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封印

アポクリ戦隊ワキガンジャー

作者: 都築優

 学校がテロリストに襲われる。……まるでよくある厨二病患者の妄想だ。

 蛭子原(えびすばら)高校三年二組、脇黒丸薫のクラスは戦闘服姿で覆面をした屈強な男たちに占拠されていた……!


  ※  ※


 四月一日、始業式が終わり、新たなクラスメイトたちのすがすがしい交流が始まってもおかしくない。毎年繰り返される春の恒例行事。暖かい日差しの中で……。

 そんな筈の教室が、今年に限って禍々しい雰囲気、いや正確に言えば(ニオ)い、悪臭に包まれていた。


「先生、これはどういう事ですか?」


 薫が耐え切れずに発言した。


「何がだ」


 席の方を振り返ると、鼻を摘んだり顔をしかめたりしている生徒達。そしてその中の四人だけは、何故かしょんぼりと俯いている。


 他の三人は知らないが、一人は、前のクラスから一緒の友人、中村たかし君だ。

 彼はとてもいい奴なのだが、ワキガで虐められていた。


「いや、何がじゃないでしょう」


 このクラスの担任はいつもジャージの体育教師、斉藤修司先生だ。バスケ部の顧問で去年、二年生の頃は体育の時だけお世話になっていた。


「馬鹿野郎! これから一年間一緒に学ぶ友達を、ただ臭いからってだけで差別するつもりか!」


 彼は熱血だがバカだった。

 後ろの席で俯いていた一人(何と女の子だ)が泣き出した。


「そんなつもりはありません!」


 薫は、とても言いづらいがどうしても言わなければならない事を、苦心して言葉にする。


「ただ、これがどういう事なのか説明していただきたいんです」


「ううむ仕方ない」


 各クラスに散らばったワキガで虐められる生徒たち。教師達はその対処法に頭を悩ませていた。みんな頑張り屋で真面目ないい生徒だ。だがイジメは繰り返される、この悲しい現実。心を痛めた修司先生は勇断を下した。任せてください、と。


