第05話 罠
完全に崩壊し、地に墜ちた元「正体不明の浮遊島」であったものの位置に到着する。
未だ「サイハテ」圏内なので地上の被害は実質ないのだが、都市級の浮遊島が完全崩壊して墜落となればなかなかに大参事の様相を呈している。
これ見よがしに存在していた巨大な城に火種でもあったものか、一部では火も上がっているようだ。
迷宮をまとめて喰らう時は、引きずり出した場所に残骸を埋め立てて終わりにしていたからよく見たことはなかったが、なかなかにエグい情景ではある。
「まあ病んでいた頃に複数の迷宮を無表情に処理していた頃よりはマシですよ。「サイハテ」殲滅も後半は完全に作業化していて、相手が魔物であることを除けば、破壊神降臨そのままでしたからね」
タマ、それフォローになってない。
あの頃の事はいろいろ反省している。
仲間すら「力」とすることを考えていたんだから、そりゃ迷宮くらい無感情に潰すよな。
「そうっスよ。俺達と旅してた時はもっと無茶苦茶やってたじゃないスか」
しれっとジャンが追い打ちを掛けやがる。
いやあれはだなあ……
「ツカサ様は私やジャンが自分の力に怯えずに済む様に、わざとやってくれてたの。助けられた側が恐怖の視線を向けるのをツカサ様が笑い飛ばしてくれていたから、私たちも笑っていられたんでしょ」
ネイがちょっと怒り口調でジャンを嗜める。
「……そうでした。すいませんでしたツカサさん」
「……いや、いいけどさ」
こんなことくらいでしゅんとすんなジャン。
どれだけおくさんの機嫌が大事なんだ。
最近ネイは相変わらず幸せそうだが、それ以上に何やら強くなってるな。
初めて逢った時からは想像もつかないけど、「出逢い方」によってはここまで変わるんだなあと、見る度に嬉しくもある。
こっちが絶対に正しいという気もないが、少なくとも最初よりは今の方が確実にいい。
ジャンもネイも毎日を笑って暮らしている。
ジャンはもうちょっと自己主張してもいい気もするが、それが二人の夫婦円満の秘訣というならば余計な口は差し挟むまい。
――俺だって傍から見れば人の事は言えないかもしれないしな。
しかし二人が解ってくれていたのは有り難いが、言葉にされると居心地悪いなこれ。
「何かいい話っぽくなっていますけれど、普通の人間が恐怖の視線を向けるのは仕方が無いことだと思いますわ? だって私、正直に言えば今少し怖いですもの」
アリアさんが冗談めかしてはいるものの、まんざら嘘でもない感想を述べてくれる。
こういう馬鹿が付くほど正直なところはアリアさんの美点だと思う。
黙って畏れられるよりもよっぽどマシだ。
そりゃそうだ。
圧倒的な力に恐怖を感じるというのは、当たり前の事だもんな。
それが自分に向けられる可能性を考えない人はいない。
だからそれを気に病むのじゃなくて、その力を正しい――少なくとも自分が正しいと思う事に使って信頼を得ていくしかない。
それを続けていれば、王都ファランダイン上空での模擬戦を麦酒片手に見物してくれるようにもなる。
「あなたが世界を敵に回しても、私はあなたの味方ですよ?」
可愛らしい表情で、可愛らしい仕草で、うちの奥さんが恐ろしいことをさらっと口にする。
当たり前のようにジャンとネイも頷いている。
いつもなら半目で口を横に開くアリアさんも、猫の身でどこまで「やってられねえ」という感情を表現できるかの限界に挑戦しているタマも、沈黙を守っている。
こういう時の奥さんやジャン、ネイのコンビはちょっと怖い空気を出す。
冗談などではないという事が、自然に伝わる。
このあたりはセトとティス、サラとセシルさんも似たようなものだ。
未だ馴染み切れていないアリアさんが引くのはまあ順当なところか。
俺も含めて、ちょっと軸の置き所がおかしい集団だという自覚は持っておくべきだろう。
アリアさんがそれに染まらないというのであれば、常識的な視点が仲間に加わるという事でありがたくもあるしな。
朱に交わればなんとやらというし、時間の問題かもしれないが。
まあどこか狂ってはいても、正しく力を使えていれば問題ないだろう。
大事なのは力の在り方だ。
俺達は自分の大事な相手を、世界と天秤にかけることすらしない集団なのだ。
恐怖の目で見られることはある意味妥当なのだろう。
タマが黙るのはちょっと納得いかないが。
「さて、結界反応があるところに跳ぶよ」
大型の魔物を墜とした程度であれば移動する必要などないが、今俺が落したのは都市級の浮遊島なのだ。
てくてく捜し歩くのは現実的ではない。
魔法遣い集団なので当たり前のように「転移」は使えるが、俺の銀の義眼が無ければ、いわゆる怪しい場所を特定するのも骨だろう。
