魔王様の付属品 【なろう版】
※バッドエンドです! 誰も幸せになりませんごめんなさい。でも後読感は悪くないかと思います。
※残酷な描写あり
※ムーンからの移植版、変えているところもありますが読み直す程の変更はありません。
歴代の魔王様にも色々な方がいらっしゃったそうで、その形状も様々だそうだ。戦士タイプ魔術師タイプ、美形、牛頭、多腕、骸骨形の不死、数種類の動物の複合体、果ては不定形の生物まで。
だから、今代の魔王様に私がくっついて生まれて来ても、誰も別に驚かなかった。
魔王様は銀髪に赤い瞳の、途轍もない魔力を持った美しいヒト型の男の子で、私は魔王様の左脇腹からぶらりと生えている何の魔力も無い女の子だ。私はありふれた金の髪に青い瞳というごく平凡な見目で、やや小ぶりだけどそれでもきちんとヒト型、手足も動く。魔王様の左腹部と私の右腹部は繋がっていて離れない。魔王様のほうが背が高いので私は地に足がつかず、魔王様に脇などを抱えて貰う必要がある。
魔王様とお互いの神経が複雑に絡みあい、内臓の一部を共有している為に分離は難しいそうだ。人間の一卵性双生児が母親の腹の中で上手く分離出来ずに繋がって産まれて来る例に似ている、と魔道医は言った。
魔王様はその強大なる魔力により、お生まれになった時から魔王様と崇められている。そして御名も立派である。一方私に名は無く、呼ばれる時は『魔王様の付属品』とか、『左腹の娘』とか呼ばれた。誰も私に名を付けようとはしなかった。
魔王様とその付属品の私がものごころついた頃、ある魔道医は魔王様にこう告げた。「付属品を殺し吸収すれば、魔力の障害が消え、貴方様はお体を何不自由ないものに作り替えることがお出来になりましょう」
私は恐ろしさに震え上がったし、魔王様はくつくつと笑った。殺される。殺される! だが魔王様は一向に私を殺す事無く、いつものようにひょいと、姫君を運ぶように私を抱えて運んだ。
いつ殺されるか気が気でなかった。
魔王様の左腹から私がぶらりと生えているお陰で、魔王様はいつも私を抱き上げて運ばねばならない。私が魔王様にぶらりと生えているのは戦いにおいて大きなハンデだが、魔王様はお生まれになった時から魔王であらせられる程にお強い方なので、私のような邪魔者がいても負け知らずだった。
「ふん、お前がいると不便だな、役立たずの付属品」
「申し訳ございません……」
私も魔王様もまだ子どもだが、既に主従の関係だった。力関係が明白だったから。魔族は強いものが主だ。
何の魔力もない私は、わきまえて接する。ただでさえ普段から魔王様に私という存在の負担をお掛けしてしまっているのだ。万一魔王様の御機嫌を損ねて殺されたり、そうでなくても「軽くするためにお前の手足を切り落とすか。要らぬであろう?」などと言われ色々を切り落とされやしないかと恐ろしかったから、出来るだけ邪魔にならないように勤めた。
「……我が手ずから食べさせてやるのは、お前が自力で食おうとすると体制的な無理が出て無駄に時間がかかるからだ。我はお前の鈍臭さに付き合っている暇は無い」
お食事の時も、魔王様は私を横抱きに膝に乗せる。ご自分がお召し上がりになりつつ私に手ずから食事を与えるという不自由さ。これ以上のご負担ならないように、大人しく従い食べさせていただく毎日だ。魔王様は食べ方も食べさせ方も美しい。
決して口に出せないが、私は魔王様がお食事をなさっている姿を見るのが好きだし、その綺麗な長い指で銀のフォークを私の口元に運んで下さるのを見るのが好きだった。
「……我がお前を着飾らせてやるのは、我がみすぼらしいものを目にしたくないからだ」
私の衣装も特別に作らせ、魔王様に着せていただき、手ずから髪を日替わりに美しく結っていただく。こんな事を思うのは失礼だが、多分このお方は女性を飾ることを好む。でなければこんなに優しく櫛を通していただく事になる意味が分からない。私の髪など男のように短くすればいいだろうに、でなければ誰か他の者にさせればいいのに、魔王様が手入れをし、手間がかかる長い巻き髪で維持されている。だが、魔族の男というのはしばしばそういうものだ。気に入った女を閉じ込め全て自ら世話をする個体がいる。きっと魔王様もそうであり、将来愛した女を世話する予行練習をなさっているのだろう。――その時には私は殺されているだろうが。
