第01話 勇者と聖女の今の在り方
春霞に覆われる王都ファランダイン。
その上空に新たに建造中の第二の「空中都市」、新都ファランダインの上で、俺は今日も今日とて弟子と勇者の訓練に付き合わされている。
思えば最近、地上にいる時間がほとんどないような気がする。
地に足がつかない暮らしと言おうか、なんとかと煙は高い所が好きと言おうか、もうちょっと地上で普通に冒険者としての暮らしもしてみたいのではあるが。
まあクリスティーナとの新居を浮遊島に構え、先のジアス教皇庁を訪れた際に設立が確定した「能力者ギルド(仮称)」の拠点も実験的に武装した浮遊島――というよりも浮遊要塞に構えているのだから、俺は煙と並び称されるなんとかの類なのだろう。
最近王都ファランダインの住民の間では冗談交じりに、「うちの偉いさん達は文字通り雲の上の人だからねぇ」だの、「高みにおられる方の顔は最近見ませんなあ」だのと言われているらしいので、空中都市である「新都ファランダイン」の建造に俺は全力を上げている。
王都の住民全員が「雲上人」になってしまえば文句も言えまい。
そういうとクリスティーナ他、仲間たちにはなぜか呆れられたが。
ジアス教の教皇庁がまるごと「空中都市」となった情報はあっという間に世界中に広がり、当然のことながらそれを贈ったのがヴェイン王国、つまりは俺一派であることも同時に広がっている。
ヴェイン王国の友好国へは技術提供するとの打診も外交官からなされているので、ヴェイン王国の文官はここの所寝る間も惜しんで働いてくれている。
武官が忙しいよりはいいと思っていてくれればいいのだが、まあ義父上がきちんと労働に見合った対価を与えてくれているだろう。
文官も武官も、空中都市となる新都ファランダインを楽しみにしてくれているらしいので、俺としても頑張り甲斐があるというものだ。
悪乗りして王宮と王都の二重浮遊島にしようと画策しているのだが、その辺はまだごく一部の人間を除いて内緒だ。
ある日、今なお地上にある王城そのものを空中へ浮かべて、みんなの度肝を抜いてやるのだ。
ふふふ。
「考え事しながらとか相変わらず余裕だね、師匠!」
本来の視界からは完全な死角から、セトの声がする。
「いや、一応隙を付いておきながら声かける弟子の方が余裕なんじゃないか?」
牽制でティスが発動する魔法を全て弾きながら、セトの突撃を受け流す。
間合いを詰めるまではほぼ俺と変わらない動きを実現しているが、懐に飛び込んでからの超高速近接戦闘はまだ荷が重いようで、突撃による一撃しかまだ撃てない。
セト曰く、それ以上すれば脳が沸騰するそうだ。
たしかに思考加速の負荷はでかいもんな。
「信じらんない、完全に流された!」
悔しそうにしているが、今のを躱せる、もしくはいなせる人間はそうそういないだろう。
それこそ俺以外は勇者と聖女達くらいじゃないのかな。
とはいえ最近は完璧に竜人化を使いこなすようになったセトは侮りがたい。
「魔法近接戦闘」は超高速機動に関しちゃ俺とほぼ同等に使いこなしているし、ティスという魔法担当が出来たことにより「我が魔導の書」という奥義に頼らなくとも、「魔法近接戦闘」と通常魔法の併用を実現している。
普通ならそんな完璧な連携なんてできない筈なんだけど、セトとティスの二人は中の人が同じだからそこは完璧である。
戦闘以外ではなぜか最近、セトとティスがお互いをお互いが羨ましそうに見ていたり、俺と接する時間を二人できっちり等分したりと、なんだか妙な事をやっている。
中の人が同じなのに何やってんだと尋ねたら、わたわたと言い訳された。
「セトで接したほうが師匠が嬉しそうな場合とね? ティスで接したほうが嬉しそうな場合が状況によっていろいろで、どっちも僕なのに、なんかその時は別の方がもやもやするというか変な感じでね? なんなんだろう?」
知らんがな。
というか俺はセトとティスで接し方変えているつもりはないんだが。
いやそりゃティスが「あ、間違えちゃった」とか言って、男風呂に入ってきたときには絶句させられたけどさ。
嬉しそうにしてたかな?