「だから、このクラスに、集めた。

 だから、俺のクラスでは絶対、イジメは許さない!」


 このクラスにはワキガが四人も集められていたのだ。



  ※  ※



 窓を開けたり、おのおの鼻栓やマスクで対処をして、何とか日常生活を過ごせるようになってきた六月頃。

 夏を目前にむかえて、修司先生はこのクラスだけ特別に、教室にクーラーを付けるよう学校と必死で掛けあってくれているようだ。


「いつもごめんよ、俺たちのせいで」


 昼休み、たかし君が申し訳なさそうな顔で薫に謝ってきた。


「気にすんなよ、お前だって好きでワキガになったわけじゃねーんだろ?」


 脇黒丸薫は名前と違って無臭でイケメンの爽やかボーイだ。


「でもよ、二年生の時よりはあんまり言われなくなったんじゃね?」


 そう。バカ教師、修司の思惑通りなのかは知らないが、ワキガとはいえ四人もいると攻撃が分散され、目立ったイジメなどは行われていなかった。

 とはいえ臭いは決して分散されたわけではないが。


「それよか早く弁当食っちまおーぜ」


 そんな平穏な風景は、チャイムではなく、突如鳴り響く一発の銃声によって終わりを告げた。


 で、テロリストが現れて校内放送で先生がやられて武装した覆面男に囲まれて校門前に機動隊が詰めかけて人質になった生徒達。

 そこまでは誰もが何度も繰り返したご妄想の通りだ。

 妄想と違うのはこれが紛れもない現実だって事だ。


「動けば殺す」


 重そうなアサルトライフルを抱えた覆面の黒服が、薫を銃床で殴りつけた。

 破壊音と悲鳴。

 いつもの教室のいつもの席を、なぎ倒して薫は転がった。

 彼は何も悪くない、ただ皆を庇おうとしただけだ。

 始業式の一件。あの発言の所為で、何故か票が集まり委員長に任命されてしまった脇黒丸薫の、それは責任感だった。

 クラスメイトは全員揃っていた。昼休みが終わり午後の英語の授業が始まるのを待っていたのだ。

 英語教師のキャロライン先生が入ってくる筈が、違った。


「なん…だと」


 鼻が折れて血が流れている。

 ようは示威行為だ。

 三年二組のこの教室に、テロリストが全員集まってきた訳じゃない。

 下っ端だろう、ただ二人だけだ。奴らの全体像はまだ不明だったが、血の気の多い高校三年生が全員で掛かれば二人くらいなら……。その意気を削ぐ意図なのだ。

 そんな下っ端にすら、手も足も出ないのだと。


「一体、何が目的なんですかあんたら」


 委員長として薫は果敢にも這い上がり、苦言を呈する。だがすぐにもう一度、今度は編み上げのブーツに蹴倒された。


「やめて!」


 薫を庇ったのは良子。

 黒髪ロングで整った顔立ちの彼女は、始業式で俯いていた一人……泣き出した子だ。

 しゃがんで薫を守ろうと覆い被さる。


「歯向かうか!」


 と凶器を振り上げる男をもう一人の黒服が制した。

 飴と鞭で言えばきっと飴役だ。

 教室を掌握するマニュアルでもあるのだろうか。


「まあ待て、殺すのはいつだって出来るだろ。そう焦んなよ。

 なぁ、お前らもこんな風になりたかねーだろ?」


 と、薫を指して生徒たちを見回す黒飴男。

 教室は静まり返っている。


「そうそう、そんな風に静かにしてりゃそのうち放してやるよ」


 薫はゆっくり体を起こすと、良子に下がるように示した。

 良子は小さく首を横に振ると、胸ポケットからハンカチを出す。しゃがんだまま、血まみれな薫の顔を拭く。

 緊張しているのだろう良子の顔には脂汗が滲んでいる。


「何も喋るな。質問も許さねえ」


 黒鞭男が指図する。

 窓の外では、ジュラルミンの盾を装備した機動隊員が装甲車からわらわらと出て来て並びだした。だがなんだかダラダラと、躊躇している。


 何をやってるんだ、早く助けてくれ。


 この場の誰もがそう望んでいた。

 しかし機動隊は助けを求める彼ら自身……、人質となった生徒や職員がいるためにこそ突入に踏み切れないでいるのだ。

 パタパタとローター音も聞こえる。空に警察のヘリコプターも飛んでいるようだ。あるいは単にマスコミのものだろうか。

 狙撃を警戒して、黒服は窓を閉め、カーテンを引いた。スライドやプロジェクターの為の遮光カーテンの方だ。

 そして、部屋は密閉された。

 部屋が、密閉されてしまったのだ。


 突如、鼻をつまんで咳き込む覆面男共。


「く、臭っせえ! 何だこりゃ。奴ら……これは催涙弾か? まさかもう仕掛けて来やがったのか?」

「いや早すぎるッ、ありえねえ。物音だってしていない。だがこれは、……この臭いは……!」


 と気付いたようで、銃を生徒たちに向ける。

 覆面の上から鼻をつまみ荒い息で、


「オイコラ、誰だ!?」


 だが誰も答えない。


「答えろ。ああ、今なら喋ったっていいぜ。お前らの中にいんだろコラァ、くっせえくっせえワキガ野郎がよォ!」


 うまく息が出来ないようで、鼻声だ。

 薫がたかし君の方を見ると、彼はまた始業式の時みたいに俯いて震えている。

 ん? とどうやら黒服もそれに気付いたようで、一人が片手でライフルを構えて近づいてゆく。

 たかし君の震えがガクガクと止まらない。

 ガタン。

 後ろの方の席で椅子を引く音がして、男子生徒が立ち上がった。


「俺だよ!」


 茶髪でいつも悪ぶっている男子生徒、虎木雅二郎が席を立ったのだ。

 彼は、単にたかし君を庇ったわけではない。

 彼は自分自身のたまらない体臭に絶望して一時期グレていたのだが、三年二組のこのクラスのあたたかい雰囲気に勇気付けられて最近は少しずつほだされていた。


「俺っちワキガなんだけど。だから? でもよ、しょーがないじゃん。何か文句あるゥ?」


「ああ?」


 覆面(カオ)をしかめて、男は雅二郎を睨みつけ、


「別に文句なんざねぇよ。死ぬだけだ」


 と引き金に指を掛ける。


「待てッ! 待ってくれ。そいつじゃない」


 次に名乗り出たのは青木庄吾。彼は筋肉質で大柄で毛深い、見るからにその通りのワキガ男だった。眉毛も太い。


「俺の所為なんだ。みんなは関係ない、やるなら俺を殺ってくれ」


「何だお前ら。仲良くお友達ごっこか、クセェんだよ」


 文字通りの意味でもある。


「テメエらまとめてブッ殺してやんぜ!」

「ははっ正当防衛だぞ、恨むなよゲホッ」


 黒服達が二人に狙いを付けた時、たかし君が凄い臭いを発した。

 におい立つ、それはまるで色のついたオーラの様に感じられる程の威力だった。

 むせる男は振り向いて元凶のたかし君を見つける。


「やっぱりテメーじゃねえか!」


 怒りに満ちた形相で、銃口を突きつけて引き金を引く。


 薫は思わずその前に飛び出していた。

 銃声が響く。

 それが勇敢な行為だったとは間違っても言えない、ただただ無謀だった。

 薫は、友人が目の前で殺されるのを見たくなかったのだ。


「薫!」

「薫くん!」


 口々に悲壮な嘆きが聞こえる。

 来世では頑張ろう、薫は覚悟を決めていた。

 しかし、なかなか痛みはやって来ない……。

 見れば、弾丸が赤く発光する強い臭い(・・)に包まれて静止していた。そのままコロコロと地面に落ちる。

 何だ、この力は?