「……我がお前を洗ってやるのは、汚いものが我が一部であるなど我慢が出来ぬからだ」
泡のついた海綿でもお渡し下されば流石に自分で洗えるのに、魔王様はご自分のついでのようにいつも私を洗って下さる。多分愚鈍な私の動作に付き合えないのだと思う。そして髪を風魔法で乾かして下さり、艶の出る植物油を髪にまぶして下さる。多分王の一部がみすぼらしくしているのは我慢がならないのだと思う。それにしたって他の者にさせればよいと思うのだが。
(尚、排泄に関する事はデリケートな情報な為臥せるが、二人で腸を共有している為に私は排泄しないとだけ言っておく)
*
魔王様は、魔王であらせられるゆえに、子供の頃より様々な学問を修めさせられる。人間のようにまず文法、修辞学、弁証論から成る初級の3科、算術、天文学、幾何学、音楽学の上級4科、哲学、魔界の歴史、魔術理論、政治学、自然科学、美術に至るまで様々な勉学をこなす日々。
付属品である私には何も課されなかったが、魔王様がご記憶なさっていない事、なさっていない発想をこっそり耳元に囁くと、「お前にも存外使い道があるではないか」と、頭を撫でていただけた。そういう時の優しく笑っている魔王様のお顔が私は好きだったし、お褒めいただければ誇らしい気持ちになれた。そのような時は、烏滸がましくも私は存在していいのだと思えた。
*
一つだけ、魔王様より私が優れているものがあった。
教師たちはそんな事は考えてもいなかったようだが、魔王様は魔力無しの私にも魔術の練習をさせた。魔王様の魔力を私に分け下さるような、手間のかかる、ひどく特殊な形を取っている。
「お前に魔術の練習をさせるのは、ただの保険よ。万が一勇者と戦いて我が気でもやることがあれば、お前が我の魔力を使い、凌げ」
それで分かったことだが、魔力を分けていただかなければ使えないものの、私は魔力の扱いがとても巧みらしかった。その場にいた教師たちよりも、それこそ魔王様よりも。
教師たちが唖然とするのを見て、魔王様は声を上げて快活に、高らかに笑った。
その日は、魔王様は終始ご機嫌だった。夜に再び褒めていただけた。
「ふん、今日のは良い余興であった。普段お前を殺せと小うるさい蝿どものあの間抜け顔を見たか? 胸がすいたぞ、目にもの見せてくれたな、良くやった、付属品」
笑って頭を撫でられる。その赤い瞳の優しさに、私は「ああ、まだ私は存在していいのだ」と思えた。いつか殺される日は来るだろうけども、まだ私は生きていて良いのだ。
「ふむ、興が乗った。お前に名をやろう」
「名ですか」
「アパテナはどうか」
「アパテナ……、有り難く頂戴いたします」
魔王様の手前、落ち着いて見せていたが、内心は、凄く、凄く嬉しかった。魔王様が名付けたならば、勿論そちらの呼称が優先される。もう表立って私を付属品と呼ぶ者は魔王様以外いなくなるだろう。この予期せぬ、だが、実はきっとずっと求めていた贈り物に、私の心は温かさで満たされた。
こうして、私達は共に育っていった。
私が殺されることは、一向に無かった。
*
人間で言うなら十代後半にまで育った私達。
宴があった。この日の宴は人間のように、大勢の男女が踊るようなものだった。そういう日、魔王様はただ酒をお召し上がりになり皆を眺めている。踊りにはいつもご参加なさらない。女性と踊るには明らかに私が邪魔だった。美しい女性の誘いは引切り無しであるし、いよいよ私が殺される理由であると思うのだが、未だ殺されていない。
だが最近の私は『この方になら殺されてもいい』と思い始めていた。
こんなに美麗な、魔界一お強いかたに、毎日毎日辛抱強く役立たずの世話などしていただいて、私はもう生涯ぶんの幸運を使い切っているのではないだろうかと、この美しい方を見ていて思う。
多分私は、恋というものをしているのだ。
