第02話 変わりゆく世界
世界は今、物凄い勢いで変わっていっている。
ありとあらゆる存在を全て包括して世界と呼ぶのであれば、その変化の善し悪しを判断するのは困難になるだろう。
だが間違いなく人類――社会を形成し、世界に生きる存在にとって、その変化は歓迎するべきものばかりと言っていい。
遣い手が限られ、魔力を溜める方法が確立されていなかったためおいそれと使用することが出来なかった「魔法」の在り方の劇的な変化が、最も世界の変化に寄与しているのは間違いない。
万一への備えとして些事には使えないとされていた「魔法遣い」達。
いまだ遣い手は少ないままとはいえ、その「魔法」を持って些事の解決に寄与してくれることが、どれだけ民衆にとって大きいか。
国家にとっては些事でも、街や村、それこそ個人にとっては、「魔法」に縋らねばならない事態など人生の一大事なのは言うまでもない。
今やツカサ一派の一人と見做され、自身も貴族の子女であったセシルであってさえ、傷を負った際「癒し」の魔法を十全に使ってもらえなかったため、大きな傷を女の肌に残していたのだ。
市井の者に対して魔法が使用されることなど、まずありえない事だったのだ。
――これまでは。
冒険者ギルドに属する冒険者が依頼を受けてくれるまでどうしようもなかった、村落の近くに発生した魔物の群れ。
自然災害という、本来人の手には何ともならないものが及ぼす被害。
疫病や天候不良という神に祈る事しかできなかったことすら、膨大な魔力に裏打ちされた「魔法遣い」達は解決してくれる。
またその「魔法遣い」達も、今までは絶望的な魔獣や、魔物の大量湧出に対してしか使えなかった己の魔法――それも聖女が現着するまでの時間稼ぎにしか使えなかった――が、人々の困難を解決するためであれば、実質無制限に使用できることを歓迎していた。
それどころか必要な手続きさえ経れば、訓練として模擬戦を含む「魔法」の使用はすべて認められる状況が整いつつある。
そして「絶対不敗の一番弟子」として高名なセトや、十三使徒達がそうであったように、「魔法」は使えば使うだけ強力に成長する。
今やツカサがこの世界に現れる以前と比べて、「魔法遣い」達の「平均レベル」は文字通り桁違いになっている。
人類と敵対する存在の討伐、自然災害や怪我・病気への対処といった今までにも使用されていた範疇の拡大に留まらず、土木工事や通信・運輸といった根幹公共施設すらも魔法による恩恵を受けつつある。
それも圧倒的な利便性を実現させる形で。
――大魔法時代。
その幕開け、黎明期が今この時であることを、少なくともヴェイン王国に属する者達を中心として多くの人々が肌で感じている。
新進と気鋭に溢れた、人類の大拡大時代!
「魔法」という人類の手にある刃が未開の地を切り開き、人に仇為す存在を叩き伏せる。
「魔法遣い」という尖兵が切り開いた辺境を、人々はすぐに埋め尽くす。
人の世は広がり、世界の全ての地が、技術と魔法の灯りに照らされる。
人類にとっての暗闇は姿を消してゆく。
でくわしたら死を覚悟するほどに怯えていた魔物や魔獣たちは兵や冒険者たち狩られ、取れる素材は発展の礎となる。
人の生活圏に存在した魔物領域は根切りにされ、解放された魔物領域は田畑になったり、今まで採れなかった特殊な動植物の採集場となる。
「魔法遣い」でなくとも、今やジアス教の禁忌指定も解除され、怪しげな魔法遣い崩れと見做されていた――そもそも市井の人々はその存在すら知らなかったが――錬金術師たちの手による「魔法武具」を引っ提げた上級冒険者たちが、各地の魔物領域や迷宮を攻略して利益を上げる。
経験を積み、力も金も得た冒険者たちがより強力な「魔法武具」で己が身を鎧い、より高位な魔物領域や迷宮の攻略を進める。
そこで得られた素材や魔石が市場に流れ、その流れはより拡大してゆく。
より広い土地を、より便利な道具を、――より豊かな暮らしを。
多少の不正や汚職、盗賊の発生といった負の部分などをものともせず、官と民が一致してより暮らしやすい人の世を成立させるために邁進する。
頑張りに応じた妥当な実入りが保証されていれば人の多くは真っ当に働く。
より多くを望むのであれば、より多く働けばいいのだ。
たかが一年に満たない時間であってさえ、王都ファランダインを中心にそういう気風が形成されつつあるのは確かなのである。
