第03話 異変
ヴェイン王国が存在する大陸の、遥か南。
この星の南極点一帯、「サイハテ」と呼ばれる、この世界最強の魔物が生息する一帯。
――ああ、100回を越える「やり直し」のたびに、ぺんぺん草一本残らないくらいに殲滅繰り返したなあ。
――サイハテか、何もかもみな懐かしい。
そこに発生した異変の情報は、考えうる限り最速で俺の下へ届けられた。
有事にはそうなるようにインフラを整え、運用も徹底しておいたおかげだが、思ったよりも機能しているようだ。
まあその「異変」が空中に浮かんでいてくれたおかげで、一攫千金を夢見た冒険者あたりが無茶なことしようにもできないという部分もあったのだろうけど。
「飛翔」を使えるような「魔法遣い」たちは流石にみんな慎重だしな。
異変とは「サイハテ」に忽然と現れた「浮遊島」だ。
ご丁寧に禍々しい巨大な城が、そのど真ん中には確認されるらしい。
浮遊島の大きさは、今建造中の新都ファランダインとほぼ同じくらい。
つまりは巨大だ。
それがゆっくりとした速度で、ここ王都ファランダインへ向けて移動中だという。
人類社会で俺たち以外に浮遊島を作り出せる勢力は存在しない。
ということはその「異変」には現在の人類社会に属さない、浮遊島を浮かべそこに城を建造し得る知性存在が関わっているという事だ。
ネモ爺様たち、錬金術師が稚気を起こした訳ではない事はすでに確認が取れている。
クリスティーナとの新居の書斎で、俺はその知らせにどう対処するかを考えていた。
こういう時頼りになる相談相手には困ってはいない。
「どう思う、タマ、ツクヨミ」
タマは俺を主として扱うが、俺があくまでも八神司であり、以前の記憶を取り戻していないことについては、本当にどうでもいいらしい。
俺が俺らしくあればそれでいいなどと言っているが、どこまで本音かはわかったもんじゃない。
とはいえ俺の味方であることは確かだろう。
万が一裏切るようなら、またあの叫び声を上げさせてやる。
それよりも「ツクヨミ」の方が恐ろしい。
万が一能力管制担当――そこに宿る「ツクヨミ」が敵に回ったら、今の俺は詰むだろう。
今俺に宿っている力を、俺だけで完全に制御できる自信はまだない。
「ツクヨミ」が機能しなくなった極短期間の苦労は、いまだ記憶に新しい。
もっともあの時の被害者は、俺以上にアリアさんだった気もするが。
銀の義眼の暴走程度であればまだ笑い話にもできるが、攻撃魔法あたりが暴走した日には世界が滅んでもおかしくない。
――「超人○ック」の某エピソードの様になりかねない。
(〃゜д゜;A アセアセ・・・<Trust Me
いや信じちゃいるけど、その言い方って……
――まあいい。
試しに聞いてみたら、タマはあっさり能力管制担当の中の人の名を教えてくれた。
もとより俺の能力制御を支援する存在の親玉だったそうだ。
なぜか俺の左手のグローブに収まってからは、タマとの長い付き合いの中で最も機嫌がいいらしい。
タマ曰く、完全に信じられて頼られているのが嬉しいのだろうとのことだった。
いつか人化しそうで怖いな。
(o・ω・o)?<If you will have it so
いや、お願いだから止めて。
確かに己の膨大な力を制御してくれる美少女と、タッグ組んで戦うとかちょっと憧れるけど。
今それをやると、いろいろと拙い気がするから。
「おそらく私の眷属の仕業ですね。この世界の使徒とは、この世界に来た時から連絡が取れませんし、一夜であれだけのものを出現させ得るとなれば、それくらいしか考えられません」
タマが百本を超えて枝分かれしている尻尾をうねうねさせながら答える。
それ磯巾着みたいで気持ち悪いから束ねてなさい。
九本くらいまでなら、なんかカッコいいからいいけど。
「創造主一派のやらかした事となれば、尻拭いは俺がするのは当然か。しかしなんだってそんなことをタマの同類がやらかすんだ?」
タマのように俺に会いに来るなりすればいいのに。
いや「やり直し」の中でも思った事だけど、寝てたのかもしれないな。
サラの「神託夢」あたりのカラクリも、それで判明すればいいんだけど。
ちなみにサラは「繰り返し」を抜け出してからは、「神託夢」を一切見ていない。
「自棄になった可能性が……」
「自棄?」
何故に。
「我々、その世界を管理する使徒は、創造主――主である貴方を愉しませる為に存在します。その存在意義を失ってしまうと……」
ああ、確か最初にこの世界を選んだ時に言っていたな、タマが。
創造主が興味を失くした世界なら好きにしていいからとかどうとか……