いつも一緒にいるというのに、日頃は冷たく残虐な赤い瞳が、私に向かって笑い細められるのを見ると、こんなにも胸が疼く。
宴から引き上げる。魔王様がその腕で運ぶ、美しく着飾った私が廊下の大きな鏡に映る。まるで私は彼の君に愛されている姫君のように見えるが、たまたま癒着して生まれて来ただけの邪魔な役たたずだ。
中庭をよぎる渡り廊下で、「む」と声を上げ、魔王様が足を止めた。
「如何なさいました?」私は問うた。
「以前から、この曲なら踊れるかも知れぬと思っていた。試そう」
「え……きゃ!」
中庭に出て、月明りの下、魔王様と私の結合部分が平行になるような段に乗せられて手を取られる。
「気紛れの興である。付き合え」「は、はい」
手を取られる事などあまり無くて鼓動が速まってしまう。どうか気づかれませんように。
この曲は女性も男性も単身で回る事が無く、回転する場合は共にする。少し魔王様が私に合わせて変えて下さったところもあるが、問題なく踊れるようだった。
「凄い……! お互い、踊るのなんて初めてですね! 魔王様!」
「ふん、お前も、踊らぬ踊りをよくも覚えてついて来るものよ。やるではないか。」
魔王様は赤い瞳で嗤う。綺麗な銀髪。ふと目に入る魔王様の成長した首筋は月明りの中白く浮かび上がって得も言われぬ色香をかもし出し、私の胸を落ち着かなくさせる。
とても恋しくて、苦しくなるようなその夜の記憶は、私の宝物になった。
++++
勇者が来た。
魔王様は私を、姫君を抱くような形で抱いたまま戦う。
流石勇者は強かった。魔王様が生まれて初めて苦戦なさっている。
「魔王様、魔王様、私を殺して吸収なさって下さい! より良い条件の肉体を構成して戦って下さい……!」
私が死ねば魔力的な傷害がなくなり、魔王様はまともな条件の肉体を構成して戦える。
「ふん、付属品の浅知恵など要らぬ。黙って見ていろ」
魔王様は私を殺さなかった。どうして。どうして!? 私なぞ邪魔なだけなのに。
殺さないどころか、私に少しの傷も付けないように庇いつつ戦っていて、余計に魔王様が傷を負うことになっている。
どうして。
どうして。
そんな歯がゆい戦いは数時間続き、とうとう魔王様が弾かれてしまい、地面に叩きつけられた。
そんな状況でも、私を庇い傷つけないようにする魔王様。魔王様が壁に叩きつけられても、必ず魔王様がクッションのようになり私を受け止めて、私はかすり傷ひとつ、この方の代わりに受けさせては貰えない。
「なんで……? 魔王様、どうしてですか……!」
「言わねば分からぬか」
分からない。
「……聞けアパテナ、このままでは負ける、二人とも死ぬ事はない。お前のほうが魔術行使は得手だ、我を殺せ、そしてお前が我を吸収せよ。さすれば我が魔力引き継げるであろう。そして戦え、勝てぬようなら逃げよ、死ぬな。これは命令だ」
「まおう、さま」
「言わねば分からぬようなら、言ってはやらぬ。生涯疑問に思い続けてその脳に我を刻み込めば良い。……アパテナ、生まれた時から喜びも悲しみも怒りも、全てお前と分かち合って来た。我が半身よ、死ぬな、生きよ。これまでの非道な態度を詫びよう、済まなかった」
音声を構成せずに彼の唇が動いた。「(――――……て……る)」
口付けをされて、されながら、彼は自ら、――彼の首を切り落とした。
勇者達は戸惑っている。
手が、震える。これは命令だ、混乱していても従わなくては。
震えながら彼を吸収し、私は完全たる私になる。魔王としての魔力が、私に宿る。
その場を、地獄に変えた。変えることが出来た。
そうして、私以外の動くものがなにもなくなった後、もう動かない彼の首を拾い上げ抱きしめて、私は泣いた。首は、微笑んでいた。
愛している。
首が離れる前、最後に動いた彼の唇は、そう言ったように見えた。
「……愛しています」
私は独り、抱いた首に向かってそう告げる。私の右腹と癒着していた彼は、もういない。
愛しています。
綺麗なあなたを。強いあなたを。寄生しているだけの何も役に立たない私に優しくして下さったあなたを。
愛して、います。
もう届かない言葉を言って、私はただ、はらはらと、泣いた。
