屑だ。

 私のことだ。


「それで?菫ちゃん今日はしてきたの?「ウリ」」

「下手だし小さいし正直はした金だからあーあーって感じですかね。」

「手厳しいねえ、まあ好きでもないモノとヤってもね」

「下品ですよ潤子さん!」

「いいの、下品なほうがお姉さんの仕事は上手くいくんだから。というかこういうテーマのバーに

 深夜に入り浸ってるほうがお下品なのでは?うふふ」

 この笑い方がとても好きだ。淡くて、上品なのに。淫靡な感じがしてすごく惹かれる。

「それで、今夜もトマトジュース?」

「それでお願いします。」

「物好きよねえ、私それ血をすすってるみたいな感じがして苦手なのよね」

「だからいいんじゃないですか、なんかこう、自覚できるじゃないですか。」

「詩的だねえ。」

「とにかく、飲んだら上すぐ戻るので。」

「はいはーい」

 私はこのバー「ビアレ」の二階で下宿させてもらっている。

 自宅からいける高校に行こうとも思ったのだけど家族と一緒にいるのが耐えらなかったのだ。

 母や父の能天気さ、友人たちの面白さ。私にはまぶしすぎて、このままじゃ笑顔を作る筋肉が

 引きちぎれてしまうんじゃないかって、そう。逃げてきたんだ。


 否定する。そんな毎日に疲れてしまったのはいつだろうか。



「行ってきます。」

 誰かが反応するわけでもなくただ慣例的に声に出す。

 理由もなく、ね。

 こうやって学校に行くまでの時間は人生の中でも数えられる限りかなり無駄な時間の一つだと思う。

 仕方ない、で済ますしかないのが現実だけど。

 学校に行く目的はたった一つだ。彼女を見るためだ。あこがれの、彼女を。

 いつも凛と一人で生き、誰かに頼ることなく己自身で何事もする。

 これは、恋だった。気味が悪い、こんな売女奴が恋をするなんて許されない。

 ましてや相手は女の子なんだ、こんな不快な「誰にでも愛されたい女」なんてまっぴらごめんてとこか。

 ほら、あいさつされようがただ目的のために直進する姿。

 美しい。

 そうやって彼女を観察しているうちに一人の男子生徒が声をかけてきた。

「ちょっといいかな?」

「どうしたの?」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」

「ここじゃダメなの?」

「・・・ここで聞いていいの?」

 そういうと彼は私のSNSのアカウントを表示してきた。そう、日夜相手を探す夜の私のアカウント。

 ・・・あぁ、もう見つかっちゃうんだ。ただ諦観だけがそこにはあった。

「いいよ、ついて行ってあげる。」

 仕方ない、朝の素敵な時間が・・・。とは思ったものの私とその、これから「相手」をすることになるだろう彼は二人で懐疑や嫉妬の混ざった目を向けられながら教室を出た。少し後ろを見ると彼女はもう教室には