 全身のアポクリン汗腺からエネルギーが湧き出している。


「これは!?」


 何かが覚醒したのだ。極限まで追い詰められた事によっておそらく、超常の戦士の力が。

 覆面たちが呆然としている。


「ば、化け物め!」


 我に返った男はフルバーストで斉射する。


「危ない!」


 女の子の声がして、ピンクに光る臭いが男をなぎ倒した。だが男は転がりながら受け身をとって、反対に狙いを付ける。

 照準の先にいるのは良子だった。


「させるか!」


 そこに黄色の激臭が男に炸裂した。

 雅二郎だ。

 彼の体からも強い臭いが黄色く光って放射されていたのだ。

 男は黒板に叩きつけられ、喉を抑えながら崩れ落ちた。

 見れば庄吾とたかし君も青と緑の臭いでもう一人を制圧していた。


「みんな!」


 それぞれ顔を見合わせる。自分たちが何故こんな力を出せたのか、お互いに、まだ半信半疑の状態だった。


「これは、この力は……」


「キャーッ!」


 一般の女子生徒の悲鳴で気付かされた。

 詰めが甘かった。とどめを刺し切れていなかった黒板の前の男が、最後の力でアンダーバレルからのグレネードランチャーを放ったのだ。


「馬鹿ッ、こんな所でッ」


 ワキガでない生徒たちに自らを守る術はない。教室のような狭い部屋で榴弾が炸裂したらどうなるか。

 迷っている暇はなかった。

 言葉にしなくても五人には意思が伝わった。

 押さえ込むしかない。


「オーロラスメルフラッシュ!!」


 五色の臭いが渦を巻いて榴弾を中心に収縮してゆく。

 間に合った。グレネードランチャーの比較的低い初速が幸いした。弾は空中の一点で留められ圧縮された。五色の臭いに封じ込まれた爆風が、低くくぐもった音を立てた。

 それだけだった。

 戦いが終わり、他のクラスメイトたちの喝采を浴びた。皆臭そうに鼻を覆ってはいたが喜んでいたのは間違いない。

 薫だけは最初に殴られた鼻血がまだ残っていた所為で、臭いなど特に気にはならなかったものの。


 そのまま五人は、その力をもって各階を撃破、指揮官の所まで向かい、制圧した。

 臭いのエネルギーの前では、近代兵器も概ね無力だった。

 拘束したテロリストなどの残務処理は機動隊に任せた。


  ※  ※


 能力はとりあえず秘密にした。捕らえられたテロリストが何を言おうと、知らぬふりを決め込むと五人で口裏を合わせた。

 学校を襲ったのはアトモスフィアと称する過激派テロ組織で、日本のプルトニウムを狙って暗躍していたのだとか。学校に機動隊を集中させてその隙に再処理場を襲ったのだと後のニュースでやっていた。


「結局、俺たちの臭いで倒した奴は捨て石に過ぎなかったって訳なんだよな」


 庄吾が大きな図体をしょぼくれさせてため息をついた。

 ようやく騒ぎの落ち着いた頃の下校時間。

 中村たかし君、島村良子、虎木雅二郎、青木庄吾、そして脇黒丸薫。

 五人は並んで歩いていた。


「何かスゲー事したつもりだったのによォ、チキショウ。

 全員、あんな臭いまで出して戦ったのにな」


 雅二郎が頭の後ろで手を組んで、退屈そうに言う。

 そこで薫は、ん? と首を傾げる。


「ちょっと待って、じゃあ俺も?」


 顔を見合わせる残りの四人。


「えっ?」

「まさかと思うけど、薫くん今ごろ気付いたの?」


 良子が少し呆れたように言う。


「あれだけ赤いスメル・エネルギー放射してたじゃない」

「いや、だって俺、あの時限定だと思ってた。てか鼻血詰まってたからわかんなくて、俺のはエネルギーだけなのかもって……」

「大丈夫、今もお前臭い」


 庄吾が断言した。

 十七年間眠っていたらしき薫のワキガは、この事件で完全に覚醒してしまったようだ。

 それ以上に、何と三年二組は今や五人のワキガを含むクラスと化したのだ。


「マジでか……。完全に予想外だぜ」

「大丈夫。アポクリン汗腺はストレスとか興奮とか、強い刺激なんか受けない限りは分泌されないんでやんすよ」


 たかし君は何故か子分口調でうんちくを語る。こんな最後にきて急にキャラ付けでもしようというのだろうか。


「しかも普通は一日一回しか出ないらしいよ。でも私は薫くんのにおいそんなに嫌いじゃないかも」


 良子のフォローも入る。

 照れる薫を、すかさずたかし君がからかう。


「へへへ、薫兄貴ぃ。ここで興奮してたら、大事な時にパワー出ないんで、気を付けるでやんすよ」

「こいつうー」


 夕日の通学路に、彼らの平和な笑い声が響き渡る。


 だが彼らは、自分たちが運命に選ばれた世界を救うスメル戦士『アポクリ戦隊ワキガンジャー』だったとはまだ、誰一人気付いてなどいなかった。



・キャラ紹介


真面目で正義感のレッドは脇黒丸薫


ちょっと内気なグリーンは中村たかし君


紅一点でお色気ピンクは島村良子


やんちゃなイエローは虎木雅二郎


気は優しいけど力持ち担当ブルーは青木庄吾


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[一言] 敵はCMでお馴染み、臭い判定士のおじさんおばさんですかね。
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