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物心ついた時には、自分の腹から生えた少女に惹かれていた。
どうやら自分は王だったので、この娘を殺せと言う周囲を意に解さずにいる事が出来た。それでも食い下がる者には「ほう? 我の一部を滅せよと申すか。ならば其方がやってみるか?」と怒気を孕んだオーラをぶつければ黙った。魔力のかけらもない付属品の娘にはその微妙なやり取りがよく把握できないようだった。
魔族の男は、しばしば気に入った女を閉じ込め全て自ら世話をしたがる個体がいるが、自分もそうであるようだった。我が閉じ込めたい全て世話をしたい相手は、おのが腹から生えていた。生き延びるために必死で宿主に媚びを売る姿は愛らしく、娘は大人しく世話をされるに甘んじる。それは我の支配欲を大いに満足させた。
猫をわざと水に突き落とし必死で自分の腕にしがみついて来るのを喜ぶような、歪んだ愛し方らしいが、魔の身には酷く快い。
娘は、我が娘を世話するのは、将来愛する女を見つけた時の為の予行練習でもしているのだろうというように捉えていた。そう思っていればいい。これがずっと続くと悟った時のこの娘の顔が楽しみだ。
ある時、娘に魔力を分け与え使わせてみたら、何と魔王である我よりも魔術行使が得手だった。しかも、――かなり。その時の、日頃付属品を殺せとうるさい者どもの顔は本当に小気味のよい見世物だった。
そして、一つの事実が浮かび上がる。
現時点では誰も我を殺せぬが、もし、我が自ら死んでみせ、娘が我を吸収すれば、娘は我より強い魔王になる。誰も我を殺せぬからただの仮定の話だが、少し見てみたい気がした。今まで周囲に殺せと言われ続けて来た哀れな娘が、絶対の覇者として君臨する。さぞ溜飲がさがる事であろう。
もし我が死んだら、娘は愉快だと、様を見よと嘲笑うだろうか。それとも、泣いてくれるだろうか。
娘に名を与えてやった。その時の、心からの喜びの表情は我を満たした。もっと早くにやれば良かったかもしれないが、そうしていたら、ここまで我好みの、我にすり寄って来る、自己愛の欠けた、びくびくと怯えた娘になったかは分からない。
*
我等は育ち、踊る異性の相手をみつけて踊るような年齢になったが、踊りたい女は決まっている。大人どもの行う宴には興が乗らずにただ酒だけを飲み、好みに飾り上げ膝の上に乗せたアパテナを眺めて過ごす。
ふと気紛れで、誰もいない月下、踊れそうな曲を試してみたら、アパテナは瞳を輝かせて喜んだ。愛らしかった。そんな顔を見るのは至福の時間だった。
おまえを愛している、アパテナ。
*
勇者が来た。
自分の負けは早々に見えた。いや、アパテナを殺し、魔力障害を取り除いてより戦い向きの肉体を構成すれば勝てる可能性は無い訳では無かったが、その選択肢を選ぶつもりは元より無い。自分が死んだほうがマシだ。
ならば我は死に、より魔力行使の上手いアパテナに全てを託すべきだ。このままでは二人ともが死ぬ。だが決心がつかなかった。早く死んで、より多い魔力をアパテナに残してやらねばならないのに、少しでもこの娘と共にありたかった。少しでも長く自分のことを記憶に留めて欲しかった。
アパテナは、何故この魔王が、役たたずの付属品を殺さないのか分からないようだった。分からなければいいと思った。そうして一生分からずに我の事を考え続ければいい。
喜びも悲しみも怒りも共に分かち合って来た、そういう理由で相手に愛情を持つ魔族は少ない。大抵の場合は、自分より強いとか、造形が美しいとか、生き方が見事であるとか、嫌がられ畏怖され泣かれる姿に喜びを覚えるとかが、高位魔族が他者を愛する理由である。感情の共有の歴史は、愛情の理由にはならない。
我がお前を愛していると分からなければいい。
生涯分からなければいい。
全てがお前の記憶に焼き付けばいいと思いながら口付けて、口付けながら自らの首を切る。だが最後、「愛している」という微かな呟きが、きっと漏れてしまった。
おまえを愛している、アパテナ。生きよ、愛しい我が半分よ。