渡り廊下と俺と僕 最終話
ーー気つけばまた朝と同じ夢を見ていた。
おかしい。この夢はいつも一年毎に見ていた筈で昨日の夜に見た筈だから次は来年の筈だ。
いやそれよりもーー
「なんでこんなにボロボロなんだ!?」
場所は間違いなくいつもの渡り廊下。だが、至るところにヒビや破片が散らばっており今にも崩れそうな感じだ。
「確か俺は学校に行って……」
学校に着いたら担任が職員会議があるからHRが遅くなるって友人から聞いて、それから隣町でなんか一家心中があったからそれが原因とかなんとか話してたら急に眠気が襲ってきて、それで気づいたらここにーー
ーーえっ、まさか!」
最悪な事態が脳裏に過り、慌てて視線を前方に向ける。
そこにあったのはヒビ割れて今にも割れそうな透明な壁とその向こうに倒れているいつもの服装で“半透明”になっている「僕」がいた。
「っ! おい、大丈夫か!?」
急いで壁に近づいて向こう側の「僕」に呼び掛ける。すると、閉じられていた瞳がうっすらと開きゆっくりと俺の方に顔を向けた。
「……あれ? どうして繋がって……あぁ、そうか無意識に繋がっちゃったんだ……」
ぼそぼそと呟く「僕」の言葉を聞いて向こうにで大きなトラブルに巻き込まれたんだとすぐに分かった。だから俺はどうしたのかと声を荒げる。
「なにがどうしたんだ!」
「竜姫様達を……逃がそうと……だけど長が途中で気づいて……皆で追いかけようとしたから……僕達で足止めを……」
「足止め……?」
「なんとか船には乗せて……送り出したから……追いかけられように……他の船を壊して……それから……長と皆と戦って……」
「戦うって……」
「うん……それで船は全部壊したから……すぐには追いかけられないはず……だけど負けちゃった……」
負けた。それってつまりは“死んだ”って事なのか? なら今ここにいる「僕」は一体なんだ?
「腕と胸を突かれちゃって……まだここが繋がってるって事は……まだ僕は生きてるんだろうけど……それも時間の問題かな……?」
その言葉を皮切りにボロボロだった渡り廊下がパラパラと崩れ始めた。更に「僕」の体の透明度も上がっているように見える。
「安心して……ここが無くなっても……君は死なない……ただもう会えないだけ……君は君の世界で生きていける……」
「そう……か」
死なないという言葉に少しホッとした反面、言葉には言い表せない何かモヤモヤとした……いや違うな。これは悲しいんだ。
七年。そう七年だ。
年に一度の夢の中でしか会えなかったが、俺は「僕」に対して今、滅茶苦茶に悲しいんだ。
「…………なぁ、一つ聞いても大丈夫か?」
「……なに?」
「その……竜姫様達を逃がすってのが目標というか願いだったんだろ? それが叶えられて……満足したか?」
俺の質問に「僕」は言葉を選んでいるのか少し間が空いた。それは数分だったのだが俺はとても長く感じた。そして、返ってきた言葉は。
「満足……してない!」
泣いているのだろう。涙ぐむ声でそう絞り出した。
「本当は一緒にいたかった! 毎日楽しく遊びたかった! 父さんと母さんと先代様と竜姫様……美水とずっと一緒に暮らしたかった!! 大事な……大事な家族だった!!」
八歳の子供の慟哭は俺に強く響いた。そんなに大切に思っていたのに離ればなれになる。それも最悪と言ってもいい別れかたで。
「そうか……そうだよな。会うたびずっと話の話題にしてたもんな」
「僕」が俺に対して話してくれた面白い話題にはその竜姫様、いや美水ちゃんがいた。それに「僕」の親と先代様も。
……そうだよな。そんな楽しい毎日が崩れるのに後悔が無いとは言えないよな。その気持ちは痛いほどに理解出来た。
だから、俺が今からすることは世間では愚かな行為と言われる。同じ人間でも世界が違うから他人……普通はそう感じるんだよな。
というか今朝まで俺だって感じていたさ。
でも、今この瞬間の俺は違う!
世界が違っても年齢が違っても育てくれた親が違っても、俺と「僕」は七年間共に話し過ごし笑いあった“自分自身”で“家族”なんだ!
「なら、俺がすることはただ一つ!」
自分の感情を奮い立たせる為に大きな声で一喝した後、俺は力の限りに目の前のヒビが入った透明な壁を殴り付けた。
だが、それぐらいではヒビが広がらない。なら今度は蹴り上げた。それでもヒビは広がらない
「止めて……そんな事したら……君自身が危険に……」
もう下半身が消えかけている「僕」は囁くような小さな声でそう言ってるが、関係ない。
これは他人を助けるのではない。俺は助けたいのだ。
「オラァ! 早く壊れやがれ!」
何度も何度も蹴りと殴打を繰り返す。痛みは勿論ある。でも痛がってはいられない。
時間は過ぎ「僕」の体はもう首だけになりかけている。
「くそくそくそ! 俺は……自分自身も助けられない無力なのかよぉ!!」
涙が止まらない。悲しさと悔しさ無力感が溢れてその場にへたりこんでしまう。
神様でも悪魔でもなんでも構わない。俺はどうなってもいいから。どうか、どうか向こう側の「僕」を助けてくれ!
ーーーーそれは真か?
どこからか声が聞こえた。
透き通るような美しい声ではない。何処か幼げでいて期待しているような女の声。
俺は叫んだ。腹の底から、心の底からーー命の限りに。
「そうだ! 俺は助けたい! こいつを! 家族を! 俺自身を!!」
その叫びの後、世界が空間が全てが黒に染まった。意識も同じく黒に塗りつぶされる瞬間、確かに俺の耳に先程の女の声が聞こえた。
ーーあぁ、やはり山名。お前の一族は世界を越えても素晴らしい。