 いなかった。

 へらへらとした男の見飽きた顔。

「こればらされたくなかったらさあ、今ここで「シテ」くんね?金は出すから」

「・・・いいよ」

 いつものことだ。慣れっこ。いやな慣れ方。そっと自嘲した。

 だって詭弁だもの。なれるわけがない、一生愛するはずもない「男」に体を明け渡すなんて。

 だから必死に演じた。誰にもバレぬように。「ガタッ」

 見られたのだろうか。目の前の男は私の体に夢中で音なんて聞いてない。

 それがどうしたというのだ。汚れ切った私が誰にどんなように見られようともう変わりはしない。

 それにもしも私がこれで孤独に落ちるならそれでいいじゃないか。あこがれの彼女のようになれるのだから。



 その昼休みが終わった後だった、担任が唐突に帰宅を命じたのだった。

 そして、彼女の机には誰もいなかった。

「お昼のニュースをお伝えします。本日午後都内の……学園で生徒が自殺しました。遺書などは残されておらず…」

 衝撃だった、ただ驚きがあった。そして恐怖があった。

「遺書などはなく、また近くには理科室から盗まれた薬品が散乱してい…」

 音が遠い…えずく、吐き気がする。

「・・・かいてんじゅ~んびィ、ど、どうしたの!?」

 その小さな体躯では抑えきれない恐怖に震える私の背中を潤子さんが心配そうになでる。

「・・・お話、聞いてあげよっか」

「・・・お願いします」

 その、ヒシっと私の腕を離さない手からどうしても離れられなかった。


 いつものようにトマトジュースがとん、と置かれる。「今日は一杯おごりよ」

「・・・私、もう、死んじゃおう、と思、って」

 声に嗚咽が混じる。

「そんな目してるもん、同じ目をして死んじゃった娘。いっぱい見ちゃった。でも今日は、お姉さんいける気がするの、でもその前に、これちょっと失礼して」

 そういうと潤子さんはトマトジュースを使って何かを作り始めた。

「そ、それ、お酒?」

「そ、お酒。まずはこれ飲んでみよっか。死んじゃうなら今日くらいいいでしょ?」

 錯乱する私は何が何だかわからず一口煽る。

「美味しい?」

「・・・おいしくないです」

「えー、ちょっとショック!」

「それにほんとは、トマトジュースもすごく嫌いなんです。」

 お酒の効果なんて知らない、でも今は身の内の泥を全部吐き出してしまいたい気分だった。

「やっぱり?」

「気づいていたんですか?」

「ちょっと見ればすぐわかるよ~、いつも覚悟決めて飲んでたもんね」

「・・・自分を嫌いな私が、嫌いなものを克服できたら少しくらいは自分のことが好きになれるかなって思ったんですけどダメみたいです」

「どこが嫌いなの?」

 もう止まらない。

「全部、全部ですよ。甘ったれたところも、誰かに依存しないと生きていけない弱さもそんな自分をどこかあきらめた冷めたところも全部、全部が嫌いです。でも、そんな私にあこがれの女の子がいたんです。いつも一人で何でもこなすクールな女の子。時折私のことみてくれたときは幸せだった。でも!でも!彼女は死んでしまった。今日あっけなく自殺してしまった!

 だから私わかったんです。一人必死に耐えたとしても人はすぐに死んでしまう。そんな強い、あこがれた、恋した女の子ですら耐えられない孤独に出会ってしまったとき、そのことを考えたら怖くて、こわくて!」

 思いのたけをこれでもかとぶちまける、もう止まれなかった。

「もし、もしも私が一人になったとき耐えられる?無理!ぜったい無理!だから誰か相手を探す?生きてることが実感できるもん!でも、いつかいつかを考えてこの震えが止まらない。強いあの子より弱い弱い私は、もうどうやって生きたらいいかわからないよ!」


 静かにすべてを聞いてくれた潤子さんは、こう切り出した。

「さっき出したカクテル、「ブラッディ・メアリー」っていうの。日本ではねレモンとトマトジュースとウォッカ

 でシンプルに作る血のカクテルなんて言われているけどほんとはロブスターとかハンバーガーとかを突っ込んで食べるものなの、変でしょ?カクテルなのに主役になれない。何かで虚飾をしなければ形を保てないの。まるで菫ちゃんみたい。でもこの国ではこのカクテルはカットレモン一つ付けた深紅のシンプルなカクテルとして扱われるの。不思議じゃない?」

「それになんの関係があるっていうんですが?」

「どれだけ大人っぽく着飾っても本質は変われないってこと。」

 衝撃だった、ただただ。耳が痛かった。

「誰かに依存しなきゃ生きられない、そんなこと誰が決めたんだろうね?だって、誰かに依存したら生きやすいだけだもん。それは」

 少し、ためて。

「よーく、知ってるよ。でもね、誰かが決めたわけでもないなら、ほんとーはどうやって生きてもいいんだと私は思うの。」

 そういうと潤子さんはその紅い私を、ブラッディ・メアリーを傾けた。

「どんな夢を見てもいいと思うの。」

「……」

「一杯奢るっていいながら私が飲んじゃった、だからもっと美味しいの。作ってあげる。」

 そういうと彼女はいくつかの液体を手慣れた手付きで混ぜだした。

「私が嫌いなものは二つ、一つはお酒。目の前の泣いてる女の子を慰めるのにもこれに頼らなきゃいけない。」

 そういって綺麗なグラスを差し出した。

「二つ目はこのグラス、私が最後に恋した、愛した女の子はこのグラスで酔いつぶれて死んじゃったんだ~。だからこのグラスで何かを出すのは私の決意の表れなの。」

「…なんだか、飲みづらいです。」

「あー!あー!気にしないで!別にこれは

 私のエゴだから!…このカクテルの名前はシンデレラ、夢見る少女のためのカクテル。お酒みたいでしょ?でもお酒は一滴もはいってないわ?」

「大人を夢見る素敵な少女には最高のカクテルよ。」

 ……赤い火照りを誤魔化すように、二人で乾杯をした。

 私は恥ずかしながら聞いてみた。

「私と、その、してみたりしますか?」

 おぼこみたいな裏返った声が漏れた。

「そーねぇ、シンデレラの魔法は解けるもの。

 もっともっと、いろんな世界を見て、おっきくなって、美しくなって。そしたら菫ちゃん。そのときは一緒に楽しいことしましょ?」

 言葉はこんなにも軽いのに、その目は艶めいて、鋭かった。

「私は、私はまだ。貴女だけを夢見ていていいんですか?」

 ゆっくりと質問の意図を噛み砕くように考えた潤子さんはこうきりかえした。

「私が、貴女にとって輝く美しい者であれる限り、貴女の孤独を埋めてあげる。」

 もう涙は要らないな。さっと目元を拭うとこう告げた

「いつか、ならんで見せます。」

「ここは、遠いわよ?」

「必ずです。」

「待ってるわ、いつまでも。」



 そのあと私は全てを引き払った、学校はまあ、置いとこう。

 二階の私物は箱に詰め、ここを出る決心をした。

 久しぶりに家に電話もした。

 泣き崩れる母の声は、なかなか堪えた。


「もう、行っちゃうの?」

「必ず、戻ってきますよ」


 笑顔で、ハグをした。

 横浜の端のビアンバー「ビアレ」。

 ここには、私の大切な夢が今も輝いている。

 もし、5年?10年?そのくらい私が大人になったら今度は、美味しく「ブラッディ・メアリー」を飲みに行こう。


「……ただいま、お母さん。」


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