してたかもしれない。
その晩クリスティーナがちょっと冷たかったような気がするし。
セトをいなした直後、直上から勇者が降ってくる。
速いし見事な連携だけど、最近ワンパターンだなこいつらも。
まあ一定以上の高速戦闘になった場合、やることは単純になってはしまうのではあるが。
天然で「魔法近接戦闘」めいた事が可能な勇者様は大したものだが、俺の虚を付けなければ結果は見えている。
大概の魔獣であれば一刀両断できる勇者様の一刀が打ち込まれるが、それを難なく弾く。
高速で繰り出される斬撃を全て弾き切ったところで勝負ありだ。
――足でも捉まえてネイの所へ放り投げてやろうかな。
とかおもっていたら勇者が笑っている。
なんか狙ってるってことか。
「ネイ!」
ジャンが自分の聖女であり、嫁さんでもあるネイに声をかける。
なるほどこういう手か、なかなかにうまい。
勇者様には、聖女の攻撃の一切が通じない。
それはこの世界の理だ。
「魔の聖女」であるネイの最大魔法を叩き込んでも、勇者様は無傷。
であれば勇者の全力攻撃を俺に捌かせている間に、ネイの最大魔法を諸共にぶち込もうって作戦だ。
ご丁寧に範囲型の火の第伍階梯魔法が、俺と勇者を中心に発動。
あらゆるものを焼き尽す漆黒の焔が吹き荒れる。
――これ、また地上では喜んで見てるんだろうなあ。
最近は俺とセト&ティス、勇者&聖女の模擬戦や、「能力者ギルド(仮称)」に引っ越ししてきた十三使徒たちの模擬戦を見物しながら麦酒を呑むことが、王都ファランダインの流行りになっている。
ネモ爺様がつくった巨大スクリーンのような役目を果たす魔道具が、結構いい値がついているにもかかわらず各所の酒場には売れ、そこに俺達の模擬戦が中継されている。
王都ファランダインの上空にも、王都のどこからでも見れるようにいくつもの巨大スクリーンが浮かんでいるしな。
もはやヴェイン王国王都の雰囲気は、中世風というよりはゲーム世界の風情である。
そう時をおかずに、世界中に似たような光景が広まっていくのだろう。
もとより結構模擬戦をしていた俺達に加えて、魔力消費をまるで気にせずに済むという事から十三使徒の面々も毎日よく飽きないなと思うほど模擬戦を繰り返している。
どうしてもリリスリア婆さんに勝てないヴァサリス老は今や王都の人気者で、いつか勝てるのか、勝てないままに寿命を迎えるのかを賭けにされたりしている。
今夜もまた炎と雷の戦いは繰り広げられるのだろう。
見ていて派手だから、俺も結構好きだ。
こっちへ移って来てから、勝たないままにくたばるどころか、なんか若返ってきているような気さえするヴァサリス老だしな。
老いらくの恋も絡んでいそうだし、なんとか勝利して欲しいところだ。
ちなみに俺はヴァサリス老の勝利に結構な額をかけている。
どっちにもだ。
何なら若返りの魔法を一緒に研究してみてもいい。
まあ十三使徒たちとの交流もそれなりに進み、今のところは平和な日々が続いている。
だからこそ訓練と土木作業に明け暮れられている訳だが。
「――今のは上手いな。完璧に一撃当てられた」
勇者故無傷のジャンと、直撃したらさすがに致命傷の魔法を「上書きの光」で消し飛ばした俺が、消えゆく黒焔の中で戦闘を中止している。
模擬戦では俺に攻撃が当たれば相手の一本なのである。
「やったあ!」
「久しぶりにツカサさんに一撃入れたなー」
ジャンとネイが素直に喜ぶ。
「とはいえ直撃しても掠り傷ひとつつかないって、師匠に追いつくとかもうどうしようかな……」
「でも今の連携が師匠にも通じるってことは、八大竜王達にも通じるよね」
セトとティスが会話しているようにしか見えないが、これが実際は独り言だって言うんだから怖い。
こうしてみている分には完全に異体同心なんだけど、クリスティーナの言うように別人だなと感じる事も最近は増えている。
セトとティスが喧嘩なんてした日にはびっくりしてしまうな。
いつかはそんな日も来るんだろうか。
――そっちのほうが本来在るべき姿なんだろうけどな。
最近セトは竜人化ではもの足りず、俺の奥の手でもある「竜化」を身につけようと連日八大竜王に挑んでいる。
「竜化」は八大竜王全員を倒し、その承諾を得ないと使えないから大変だろう。
本気で相対すればジャンとネイの「勇者と聖女」の特性が発揮されて圧倒できるのであろうが、模擬戦ではどうやら素の実力同士のぶつかり合いにしかなら無いようだ。
双方殺気なんてあるわけ無いからそういうものかもしれないが。
その状態だと、四人がかりで竜王一体にまだ敵わないらしい。
あの爺さん達、うちのクリスティーナに一撃で全員沈められたんだけどな。
ほんとは強いんだなと言ったら、なんだか拗ねられた。
魔獣の王たる存在には、ややこしい矜持があるらしい。