俺の意志に反応して、能力管制担当が過去ログを銀の義眼に表示してくれる。
……これ、どんなテストでも満点だよな。
『創造主が興味を失くした世界はそれこそ星の数ほどある。君の好みの世界へ、君の好みの能力を持って行ってくれないか? ありていに言えば、異世界一つを好きにしていいから「地球世界」から消えてくれって事なんだけど』
――正確にはこうだったか。
考えてみれば随分ひどい言い様だ。
この世界で大切な人と出逢い、愛着もわいている今だとそう思う。
あの時は特に何とも思っていなかったが。
しかしこの頃は、タマも今とはずいぶん違った話し方だなあ。
キャラがまだ固まってない。
そうじゃなくて。
え? 俺じゃない俺のせいなのかこの騒ぎ。
なにこれ、前世の罪が今生で裁かれるかのような理不尽さ。
はいはい、ぼく○球ぼく地○。
いや笑い事じゃないが、そうであれば俺の力でなんとでもなるという事でもある。
イレギュラーな事態ではあるんだろうが、相手の力が俺を越えるという事はあるまい。
「って事は初動が大事だな、これ」
「そういう事ですね」
逆に言えば、俺でなければどうにもならない事態だともいえるのだ。
タマと同じような使徒が絡んでいるのであれば、この世界に属する者であれば如何ともしがたい。
創造主の力に覚醒するまで、俺がどうしてもクリスティーナに勝てなかった事と、本質的には同じことになる。
まあこれが「大いなる災厄」というのであれば、世界が用意した「勇者と三聖女」で挑めばなんとかなるのかもしれない。
とはいえこの異変が自分で「大いなる災厄」ですよー、と宣言してくれるわけでもないしな。
徒に戦力を逐次投入して要らん被害を発生させることもない。
元より今の俺にどうしようもない事態であれば、他の誰が言ってもどうにもならないのだ。
最初に最大戦力を叩きつけるのが正解だろう。
だがこう言った「イベント」は、各地でそれらしい「異変」が連動することもお約束。
俺が本体叩いている間に世界の各地で本来不要の犠牲が出るのは容認できないので、その辺は八大竜王や十三使徒にお願いしよう。
ネモ爺さんたちに作ってもらっている、非常時避難用の浮遊島の運用試験もできるしちょうどいいだろう。
「クリスティーナ、明日時間とれる?」
「私に、あなた以上に優先する事なんてないですよ?」
いつものように厨房から顔だけを出して、揺れるポニーテールと共に即答してくれる。
厨房で今夜のご飯をつくってくれているクリスティーナだが、最近はやっと二人じゃない時でも「あなた」呼びが定着してきた。
まだ少々のテレは残っているようだが。
こらタマ、家の中でカー、ッペ! ってしない。
たとえふりだけだとしても。
一緒に料理しているアリアさんも半目になってるんだろうなあ。
クリスティーナと基本行動を共にするアリアさんの予定は問題ないだろう。
ジャンとネイは俺が誘えば間違いなくついてくる。
「んじゃ明日、俺プラス「勇者と三聖女」でさくっと片付けるか」
「いや主、そんなピクニック行くみたいに……。たぶん我が眷属は重い覚悟と強い意志で事に臨んでいると思うのですが……」
いや、わからなくもないけどさ。
記憶が戻ったら謝り倒してもいいけど、今の俺にとってはそんなことでせっかくいい方向へ動き出している世界を引っ掻き回されても困るだけだしなあ。
俺のせいだとしても、生まれて十数年の記憶しかない今の俺にしてみたら、どうしろっていうんだよってなもんだ。
――記憶にございません。誠に遺憾には存じますが、勝手に前世がしたことでございます。
冗談めかして言っているけど、実は結構洒落にならないという事も理解できている。
「創造主」であった俺が好き放題したツケを、今の俺が払う事になるのは結構厄介だ。
知った事かと突き放すこともできないのがきつい。
だがまあ、今の俺と、俺に関わる人たちが最優先だという軸を外さなければ、出来ることはしようとは思う。
別に暴走した使徒を滅ぼす気は無いし、飼い猫が二匹になるくらいならクリスティーナも怒らないだろう。
「人語を解する大きな雌猫でも知りませんよ」
「え?」
そういうこともあり得るの?
すいません、一日遅れました。
申し訳ありませんでした。
次話 正しい初動
3/5投稿予定です。
読んでいただいたら嬉しいです。
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「異世界娼館の支配人 ~夜噺百花~」
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