――だが。
「魔法遣い」達も、「冒険者」達も。
人類社会拡大の最先端に立つ者ほど、素朴な疑問を胸の内に抱えてもいる。
今の己らは実質無限の魔力と、それに裏打ちされた「魔力武具」でその身を鎧えている。
順を追って魔物を斃し、順調にレベルアップして行った結果、半年前では遭遇したら死を覚悟した魔物であっても、充分な余裕を持って狩ることができるようになっている。
だがそれらは極論すれば、たった一人がもたらしてくれたものなのだ。
ヴェイン王国の国境付近にふらりと現れた、「古の魔法遣い」の実力を備えた流浪の魔法遣い。
今は「絶対不敗の魔法遣い」と称されているツカサが現れなければ、世界は相変わらず魔物に怯え、人が覇を唱える世界ではなかったのだ。
定期的に訪れる魔物の大量発生や大型魔物の侵攻に備えながら、大国同士が愚にも付かない小競り合いを繰り返す、ある意味救えない世界。
たった一人の魔法遣いがその状況を根底からひっくり返したことに、冷静になれば思うところもありはする。
逆を返せばツカサがいなくなってしまえば、世界は元の形に戻りかねない。
それどころかツカサが人の世に敵対すれば抗すべき手段など何もないことを、人類拡大の最先端に立つ者達ほど深く理解している。
魔力の補給は断たれ、魔力を必須とする「魔法」も「魔法武具」もがらくたに成り下がる。
八大竜王を従えたツカサが人類に敵対する「魔王」として振舞えば、一週間かからずにあらゆる国家は灰燼に帰すだろう。
「勇者と聖女」すら正面から撃破し、それどころか勇者を弟子に、聖女の二人を正室と側室にしてしまう規格外などどうしようもない。
幸いにして「絶対不敗」は正室であるクリスティナを深く愛し、弟子である勇者ジャンと、その正妻となった聖女ネイをえらく可愛がっているという事が知られている。
ある意味においては、「勇者と三聖女」は正しく「大いなる災厄」から世界を護ったともいえるのだ。
そうなる可能性もあった力の塊を、人類の味方に付けることによって。
この後もそうだという保証はどこにもないが、基本的に楽観的な世界の人々はそんなことを気にしない。
気にしても仕方が無いからだ。
頼りになる「人類の守護者」としてツカサを見做し、傍目には女癖が悪くしか映らないツカサを酒の肴にして、よくなって行く日々を共に歩もうとしている。
それは前線に立つ「魔法遣い」達や「冒険者」達も根っこは同じである。
直接話す機会もあるだけに、市井の者達よりその思いは強くさえあるだろう。
頼りっきりなことに戦う立場の者として忸怩たる想いを持ちはするが、それは疑問ではない。
――彼らが持つ疑問。
半年前は足を踏み入れることさえ考えなかった魔物領域や迷宮を切り開き、そこに跋扈する強大な魔物たちを屠る度に思う事。
――どうしてこんな魔物がこれだけ生息していて、人類は今まで生存していられたのか。
それこそ、大国同士でお気楽に戦争することすら可能なほどに。
もしもツカサがいない時に、これらの魔物が溢れだしていたとしたら、人類は為す術もなく蹂躙されていただろう。
そう思い至れば、八大竜王の存在にも考えは及ぶ。
確かにツカサが現れるまでは伝説として語られ、実在が確認されていたのはナザレ浮遊峡谷の黒竜くらいではあった。
だが今は八大竜王全ての実在が確認され、その威容と力はヴェイン王国の王都ファランダインでいつでも確認できる。
聖女が八大竜王を凌駕するところを我が目で見たものも多数存在するが、八体それぞれが別の国で暴れられれば、二人しかいない聖女では如何ともしがたいのは想像に難くない。
これらの事を照らし合わせれば、誰しも一つの想像――疑問に辿り着く。
曰く、人類は生かされていたのじゃないのか、と。
――誰に?
少なくともツカサにではないだろう。
その答えが今、辺境に忽然と現れている。
ツカサ一派以外は持ち得るはずのない、人工的な浮遊島。
禍々しい空気を纏ったそれが、現在人類の中枢と目されているヴェイン王国の王都、ファランダインへ向けてゆっくりと侵攻を始める。
――世界の終わりが始まろうとしている。
次話 異変
3/3投稿予定です。
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