「ツカサ様、終わったのならご飯にしませんか?」
最近はもう、完全に俺の奥さんとしての仕事しかしていないクリスティーナが声をかけてくる。
サラとセシルさんは下の王宮でお仕事があるからこの時間にはまだ居ないが、夜には合流してくるだろう。
サラ専用「人造使い魔」である「白の獣」と、セシルさん専用「人造使い魔」である「黒の獣」はもう完全に二人とも使いこなせていて、移動にはもっぱらそれを使っている。
「黒の獣」が懐いているから、セシルさんは侍女にも関わらずヴェイン王国の戦闘能力順で言えばかなり上位にいるんだよな。
ちょっとした魔物討伐なら一人で充分出来るくらいに。
危険だからそんなことしてもらったりはしないけど。
だが今、クリスティーナの隣には、「盾の聖女」であるアリアさんが共にいる。
正式にも実際にも俺の側室になってしまったわけでは無いが、ジアス教が完全にそういう意向なので多くの時間を俺……というかクリスティーナと共にしている。
最近は俺とクリスティーナが暮らす、通称「愛の巣」の隣に小さな浮遊島が並んで浮かんでいて、アリアさんやサラ、セシルさんはそこで暮らすようになっている。
王都ファランダインの口さがない連中は、「後宮」なんぞと呼んでいるらしい。
遠からずそうなりそうなのが腹立たしいが、もうちょっといい響きの呼び名は付かないものか。
我が身から出た錆か。
見た目に反してオトコマエなところがあるアリアさんは、「もう覚悟は決まっておりますからさっさとやる事やってくださいませんかしら。俎板の上で放置されるのも辛いものですわ」などと口走ってクリスティーナになにやら説教されていた。
クリスティーナ的には側室だの後宮だのは「なし」という事は無いようだが、その辺ヘタレな俺は未だ踏み込めずにいる。
いつまでもこのままと言う訳にも行かないんだろうけどな。
「きょ、今日は私がつくりましたの」
これは結構珍しい。
と言うか最近クリスティーナがいろいろ仕込んでいるような気がしてちょっと怖い。
なにやらアリアさんの俺に対する態度が変わってきている気がするし。
聖女としてジャンに一定以上の敬意を払っていたアリアさんに、初期はネイが警戒心をあらわにしていたが、最近それも収まっているようだし。
女性の集団の中で何が起こっているのかを、俺は正確に把握できては居ない。
「師匠、女の人って怖いものなんだよ」
いやお前が言うなよ。
お前男でも女でもあるだろうが。
だからこそ今まで見えなかったものが見えてきてるのか。
聞きたいような、聞きたくないような。
「ツカサさん、女の人には基本従っとけばいいんスよ。それで大体は平和です。たまに従ってるのにえらい事になったりもしますけど」
ジャン、お前は結婚半年で何を悟ったんだ。
最近ネイへの返事が「ハイッ」ってなってるのはどうしてだ。
俺の目を見て話せ。
逸らすんじゃない。
――ともあれここ最近は平和な暮らしだ。
この世界を守護する仕組みである「勇者と三聖女」が俺がクリスティーナに惚れてしまったために歪な形になっている以上、いつか来る「大いなる災厄」には備えておかなければならない。
ジャンはネイがいればそれでいいのだろうけれど、本来はクリスティーナとアリアさんもジャンに従って、「大いなる災厄」と対峙せねばならないはずなんだしな。
勇者と聖女の今の在り方は、本来のものから逸脱している。
だけどそれが、全員望んでの形だから悪いものじゃないはずだ。
アリアさんだけはちょっと申し訳ない立ち位置になってしまっているけれど。
今「勇者と三聖女」は、勇者の元に唯一無二のネイがいて、他の二聖女である姫巫女と盾の聖女は俺の元にいる感じになっている。
いろいろあったけど、それは俺が望んでそうなった形だ。
それに対する責任を俺が持つのは当たり前だ。
さっさと現れて、俺がきっちり解決すればいいのだろうが、まさか「大いなる災厄」が「我こそは大いなる災厄、世界を滅ぼしてくれる、わはははは」などと現れるわけも無いから厄介だ。
世界に起こるあらゆる災厄の、どれが「大いなる災厄」なのかはわからない。
まあ世界をいい方向へ向けつつ、鍛えて備えるしか手は無いんだけどな。
俺の力で、そうそう遅れを取ることもあるまい。
片っ端から、世界の問題を片付けていけばいいだろう。
「意外な形で、決着するかもしれませんよ?」
俺の左肩から、タマが妙なことを言う。
「なんか思い当たる節でもあるのか?」
「そういうわけではありませんが……」
タマの予言が見事に当たるのは、これから数日後の事である。
次話 変わりゆく世界
3/2投稿予定です。
読んでくださると嬉しいです。
また明日か明後日に異世界娼館の次話も投稿予定です。
そちらも読んでもらえたら嬉しいです。