大災害の後みたいな状況でもある事だしな。
(*・д・)σ <life reaction
ツクヨミが正確にその位置を指し示してくれている。
「転移」で跳べば一瞬だ。
しかし生命反応ってなあ……
赤ではなく緑で表示されているという事は、魔物や魔獣の類ではなく、人類だという事だ。
この世界では獣人や亜人も人類に含まれるから、俺が思う普通の人間ではない可能性はある、というかそっちの方が高い。
だが問題は、そんな反応が「正体不明の浮遊島」の残骸からあることだ。
しかもかなり強力な結界に守られてもいる。
まあだからこそ遠慮なく「浮遊島」は叩き落とした訳だけど。
「……罠だよな」
「……罠ですね」
そうとしか考えられない。
幸いタマの見解とも一致している。
この世界の現代技術ではどうにもならない「浮遊島」に封印されている人なんて、まあどう考えても罠だ。
この異変が「大いなる災厄」であると仮定して、俺の好みの展開で言うならそうだな……
真っ当な「勇者と三聖女」であれば、城迷宮を攻略して、最下層で遭遇することになる訳だ、本来は。
であれば結界で守られているのは「聖女級」の力を宿した女性。
もちろん記憶はなく、「勇者と三聖女」の仲間ポジションに入る。
実際は「大いなる厄災」側の存在で、最終決戦前あたりで記憶が戻って敵対するってあたりかなあ、ベタだけど。
その頃には勇者とメインヒロインとの三角関係になっているのが理想的か。
なんならメインヒロインがラスボス兼メインヒロインでもかまわない。
俺ならご都合主義のハッピーエンドが好みだけど、ほろ苦いエンドになるのも嫌いじゃないか。
「……手に取るように何を考えているかがわかりますね」
やかましい。
その読心能力を封印しろ。
「まあ行ってみりゃわかるさ」
残念ながら勇者様は唯一無二の奥さんの尻に喜んで敷かれているし、万が一そんな仕込だと俺の介入のせいで展開が破綻するなあ。
「勇者と三聖女」が四聖女になっての恋の駆け引きや悲劇は発生しようがない。
はたして五人揃って「転移」で跳んだ先には、予想通り……いや予想を斜め上に行っているものが存在した。
恐らく結界なのであろう巨大な結晶の中で眠る美女。
長い黒髪と、黒に近い褐色の肌。
瞳の色は閉じられていてわからないが、その大人びた美しい造形は現ツカサ一派にはない類のものだ。
お色気お姉さん枠とでも言おうか、すこしあつめの唇が妙に色っぽい。
奥さんやアリアさんを凌駕するほどの突き出た胸と尻、くびれた腰を漆黒の黒絹一枚の衣装に包んでいる。
ダークエルフ! ダークエロフのイメージ!
ピ○テース万歳!
――落ちつけ俺。
とはいえ。
「……うわあ」
「これは……」
ベタにもほどがある。
これ間違いなく仲間になって、展開後半で裏切るわ。
その時にはお互い信頼関係も出来てしまってるわ。
半目で口が横に開く俺とタマを置いて、そういうベタな展開というものに馴染みがない奥さんやアリアさん、ジャンやネイは素直に大変驚いておられる。
うん、俺もなあ。
ケガレナキ頃ならそんな反応を示していたと思うんだよ。
ああ、アリアさんまだ結界解いちゃだめだよ。
多分それが引き金になって、世界各地で異変が起こりそうな気がするから。
多分外れていないと思う。
しかしこの如何にもな展開、やっぱり間違いなくタマの眷属の仕業だな「異変」
何やら残念な展開になりそうな「大いなる災厄」だけど、まあジャンがネイに焼きもち焼かれる位で済むならよしとするべきか。
はははジャンもその手の苦しみを得るがいい。
ネイとは正反対の大人っぽい美女だから、両手に花にはいいんじゃないか?
ネイがジト目で俺を見ている気がするけど気にしない。
とりあえず結界は解かないまま王都ファランダインへ帰還だ。
可能な限りの準備をしてから、「大いなる厄災」の引き金を引くことにしよう。
「新ヒロインが反応するのが、旧来の配役に従っていてくれればいいんですがねぇ」
……何てこというんだタマ。
まあ、タマの眷属がどんな展開をお望みか知らないが、結末は俺なりのハッピーエンドに書き換えさせてもらうとしよう。
悲劇は物語だからこそ浸りもできる。
可能であれば、現実に悲劇なんて必要ない。
次話 四人目の聖女
3/8投稿予定です。
読んで貰えたらうれしいです。
本当に申し訳ありません、連続で投稿が遅れております。
なんとか送れぬように投稿ペース維持しますので、お見捨てなきようお願いいたします。
自分の軸足見失ったらだめですね。
いずれ不敗と異世界娼館に集中します。
書くのは楽しいのに、時間が足りない。
楽しみながら、頑張ります。
今後ともよろしくお願いいたします。




